伝統芸能の中での人権問題に一石を投じた落語家・吉原馬雀。元師匠からのパワハラで活動休止を余儀なくされ、2022年に元師匠を提訴。2024年に勝訴した。現在は落語会やワークショップを通じて、伝統芸能の普及に力を注いでいる。またその一方で、弁護士を目指している馬雀。立ち上がり前を向き、歩き続ける馬雀の原動力に迫った。

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宮崎市出身の落語家・吉原馬雀(よしわら ばじゃく)、本名・井上雄策。表情豊かに話す語り口に耳を傾けると、自然とそのストーリーの世界感に引きこまれていく。落語の演目は大きく2つ「創作落語」と「古典落語」があるが、馬雀は自身で制作したネタを披露する、創作落語を専門としている。

パワハラに悩む日々と一大決心

落語界の階級は、「見習い」→「前座」→「二ツ目」→「真打」と昇進していく。落語を始めておよそ15年、現在「二ツ目」として活動する馬雀は、2025年9月、落語界の最高位である「真打」への昇進が決まっている。

しかし、これまでの道のりは、決して順風満帆だったわけではない。むしろ茨の道を歩んできた。

師匠からのパワハラに悩む日々が続いていたのだ。そして馬雀は、落語界を震撼させる裁判を起こしたのだった。

吉原馬雀:
些細なことで破門と言われる。向こうにすごく大きな権力があるので、弟子としては謝るしかない。謝って許してもらうしかない。許してもらう条件が坊主にするだとか。それがやっぱりつらかった。

他にも、理不尽な指導や暴言があったという。

師匠に反論し、「破門」に

吉原馬雀:
唐突に楽屋に呼び出されて、「なんで残ってないんだ」って言われて、「えっ?」って思った。それが決め手だった。今までは僕に非があった。この件に関しては非がないと思った。これで怒られるって、わからないと思ったので、その時に「なぜ手をあげるんですか」とか「こっちは確認したんですけど」ということを言わせてもらった。それで「破門」。

2022年2月、馬雀は事実上の破門となり、活動休止を余儀なくされた。

その8か月後の2022年10月、馬雀の行動に落語界が震撼した。馬雀は元師匠からの指導が人権侵害にあたるとして、東京地方裁判所に提訴したのだ。それは落語家生命を賭けての決断だった。

吉原馬雀:
自分も40歳を過ぎたので、もう年も年だし、人生あと半分って考えたら、これはもう「ちょっとおかしいんじゃないか」って声を上げようかなと思って。

息子が裁判を起こしたことについて両親は、「パワハラを受けていたことにショックだった。心配はあった。大丈夫なのかって。」と、当時を振り返る。

2024年1月、東京地方裁判所は、元師匠の指導における一部の言動は人権侵害にあたると判断。元師匠に対し賠償金を支払うことを命じ、馬雀の勝訴というかたちで一連の騒動の幕が閉じた。

前座での厳しい修行を乗り越え、二ツ目で腕を磨き、真打寸前まできていた馬雀にとって、元師匠を訴えることは苦渋の決断だった。

そんな馬雀に声をかけたのが、現在の師匠、吉原朝馬(よしわら ちょうば)だった。

吉原朝馬師匠:
カラスでも白といったら白にならなきゃいけないという、そういう伝統というかね、落語界の悪しき伝統があった。私もそれがおかしいなと思っていた。落語界、始まって以来ですからね、師匠を訴えるというのは。だからその勇気に賛同したというか、打たれたところはあった。

吉原馬雀:
師匠がいないと、ほんと私、真打になれてない。これは確実に言える。

落語仲間が裁判を傍聴し、書籍化

この日は東京都阿佐ヶ谷のライブハウスで前座時代からの落語仲間・三遊亭はらしょうと落語会を開いていた。

今回の裁判を傍聴し、傍で見守っていたはらしょうは、この一連の騒動を小説にした本を出版した。

落語仲間 三遊亭はらしょう:
パワハラって概念もなかったので、落語界はそういう世界だと、特殊な世界だと思っていた。落語の歴史上、初めてじゃないですか。落語史に残る出来事だと思う。だから今後の落語の世界にこれを形として残したい。

馬雀にとって落語とは

吉原馬雀:
うちの母がプレゼントしてくれた着物。真打になることが決まったお祝いも兼ねてかな。家族の応援が無かったら、成り立っていない。

落語会開演。馬雀はオリジナルの創作落語で会場を盛り上げる。この日の演目は、「サイン」。

青年が憧れの俳優に、スマホでのサインを依頼する。俳優は、慣れないスマホでのサインに悪戦苦闘しながら、徐々にその本性をあらわにしていく…というストーリーだ。観客は、ありそうでなさそうな光景をユーモラスに演じる馬雀の落語の世界に引き込まれていった。

観客:
いつもどおり、キレッキレの良いネタだった。

観客:
ファンと元有名俳優のやりとり(ネタ)をよく演じきれるなと、すごいなと思った。

吉原馬雀:
落語は人生。自分の中心にあるもの。いろんな意味でね。お客様にお届けするというのもそうですし、もちろん嫌な側面っていうのもあったし、だから良いいこと悪いことを全部含めて、人生。自分を語るうえでなくてはならないもの。

そう話す馬雀だが、落語とは全く違う世界への挑戦を始めている。司法試験を受けて、弁護士を目指しているという。

吉原馬雀:
弁護士になれば、噺家と並行しながらやってもいいわけだし。なんとか、まともな親孝行ができるようにしたいと思っている。何年後の親孝行だよ、ってなるかもしれない。

落語家、吉原馬雀。この秋、真打に昇進。この先のどんな出来事があっても、「落語は人生」と、前向きに歩いていく姿を見せてくれそうだ。

(テレビ宮崎)

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