東南アジアのタイが外国人観光客の受け入れ再開に舵を切ろうとしている。政府は10月にもビーチリゾートのプーケット島から受け入れを始めたい考えだが、国内では感染再拡大の引き金となるのではないかと警戒の声も上がる。
観光再開と感染拡大防止をどう両立するのか、タイの新たな取り組みに注目が集まっている。

市中感染100日なし!封じ込めに成功も…

人で溢れかえる朝の通勤風景、客で賑わうレストラン。最近のバンコクの光景は、全員がマスクを付けている以外は新型コロナウイルスの発生前とさほど変わらない。

こうした日常生活は経済活動の制限を含む厳しい規制や、国境での徹底した水際対策によって取り戻された。現在もタイに入国する人は、タイ人か外国人かを問わず全員が指定の施設やホテルでの14日間の隔離を義務付けられ、施設からの外出は一切許されていない。徹底した隔離対策が功を奏し国内感染は100日間(9月2日現在)確認されておらず、タイでは市中感染はほぼ抑え込まれている。

一方で外国人観光客を主なターゲットとする観光地は壊滅的な状況が続いている。タイは観光業が国内総生産(GDP)の約2割を占める観光立国だが、同国を訪れた外国人観光客は今年4月以降ゼロが続いている。低迷する経済を立て直すために外国人観光客の受け入れ再開は喫緊の課題となっている。

まずはプーケットから開放検討

タイ政府がまず目指すのは、10月からのプーケット島での外国人観光客受け入れ再開だ。
世界有数のリゾート地として知られるプーケット島は、年間を通じてビーチやマリンスポーツなどが楽しめ、コロナ前は多くの外国人観光客で賑わっていた。タイでは現在、国内向けに観光促進キャンペーンが行われている。しかし、プーケットなどの南部リゾートはバンコクから離れていることや料金が高いというイメージが強く、タイ人旅行者の数はそれほど増えていない。

タイ政府観光庁南部事務所によると、プーケット島で営業を再開したホテルは全体の約15%にとどまり、客室稼働率も20%程度に低迷しているという。このため観光業界からの外国人観光客受け入れ再開を求める声が高まっている。

人がほとんどいないプーケットのビーチ(9月1日)
人がほとんどいないプーケットのビーチ(9月1日)
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観光と隔離の両立を目指す「プーケット・モデル」

政府が検討する新たなリゾート観光「プーケット・モデル」では、隔離中も限定エリア内で移動が許されるのが最大の特徴だ。外国からの観光客はプーケットに到着後、感染防止の観点から宿泊地周辺の指定エリアに14日間とどまることが義務付けられるが、隔離中であってもエリア内であれば自由に移動することが可能でビーチも楽しむことができるという。また検疫終了後はプーケットを自由に移動できるようになり、追加で7日間の隔離を受ければ県外にも移動が可能だ。

この計画のターゲットは長期滞在のツーリストだ。プーケット島には元々、欧米からの長期滞在観光客が数多くいるが、特に秋以降はヨーロッパから寒い冬を逃れて常夏のプーケットを目指す観光客が増える。各国がコロナ禍で苦しむ中、国内感染ゼロが続いているタイは欧州からの旅行者にとっては安心して楽しめる魅力的な場所に映るだろう。

政府の計画を受けて航空業界も動き出した。タイ航空は8月27日、日本を含む6つの国と地域から11月下旬にもプーケットへのチャーター便を就航させる準備を整える計画があると発表した。就航先は日本のほかデンマーク、ドイツ、イギリス、韓国、香港で、各地とプーケットを月2回、直行便で結ぶ計画だ。

プーケットは長期旅行者にも人気が高い
プーケットは長期旅行者にも人気が高い

時期尚早との声も大きく

しかし市中感染ゼロが続いているタイでは、観光客受け入れが感染再拡大につながるとの警戒感も強い。SNS上では時期尚早ではないかと懸念の声も数多く上がっている。

こうした声を受けてタイ政府のトライスリー副報道官は8月28日の記者会見で、プーケット・モデルは「まだ検討段階」であると強調し、具体的な受け入れ方法などガイドライン作成のためには更に多くの時間がかかるとの認識を示した。一方で、タイ観光省や保健省、内務省、運輸省の代表者らは9月5~6日にプーケットを訪れて住民の意見を聴取することを決めた。ここで地元住民の理解が得られれば、観光再開に向けた動きが一気に進む可能性もある。

コロナ禍で外国人観光客をどのように受け入れるのか。これは各国が抱える問題であり、アジアで先行事例となるタイの新たな試みに大きな注目が集まっている。

【執筆:FNNパンコク支局長 佐々木亮】

佐々木亮
佐々木亮

物事を一方的に見るのではなく、必ず立ち止まり、多角的な視点で取材をする。
どちらが正しい、といった先入観を一度捨ててから取材に当たる。
海外で起きている分かりにくい事象を、映像で「分かりやすく面白く」伝える。
紛争等の危険地域でも諦めず、状況を分析し、可能な限り前線で取材する。
フジテレビ 報道センター所属 元FNNバンコク支局長。政治部、外信部を経て2011年よりカイロ支局長。 中東地域を中心に、リビア・シリア内戦の前線やガザ紛争、中東の民主化運動「アラブの春」などを取材。 夕方ニュースのプログラムディレクターを経て、東南アジア担当記者に。