特に急速な過疎化が進む山あいの町、愛媛・久万高原町で、行政と民間が手を取り合い、地域を盛り上げようという新しい風が吹き始めた。その名も「ゆりラボ」。久万高原町の花であるササユリのように、この地でアイデアの花を咲かせようという思いが込められている。
食から始まる地域の活性化
2024年8月23日、久万高原町の中心部にある久万町商店街の一角に人だかりができていた。
中をのぞいてみると、そこにはおしゃれなランチを提供する食堂があった。
地元のブランド米「清流米」の米粉で作られたベーグルは、照り焼きサンド風の具材と相まって、もっちもちの食感。思わず舌鼓を打ちたくなる光景が広がっていた。
しかし、ここはベーグルの専門店ではない。
タネマキ食堂の後藤琢郎さんは「レンタルスペースになっていまして。ここを借りさせていただいて営業するということです」と語る。
実は、この場所は普段はコワーキングスペースとして機能している。
地域の人たちが自由に使えるこの場所で、後藤さんは月に2回だけキッチンスペースを間借りして食堂を営業しているのだ。
この斬新な取り組みを運営しているのが、2022年に法人化された官民協働プラットフォーム「ゆりラボ」だ。
「ゆりラボ」が描く未来図
久万高原町は人口約7000人、65歳以上の高齢化率は50.2%と愛媛県内で最も高い。
店などが次々に廃業する中、町の活性化を目指して立ち上げられたのが「ゆりラボ」である。
中堅若手の町職員によるワーキングチームが、「何かやりたい」という町民の声を町に届ける仕組み作りが必要だという答えを出し、それが「ゆりラボ」として結実した。
ゆりラボの板垣義男代表は、その狙いについて「みんなが集まって、いろんなプロジェクトを話し合いながら『自己実現していこう』という場所を作ろうと、その時に提案したんです」と語る。
板垣さんは東日本大震災をきっかけに、関東から妻の出身地である愛媛に移住した。
町からの支援も受け、地域おこし協力隊のメンバーらと協力して様々な仕掛けづくりを進めている。
その中の1つが「起業の支援」だ。
タネマキ食堂の後藤さんは、「最初のコストがほぼない状態でできるので、自分のいい特技をさっとすぐ出して、ぱっとできるっていう、インスタント的にチャレンジできるというところにすごく意義を感じますね」と、この取り組みを評価する。
キッチンを間借りして営業する後藤さんも、ゆりラボが提案するチャレンジしやすい環境づくりを好意的に受け止めている。
健康づくりから地域の未来へ
ゆりラボの活動は、起業支援にとどまらない。
9月2日、コワーキングスペースに集まっていたのは地元の高齢者たちだ。
1人暮らしの高齢者が多い久万高原町で、ゆりラボは住民の健康づくりも目指している。
「お薬飲んだ?朝のおくすり」などと声をかけているのは、看護師の資格を持つコミュニティナースの新川麻実さん。週3回のペースで行われる「コミュニティナース」の活動だ。
利用者からは「月、火、水とあるから、あるときはいつも来よるんです。自分の思ったことをいろいろ話したりもできるからいいと思います」という声が聞かれた。
別の利用者は「元気の素じゃ。家でじっとおったら病気になる、ほんとに。わいわい言いよるのが年寄りには一番ええと思う」と、この取り組みの意義を語る。
工作や塗り絵など、利用者がその日にやりたいことをサポートしつつ、会話を通して健康状態を確認する。
新川さんは活動内容について「食生活のお話をお伺いしたり、あとは体重に変わりがないかとか、睡眠が取れているかで、日中のやっぱり体の変化っていうのを毎日お話で聞くような形で」と説明する。
この日、血圧を測っていた男性が「目が痛い」と訴えた。
新川さんが「目が痛い?いつから?最近?」と尋ねると、男性は「けさ」と答えた。目の異常だけでなく体のだるさも訴えた男性は、この日は帰宅することになった。
病院ではない地域の身近な場所だからこそ、利用者も正直な声で話せるのではないかと新川さんは考えている。
コミュニティナース・新川麻実さん:
病院に行くと、しっかりした自分を出そうとしがち。できてないんだけど「いや、できてます」「やってます」っていうのが出てしまうんですけど、普通に話してて、やっぱり本音が出やすいのかなと思います。
多様な活動で地域を活性化
ゆりラボの活動は、健康づくりにとどまらない。
広告関係の仕事経験を生かしたチラシのデザイン講座や、地元の上浮穴高校の生徒が取り組む地域のPR動画制作のサポートなど、ゆりラボの活動は関わる人たちの経験をもとに多岐にわたる。
目指すのは、職種も世代も違う人たちが集まって「何かが生まれる」場所だ。
板垣代表は将来の展望について「ふらっとコーヒーを飲みにおしゃべりしに来るみたいな場所に今なってるかなと思っていて、その話が新たなプロジェクトを生むきっかけとかヒントになっていたりするかなという風にも思います」と語る。
さらに、地域との連携についても「地域の方たちと共同で物事を進めていくことが今後の目標でもあり、あるべき姿かなという風には思っています」と言及した。
この拠点から町を元気に、住民がずっと幸せに暮らせるふるさとの実現を目指す「ゆりラボ」。その活動は、まさに始まったばかりだ。
山間の町に咲いた小さなアイデアの種が、やがて大きな花を咲かせる日は、そう遠くないかもしれない。過疎化や高齢化という課題に直面する地方都市にとって、「ゆりラボ」の取り組みは、新たな可能性を示す希望の光となるだろう。
官民が協力し、地域の特性を生かしながら、住民一人一人の力を引き出す。
そんな「ゆりラボ」の挑戦は、これからも続いていく。
(テレビ愛媛)