アメリカ大統領選挙まで2ヶ月を切る中、9月にはトランプ氏とハリス氏の初の討論会が行われた。

討論会後の評価では、ハリス優勢の声が広がり、多くの世論調査結果でも、支持率でハリス氏がトランプ氏を若干上回る結果が出ている。

だが、米大統領選は獲得票数ではなく、各州に割り当てられた選挙人を如何に多く取れるかで勝敗が決まることから、現時点でどちらが勝利するかは分からない。

国際テロ情勢では依然として不穏な空気が流れるが

一方、国際テロ情勢に目を移せば、イラン南東部ケルマンでは2024年1月、イラン革命防衛隊のソレイマニ元司令官の追悼行事を狙った大規模な自爆テロ事件が発生し、、100人あまりが死亡した。

コンサートホール襲撃テロ事件(ロシア・3月22日)
コンサートホール襲撃テロ事件(ロシア・3月22日)
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また、3月にはロシア・モスクワ郊外にあるコンサートホールを狙った襲撃テロ事件によって140人以上が死亡するなど、依然として予断を許さない状況が続いている。

アフガニスタンのモスクで発生した自爆テロでISKPはウイグル人が実行犯との声明を出した
アフガニスタンのモスクで発生した自爆テロでISKPはウイグル人が実行犯との声明を出した

両事件では、アフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州(ISKP)の犯行が指摘されているが、パリ五輪や6月から7月にかけてドイツで開催されたサッカー欧州選手権を含め、欧州ではISKP関連のテロ未遂や容疑者の逮捕が相次いで報告されている。

国際テロ組織アルカイダのザワヒリ容疑者(左)とビンラディン容疑者(AFP=時事)
国際テロ組織アルカイダのザワヒリ容疑者(左)とビンラディン容疑者(AFP=時事)

また、近年マリやブルキナファソなどアフリカのサヘル地域では、イスラム国やアルカイダなどを支持するイスラム過激派によるテロ活動が活発化し、トーゴやガーナなどギニア湾沿岸諸国はイスラム過激派の活動が南下し、国内の治安情勢が悪化することを強く警戒している。

米国の対テロ対策は優先度高まらず

テロ対策専門家の間でも、今後の国際テロ情勢の行方を懸念する声は少なくない。

しかし、これまでのトランプ氏とハリス氏の言動などを検証すれば、新政権の外交・安全保障上の重心は米中対立やウクライナ侵攻などの国家間イシューに置かれ、米国権益を脅かすテロ事件が生じない限り、対テロ政策の優先順位が高くなることはないと考えられる。

9月に行われた討論会
9月に行われた討論会

9月に行われた討論会でも、外交・安全保障上の議題は、国家間イシューで占められた。

米中対立について、トランプ氏は中国製品に対する関税を60%に引き上げることで、中国にお金を支払わせると主張した。

討論会でのハリス氏
討論会でのハリス氏

一方、ハリス氏はトランプ政権時代に米国の半導体が中国に流れ、結果として中国軍の近代化を支援することになったと指摘し、先端半導体の輸出規制など的を絞ったバイデン政権の中国政策の方が効果的だと反論した。

ウクライナ戦争についても、トランプ氏は、バイデン政権のアフガニスタンからの米軍撤退によってロシアがウクライナに侵攻することになったと批判し、自分なら両国の指導者を引き合わせて戦争を終結させることができるとした。

それに対し、ハリス氏は、ウクライナが独立を維持できているのはバイデン政権による軍事支援の成果であり、トランプ氏が大統領なら今ごろプーチン大統領はキーウに居座っているだろうと反論した。

討論会でのトランプ氏
討論会でのトランプ氏

さらに、中東情勢について、トランプ氏はハリス氏が大統領になればイスラエルは2年以内に消滅すると批判し、ハリス氏はイスラエルに自衛権があるものの、戦争を一刻も早く終結させる重要性を強調した。

このように、外交・安全保障分野においても、両氏は互いを批判し合っているが、中国に対する外交姿勢、国家間イシューに重心を置く、対テロ政策をその後に位置付けるという点では共通しており、新政権は対中国を外交安全保障政策の主軸にすることは間違いないだろう。 

「オーバー・ザ・ホライズン戦略」を転換

だが、米国による対テロからの脱却姿勢は、10年以上前に遡る。

オバマ元大統領
オバマ元大統領

2003年3月に始まったイラク戦争が長期化する中、オバマ大統領は2011年12月、9年あまりに及んだイラク戦争の終結を宣言し、現地でアルカイダ勢力などへの掃討作戦に従事してきたイラク駐留米軍が完全に撤退した。

イラク戦争で、米国は50兆円を超す予算を注ぎ込み、米軍の死亡者数は4500人あまりに上る。終わりの見えない戦争に、米国民の間ではブッシュ政権への批判や不満が募っていった。

イランの自爆テロは「イスラム国」が犯行声明を出した
イランの自爆テロは「イスラム国」が犯行声明を出した

米軍撤退から2年半後、イラクやシリアでは、あのイスラム国が台頭し、最大で英国領土に匹敵する領域を実効支配するようになり、世界を再びテロの恐怖に陥れた。

しかし、米国は米軍を大量投入して、敵を退治するという従来のやり方から脱却し、現地の軍・警察などの訓練や指導、無人機を使った空爆など、「オーバー・ザ・ホライズン戦略」に切り替え、対テロ戦争に深入りすることを避けた。

バイデン大統領
バイデン大統領

また、バイデン大統領も2021年8月、20年あまりに及んだアフガニスタン戦争の終結を宣言し、米軍が同国から完全撤退した。

バイデン大統領は、戦争終結についての演説で、9.11同時多発テロを実行した、アルカイダの打倒は達成され、米国は中国など新たな脅威に対応する必要があり、アフガニスタンの国家建設は、アフガニスタン国民の権利と責任であるなどと主張した。

「イスラム国サヘル州」がSNSに公開した戦闘員の映像
「イスラム国サヘル州」がSNSに公開した戦闘員の映像

さらに、上述のようにサヘル地域のテロ情勢が悪化する中、米国は、4月にサヘル地域に位置するニジェールから、1100人の米軍部隊を撤収させる方針を明らかにした。

米国は、ニジェールをテロ対策の重要な拠点と位置付けてきたが、ニジェールで2023年7月に、軍によるクーデターが発生し、欧米寄りの大統領が排除され、ロシアとの関係を重視する軍事政権が誕生したことで、撤退が加速化したと考えられる。

対テロ対策が疎かになる懸念…

以上のように、米国は中国が急速に台頭する中、ゴールの見えない対テロ戦争からの脱却を図ることに尽力し、今日のような外交安全保障政策の位置付けを重視するに至った。

冒頭でも述べたように、米国権益を脅かすようなテロ事件が生じない限り、対テロ政策は今後も国家間イシューの後に位置づけられるだろう。

アメリカ同時多発テロから23年 追悼式典の様子
アメリカ同時多発テロから23年 追悼式典の様子

しかし、米国が大国間競争に集中し過ぎるあまり、対テロへのコミットメントが疎かになってしまう懸念が残る。

イスラム国が、以前のような規模になることは考えられないが、イラクやシリアにおけるイスラム国によるテロ事件は、2024年に入って前年を凌ぐペースで報告されている。

また、アフガニスタンで実権を握るタリバンは、同国が再びテロの温床になることはないと、繰り返し主張しているが、アルカイダが国内で軍事訓練キャンプの数を増やし、リクルート活動を活発化させているとの情報もあり、引き続き潜在的なリスクは残っている。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415