少子高齢化に伴って医師の需要が高まる中、深刻な医師不足が続いている。その背景には、医師の数自体が不足していることに加え、地域や診療科によって医師の数に偏りがある“偏在”の問題があると指摘されている。
こうした中、様々な工夫で医師を確保し、地域医療を守ろうと取り組む島根・邑南町の公立病院を取材した。
地区唯一の診療所が閉院
島根・邑南町の公立邑智病院附属市木診療所は、人口400人ほどの市木地区にとって唯一の診療所で、取材に訪れた日も、約2時間の診療時間内に途切れることなく患者が訪れていた。
この記事の画像(13枚)この診療所は、元々40年以上にわたって診療を続けてきた地区唯一の民間病院だったが、院長が高齢になったことを理由に2024年9月末に閉院した。
「かかりつけ医だったので、閉院すると聞いて、今までの安心がなくなり大変だなと思った」と住民から不安の声も聞かれる中、院長や住民の要望を受けて、10月1日から邑智病院が附属診療所として引き継いだ。
閉院することでこの地域は、一定以上の人が住んでいながら医師がいない地域「無医地区」になり、最寄りの病院まで約10kmという高齢の住民にとっては不安を感じずにはいられない状況に陥るところだった。
附属化で医療の充実へ
民間病院を公立病院が引き継いだ今回のケースについて、邑智病院の山口清次院長は「医療を守るという使命がある。簡単に無医地区にするわけにいかない」と考え、附属診療所という形で維持することを決断したという。
邑智病院は、邑南町など邑智郡の3つの町が運営する地域の拠点病院で、年間延べ約5万人が受診し、24時間体制で救急患者を受け入れる二次救急医療機関にも指定されている。
市木診療所には月曜・水曜・金曜の週3日、医師と看護師や医療スタッフが派遣され、診療を続けている。
患者の1人は「閉院はちょっと困るなと思っていたが、邑智病院の附属になると聞いて安心した」と話し、引き続き地区内で医療が受けられることに安心した表情を見せた。
また、附属診療所になったことで、患者は邑智病院が持つ高度な検査装置を利用できるほか、電子カルテが共有され邑智病院との連携もスムーズになるなど、医療の充実にもつながった。
山口院長は「全国各地で抱えている『へき地医療』の問題解決のモデルになるのではないかと思っている。それだけに失敗は許されない」と話した。
医師増えるも「無医地区」増加
2022年時点の医師の数は、島根県が2024人、鳥取県は1740人となっており、それぞれ県全体では14年前の2008年に比べて1割程度増加した。
その一方で、「無医地区」も島根・鳥取両県で共に増えている。全体では増加している医師の数だが、中山間地域では減少傾向が見られ、増加しているのは人口が多い市部に偏っている。いわゆる“医師の偏在”が新たな課題として浮かんでいる。
その背景の一つとして挙げられるのが、病院経営の問題だ。
山口院長が「人口減少で、特に地方のへき地では患者がどんどん減って、医者としてももうペイできない」と指摘するように、患者の減少によって病院の経営が成り立たない地域も出てきている。
カギを握る「総合診療医」
医師の不足、偏在が課題となる中、地域医療を守るために邑智病院では10年前からある取り組みを進めている。
山口院長は「小さい地域の病院に、色々な専門科を全部揃えるのは効率も悪い」と考え、「総合診療科」を開設した。
「広い分野で高い臨床力と知識を持った医師。そういう訓練をしたドクターを中心に医療を進めるのが現実的」だとして、幅広い症例に対応できる「総合診療医」の確保に取り組んでいる。
その総合診療医の1人が、板持卓弥診療部長。島根・松江市出身で、邑智病院に約10年勤務している。
外来の現状を聞くと、患者の中心は高齢者で症例は幅広く、発熱や腹痛など体調不良は全般的に来るという。
高血圧・糖尿病・認知症・生活習慣病のマネジメントまで幅広く対応が求められる中、板持部長は、高齢化や人口減により過疎化が進む状況において、総合診療医は間違いなく地域の役に立つと考えている。
医師不足解消へ県が支援も課題残る
医師不足の地域に欠かせない総合診療医の確保に向けて、島根県医療政策課・糸賀晴樹課長は「それぞれの公立病院が地域医療を支えているという実態があり、県としても、その取り組みをしっかり支援していく」と県の方針を説明する。
島根県は、島根大学や県立中央病院と連携して、県内で総合診療医の育成を進め、総合診療に興味を持つ医師の確保につなげる考えだ。
また、一定期間、地方で勤務することを条件に学費が免除される自治医科大学の卒業生の受け入れも積極的に進めている。
地域医療を支える切り札ともいえる総合診療医だが、その確保には課題もある。
例えば、自治医科大学を卒業した医師は、学費免除を受ける条件として9年間、地方で勤務することになっているが、この期間を終えると県外に出てしまうケースも少なくない。
この点について、糸賀課長は「地域の医療を提供してもらう、地域に定着してもらうというところで、県としても課題と認識している」とした上で、地域に愛着がある県内出身者を育成することや、“医療を通じて地域を守る”という意識が、医師が県内にとどまることにつながるとして、医師と地域のネットワークづくりなどにも取り組んでいる。
現状、医師不足を解消する特効薬は見当たらない。各地の現場で模索が続く中、邑智病院の取り組みは、解決につながる一つのヒントになるかもしれない。
(TSKさんいん中央テレビ)