上皇后美智子さまが、皇太子妃、皇后として過ごした昭和・平成時代に詠まれた未発表の和歌、466首が納められた歌集「ゆふすげ」(岩波書店)が、1月15日に出版されました。

「三日の旅 終へて還らす 君を待つ 庭の夕すげ 傾ぐを見つつ」

これは、美智子さまが皇太子妃時代の昭和49年、当時皇太子だった上皇さまを思って詠まれた歌。3日間の旅に出た上皇さまの帰りをまだかまだかと、待ち遠しく思われている様子が、目に浮かびます。

美智子さまの歌の魅力について、皇室の和歌の相談役をつとめる、歌人・永田和宏さんは…。

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
美智子さまの場合は、割と個人的な非常に率直に一人の女性としての、ある場合は母として、妻として、自分の親に対する子どもとして、個人の思いが率直に出ている歌が多くて、そういう歌がとても魅力的で。しかも言葉がね、本当に窮屈じゃなくてゆったりと流れていくみたいな感じの歌の流れ方になっていて、声を出して読んでみても気持ちがいい歌が多いんですよね。

自らを「美智子さまの歌のファンの1人」という永田さん。
上皇后になられてからも歌を詠まれているのか問い合わせたところ、令和になってからお作りになっているかは分からなかったものの、平成・それ以前に作られた未発表の歌があることが分かり、「歌集にまとめた方がよい」と強く進言したといいます。
「のろけの歌が多い」上皇さまへの尊敬と愛情
美智子さまが詠まれた歌の中で、とくに多いのが上皇さまへの思いを詠んだ歌です。

「まなこ閉ざし ひたすら楽し たのし君の リンゴ食みいます 音を聞きつつ」
目を閉じて、上皇さまがりんごを食べている音を耳にすることが楽しい、という歌。

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
これなんかもう本当に、“恋している乙女”の歌ですよね。
自分の伴侶がやっていることはすべて楽しく聞こえてしまう、喜びに感じられるという、そういう感じはよくあると思うんですけれど、それが素直に出ている歌になっていますよね。
美智子さまね、けっこう“のろけ”の歌が多いんですよ。やっぱりそれは、皇太子さま、あるいは天皇への尊敬の思いからなんだと思うけれど。

平成15年、当時、天皇陛下だった上皇さまが前立腺がんの手術を受け、一時帰宅された際のことが詠まれた歌では、術後の上皇さまの体調を案じる美智子さまの思いが伝わってきます。

「幾度も 御手に触るれば 頷きて この夜は御所に 御寝し給ふ」

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
天皇皇后でも、やっぱりこんなふうにしてお互いを安らかにしようとしたり、慰めておられるのかっていうのは、詠むと「ああいいな」って思いますよね。
国民を憂う…歌に込められた“秘められた心の内”
他にも、ご家族への愛情や、皇室という立場ゆえの複雑な気持ちを歌ったものがある一方で、「世の中の出来事」について詠まれたものもありました。

「被災地に 手向くと摘みし かの日より 水仙の香は 悲しみを呼ぶ」
1995年1月17日に発生した、阪神淡路大震災。
当時、天皇皇后両陛下として、発生の2週間後、現地に足を運ばれた美智子さまは、地震後の火災で被害を受けた現場に、御所の庭で摘んだ水仙の花を手向けられました。
その2年後に詠まれたのがこの歌です。

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
美智子さまとしては、水仙の香りがすると、すぐにあの日のことを思い出してしまう。
それまでは、水仙の香りってのは“いい香り”としか思えなかったんだけど、その香りをかぐたびに、阪神淡路大震災の日のことを思い出してしまうと。
東日本大震災について詠まれた歌には、美智子さまの“憤り”を感じられるようなものもありました。

「帰り得ぬ 故郷を持つ 人らありて 何もて復興と 云ふやを知らず」

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
政府やメディアはどうしても、「復興が進んでいる」という方ばかりを強調してしまう。東日本大震災では原発の事故があって、元いた場所に帰れない人たちが何人もいる、だけど、「もう復興は順調に進んでいる」とか、「ここまで復興は進みました」というような形で、国民に知らされて。それに対する“異議申し立て”なんですよね、この歌はね。
「自分の元いたところにも帰れない人たちがいるのに、何をもってこれを復興というのだろう」という、ある種の憤りに近い思いだと思いますけれど。

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
平成の天皇皇后両陛下が“象徴”として仕事をして来られた、一番大きな二つの要素があると思っていて、一つは「寄り添う」ということ。もう一つはね、「忘れない」ということだと思うんですよね。
我々は大きな事件があったらメディアも大々的に報道するんだけど、時間がたつとすぐにすっかり忘れてしまう。
被災地のいろんな災害のこと、被災地を訪問したこと、被災地のところでみんな苦しんでいること、そういうことを忘れないでいる。そして何年もたってからまた歌にしたり、何年もたってから、その被災地にもう一度訪れたりする。
お二人が率先してやってこられたことで、我々もそれを忘れてはいけないんだと自然に思うようになっている。これがとても大事なことだと思っているんですね。
国内のことだけにとどまらず、歌集には拉致被害者への思いを詠まれた歌も収められていました。
5人の拉致被害者が24年ぶりに母国・日本の地を踏んだ年の翌年に詠まれた歌…。

「言の葉の 限り悲しく 真向かへば ひたこめて云ふ 『お帰りなさい』」
また、美智子さまがウィーン少年合唱団の歌を鑑賞された際に、小学校卒業式の謝恩会の合唱でソロパートを担当する歌声の持ち主だった、横田めぐみさんのことを詠まれた歌では…。

「少年の ソプラノに歌ふ 『流浪の民』 この歌を愛でし 少女ありしを」
美智子さまが歌に込められた“思い”。
永田さんは、こうした、内に秘められた心の内を知ることができるのも、歌ならでは、だといいます。

皇室の和歌の相談役・永田和宏さん:
皇室の方々っていうのは、政治的な発言は一切禁じられているということがあって、直接には決してそれを批判したりはしていないんだけど、そういう思いを持っておられるということが、歌の中で出てくるのはとても大事なことではあるし。
だから、上皇后さまの歌を歌集としてまとめることの意義も、そこには一つあるんだろうと、私は思いますね。
(「めざまし8」1月16日放送より)