2022年8月、東京・葛飾区の自宅で、同居していた母・房子さん(92)の首を絞めて殺害した罪に問われている前原英邦被告(61)の裁判が12月16日に結審した。
前原被告は「母を殺したのは私ですが、母から頼まれてしたことです」と述べ、起訴内容を一部否認。弁護人も殺人罪ではなく同意殺人罪が成立すると主張した。
一方の検察は、前原被告が経済的困窮から無理心中を図り、房子さんを殺害したと述べた。
10年以上にわたり房子さんの介護をしてきたという前原被告。なぜ息子は母親を殺害するに至ったのか。
フランス料理のシェフを辞め自宅で介護
前原被告は中学卒業後、調理師専門学校に進み16歳で料理人になった。26歳の頃にはフランスに渡り、料理の修業をして、帰国後はフランス料理店でシェフとして働いていたという。
しかし2009年頃、房子さんが直腸がんになり人工肛門を装着するようになると前原被告は介護のため、フルタイムの仕事を辞めアルバイトをするようになった。

その後、2014年には父が亡くなり、前原被告と房子さんの二人暮らしが始まった。さらに2019年4月には、房子さんが脳梗塞で入院し、8月には要介護5の認定を受けた。9月に退院したものの、寝たきりで認知症も発症していたという。
訪問看護や訪問介護も利用していたものの、前原被告は房子さんの介護にかかりきりの生活を送るようになり仕事を辞め、収入はほぼ房子さんの年金のみになった。

前原被告:
24時間介護することになりました。尿カテーテルの管理、痰の吸引、酸素吸引、点滴の管理、血糖値測定や、インシュリン注射。あとは一般的な介護と言われることをやっていました。
弁護側:
一日のスケジュールは?
前原被告:
朝は5時前に起きます。母の朝食の用意をします。できあがると血糖値の測定をします。
朝食の用意をして、食べさせます。食べさせるのに45分から1時間近くかかります。
食べ終わったらインシュリンの投与をします。8時から8時半には訪問看護が始まります。
朝5時に起き、夜10時に寝るまでのほとんどを介護にあてていたと語った前原被告。父親や国家公務員の兄の支援はなかったという。

弁護人:
お母さんが病気になったとき、介護を手伝ってくれる人は?
前原被告:
父は手伝ってくれませんでした。
弁護人:
お兄さんがいますね?
前原被告:
はい。11歳離れています。
医療費や介護について相談しましたが、母の弟、おじに相談した方がいいと言われました。
弁護人:
お兄さんは何をしている?
前原被告:
国家公務員です。
弁護人:
お兄さんに連絡は取れた?
前原被告:
連絡は取れませんでした。最初の頃は発信音は聞こえて、留守電に繋がり、メッセージを入れても折り返しがありませんでした。事件前には電話が繋がらなくなりました。
常に赤字の生活でも「楽観的だった」
前原被告をさらに追い詰めたのが「生活費」だ。銀行のカードローンなどで500万円の借金を抱えていた前原被告は、2019年、借金返済のため持ち家を売却し、その家に借家として住み続ける“リースバック”の契約を結んだ。

これにより一時的に2200万円の収入を得るも、500万円の借金を返済したあと、250万円の墓を購入。しかし、残った現金も数年で底をつき、また375万円の借金をしたという。
前原被告の当時の収入は、母の年金や医療介護の補助金などで、平均月18万円だった。これに対して支出は家賃が17万5千円、宝くじや消耗品などの支払いも含めた携帯代が6~10万円、介護費5万円、毎月の借金返済が10万円以上となる。合計すると、月平均40万円ほどの支出となり常に赤字の状態だった。
事件が起きた2022年8月の前原被告の貯金は4014円。所持していた現金100円未満。8月15日に房子さんの年金が振り込まれたが、滞納した家賃や債務の支払いですぐに使い切り、検察は「次の年金振り込みまで生活が持たない状態だった」と指摘している。
しかし、そんな状況の中でも前原被告は「お金に行き詰まっているとは思っていなかった」と話した。

検察官:
どこかの時点で、金銭的に生活が立ちゆかなくなるとは思わなかった?
前原被告:
いいえ。思いませんでした。
裁判官:
お金に行き詰まっていると思わなかったのはなぜ?
前原被告:
少し楽観的だった。
「殺してちょうだい」事件前に母が語った言葉
そして事件の数日前。前原被告は房子さんから「殺害を依頼された」という。

弁護人:
どんな会話をした?
前原被告:
母から「苦しいから楽にしてちょうだい」と言われた。
黙っていると、「楽にしてちょうだい、もう殺してちょうだい」と言われた。
「うん、わかったよ。一緒に死のうか」と言いました。
弁護人:
リアクションはあった?
前原被告:
うなずいて、右手で右目をこすっていた。涙を流していると思いました。
房子さんは病気になる以前から「延命治療はしないでほしい」「透析が必要になっても拒否してほしい」などと話していた。
しかし、事件の数日前の会話で「いよいよその時が来たのか」と受け止めた前原被告は、殺害を決意。複数人の介護スタッフが来る前日を選んで房子さんを殺害した。
前原被告:
殺害するときに母が寝ていて苦しまないで済むように精神安定剤を飲ませました。母が眠ったかを確認して、母の首を絞めようとしました。ひもを後ろから通して前でクロスしてベッドに押しつけるように引っ張りました。体感で20分くらい絞めていました。

房子さんを殺害した後、自らも大量の睡眠薬を飲むなどして自殺を図るも、翌朝訪問した介護スタッフに発見され病院に搬送され、一命を取り留めた。
前原被告のスマートフォンには「睡眠薬の致死量」「首を絞める」「確実な自殺」などの検索履歴があり、こんなメモも残されていた。
「生きる苦しみ 限界 母を送ります」
「母を残して死ぬことはできませんでした」
「これから私も死にます」
裁判の中で、房子さんに対する気持ちを聞かれた前原被告は30秒ほど沈黙したのち、次のように答えた。
前原被告:
あのときに戻れるなら事件の前に戻ってもう一度やり直せたら。母との生活をあんな形で終わらせないようにできたならと思っています。
「殺人」か「同意殺人」か…対立する主張
検察側は「経済的困窮から自殺を決意した前原被告が房子さんと無理心中を図った」と指摘。「房子さんは重度の認知症で殺害を依頼できる状態にはなく、前原被告もそのことを認識していた」として殺人罪が成立すると主張し、懲役8年を求刑した。

一方、前原被告は房子さんを殺害したことについて、「母に頼まれてしたこと」と話し、弁護側も「殺人罪ではなく同意殺人罪が成立する」と主張し執行猶予付きの刑を求めている。
同意殺人罪の法定刑は「6カ月以上7年以下の懲役または禁錮」で、もし同意があったと認定されれば執行猶予がつく可能性もある。

前原被告は最終意見陳述で、房子さんを殺めてしまったことへの後悔を語った。
前原被告:
私は母を殺害するという取り返しのつかない過ちを犯してしまいました。今はどのように償っていけばいいのかと思うだけです。
判決は、2025年1月9日に言い渡される。
【執筆:フジテレビ 社会部 司法担当 空閑悠】