医療費が高額になった患者の自己負担を抑える高額療養費制度の引き上げについて、政府は、与野党から更なる見直しを求める意見が出ていることから、2025年8月の引き上げを見送る方針を固めた。石破総理が、高額療養費制度を維持するためとこだわった「見直し」を、急転直下、なぜ先送りしたのか?その背景を考える。

「患者の皆様に不安を与えたまま見直しを実施することは望ましいことではない。私は本年8月に予定されています定率改定を含めて見直しを全体についてその実施を見合わせる決断をいたしました」。3月7日、石破総理は、高額療養費の自己負担額引き上げについて、2025年8月からの引き上げを見送る方針を突如、明らかにした。

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「厳しい批判を受けるのは地方」

新年度の修正予算案が衆議院を通過し、論戦の場が参議院に移って以降、立憲民主党をはじめとする野党やがん患者らが、負担上限額の全面的な凍結を強く求めていた。これに加えて、自民党内からも、このまま負担額を引き上げれば、夏の参院選への影響は避けられないとする声が高まっていた。「有権者・支援者からの厳しい批判を受けるのは地方だ」と福岡の自民党関係者も憤る。

拭えぬ「がん患者」の不安

石破総理の「決断」にほっと胸を撫で下ろすがん患者たち。しかし、まだ完全に「凍結」が決まった訳ではないと不安は拭えていない。2019年に胆管がんと診断された福岡県内に住む50代の女性。

手術や抗がん剤で治療し、5年が経過したが、再発の恐れもあることから、経過観察で3カ月に1度、病院で検査を受けなければならず、治療の影響で消化を助ける薬を今も飲む必要があるという。「自分の病気について調べたら、生存率が物凄く低くて、かなり厳しいことしか書いてなくて、正直、『私、死ぬな』と思った。前の日まで健康で普通に仕事をしていて…。がんって、突然降ってくる」と率直な思いを語る女性。

生きるために治療を受け、現行の高額療養制度を利用したが、それでも病院の窓口で手出しする自己負担額は大きく、不安が襲ってきたという。

今の制度でも医療費きついのに…

女性が利用した「高額療養費制度」は、治療で医療費が高額になった患者に対し、年齢や所得に応じて医療費を補助し、自己負担分を抑える仕組みだ。

連日の検査や手術に加え、術後の体調不良による追加入院など、当時、小学生の子供がいる中で、お金の不安は尽きなかったと話す。この女性の場合、高額療養費制度を使うと、自己負担額の上限は、月に約8万円。がんが見つかった年は、4回、この制度を利用したという。

病院の領収書を見ながらこれまでの自己負担額を計算する女性。「抗がん剤が、2週間飲んで1万2000円くらい。1年ちょっと飲んだし、全部合わせて200万円超の費用がかかった」と振り返る。

「生きる希望を失ってしまう」

制度があっても医療費の負担は大きかったと話す女性は、国会での自己負担額引き上げの議論に、「生きる希望を失ってしまう」と憤りの声を上げる。「新しい抗がん剤が次々に出てきて、1年後には、凄い違った治療法が出てきたりするので、1日1日何とか頑張ろうって。治癒もしくは共存で長く頑張れる可能性もある。そこだけが救いなんですよ。そこが合言葉みたいになっているけど、その制度があっての話であって、それがなくなったら、どこに気持ちを持って行っていいのか分からない。もう生きるしかない。子供のために」。8月からの高額療養費制度の引き上げは、石破首相の判断で「先送り」となったが、「撤回」された訳ではなく、今後の議論は不透明だ。

患者だけでなく、医療関係者からも自己負担額の引き上げ凍結を求める緊急声明が各地で出され、福岡の医師も危機感を募らせている。福岡市博多区にある千代診療所の舟越光彦所長は、石破総理の“引き上げ先送り”を「当然だ」とした上で、当事者の声を第一に、時代に合わせた医療費の在り方を考えて欲しいと訴える。「仕事をしながら子育てしながら、同時にがんの療養を続けるというのが今の現状。

1人1人が健康で生きたいという希望を叶えられる、そして患者を取り巻く家族を支える制度が、この高額療養制度だと思う。患者に負担を押し付けるのか?まさに政治の選択の問題だ」と舟越所長は、医師としての思いを語る。

がん患者団体の代表者らと面会し、限度額の引き上げに反対する署名やアンケートを受け取った石破総理。急転直下の引き上げ“白紙”で混乱も広がる中、2026年8月以降の制度のあり方と併せて検討し、秋までに結論を出したいとする石破総理。果たして当事者が求める「丁寧な議論」はなされるのか。懸念は今もくすぶっている。

(テレビ西日本)

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