「波佐見焼」で有名な長崎・東彼杵郡波佐見町。皿やコップなどの器といった日常アイテムを思い浮かべるが、今回紹介するのは白磁の”動物園”だ。
白磁の動物たちが並ぶギャラリー併設の工房
焼き物の産地、東彼・波佐見町。

江戸時代から「庶民の器」として発展した波佐見焼は、時代の流行りやニーズに応じた焼き物として、今も愛され続けている。

「白磁のどうぶつえん アトリエやま」は2006年にオープンした。町内では比較的新しい工房で、2014年からは作品を展示・販売するギャラリーも併設している。

カンガルーやゾウなど、これまでに約60種類の白磁の動物を生み出したのは、陶磁器デザイナーの山下行男さん(79)だ。

県窯業技術センターで陶磁器のデザインの仕事に関わった経験を生かし、退職後に工房を開いた。「食器も大事だが、暮らしの中に取り入れて飾っていく文化を広げていきたい」と話す。
「かわいい」「やさしい」が自分らしさ
波佐見焼といえば「暮らしの器」。

陶器市では使う人の好みに合う一品や格安の掘り出し物を見つけるのも楽しみの一つだ。そんな中、山下さんは波佐見であまり作られていない「置物」を作ろうと考えた。

たくさんの種類があって、制作のアイデアが広がる「動物シリーズ」を思いつき、手がけるようになったという。
食器は衛生面や美しさのため表面をガラスの膜で覆う釉薬をかけるが、山下さんの作品は「釉薬を使わない」など独自の工夫を凝らしている。

「自分らしさが自然に出てくるものだと思うが『かわいい』とか『やさしい』と言われると、そこが自分らしさかなと思う。ちょっと泥くさいところもあるけど」と笑顔で語る。
2025年は「舌が愛くるしいヘビ」
山下さんの工房に1本の電話がかかってきた。鹿児島からの注文で、2025年の干支「ヘビ」をモチーフにした白磁の置物だ。山下さんは16年前から干支の置物づくりに取り組んでいる。

12月は新年に向けて制作の大詰めを迎えている。干支が1巡する12種類を買いたいという人もいて、自分の作品が少しずつ広がっていく手ごたえを感じている。

2025年の干支のヘビはとっくりや急須など「袋物」と同じ技法で作られるが、山下さんは一つ一つを手作りで進めている。夏は暑く、冬は寒い工房。手がかじかみながらも、形を作り、整え、そして絵付け、と山下さんの手は休むことがない。

「少しでも一年が穏やかに過ごせる、平和に暮らせるように」そんな想いを干支の置物に込めている。

2025年のヘビは、優しい目とペロッと出した舌が愛くるしい作品に仕上がった。12年前の格調高い作品とは少し印象を変えた。どうしても苦手な人が多いヘビを「かわいく仕上げる」ことにしたのだ。

6月から制作をはじめ、これまでに1000個ほどが完成した。全国のデパートなどで販売されるほか、山下さんの工房でも電話注文を受け付けている。
波佐見焼の置物が暮らしに心に溶け込んでほしい
山下さんは佐賀県武雄市出身だ。工業高校時代に、波佐見焼を広く世に広めた陶磁器デザイナーの故・森正洋さんの指導を受けたことをきっかけにモダンな波佐見焼の虜になった。

山下さんの妻、光子さん(76)は、町内の焼き物の商社で販売の仕事をしていた経験があり、工房では梱包や発送を担当している。光子さんは「定年になって何かするだろうと思っていたけど、まさか陶芸をするとは思わなかった。でも動物の白磁は波佐見にないからいいかなと思った」と、夫の第二の人生の一番の理解者だ。

「デザインを考えるのが一番好き。毎日のように寝る前に枕元に置いてスケッチをしている」と語る山下さん。「波佐見焼の置物が、人々の暮らしや心にもっと溶け込んでほしい」という想いがある。

「山下さんの作品に絵をつけてみたい」という絵付師ともコラボの計画があり、作品を別の世界に引き立ててくれるとワクワク感が止まらない。

もうすぐ80歳になる山下さんは「発表できるチャンスがあれば発表してまだまだ楽しんでいただきたい。それが今からの夢。まだ10年くらいは頑張ろうかな」と、自身の可能性に胸を膨らませている。
(テレビ長崎)