鹿児島市の住宅街にある小さな文房具店が57年の歴史に幕を下ろした。57年間、地域の人から愛された文具店には、温かみを感じる、たくさんの小さなドラマが詰まっていた。
「実感わかない」迎えた最後の日
JR鹿児島中央駅西口から徒歩圏内にある古くからの住宅街・西田にその店はあった。名前は「はやま文具」。ボールペンの商品見本は手書き、商品棚の至る所に可愛らしい文字で文具の使い方のポップが貼られている、とても温かみを感じる文具店だ。

はやま文具は、文具や事務用品の小売店として昭和41年に創業した。以来、57年間、街の文具店として地域の人に親しまれてきたが、通販サイトの普及や大型店舗が増えたことを受けて売り上げが低迷。ネット注文や企業向けの納品は続けるものの、小売店としては2024年8月31日をもって幕を下ろすことになった。

そんな文具店に10年立ち続けた女性がいる。お店のポップも手がける湯田平美咲さんだ。もともと絵を描くのが好きだった湯田平さんは、店のSNSを開設し、これまで様々な商品を紹介してきた。

フォロワーに特に好評だったのが、毎日更新される湯田平さん手描きのイラスト。もちろん、お店の文具を使って描いてきた。閉店について「まだ実感がわかない」と話す湯田さん、複雑な思いで8月31日の閉店当日を迎えた。
遠方から駆けつける客も
午前10時、開店と同時にやってきたのは近所に暮らす姉妹だった。大事に握りしめていたのは、お母さんが書いてくれたという買い物リスト。「ペンのインクが切れていたので買いに来ました」と話す姉妹は、メモにはなかった折り紙をニンマリしながら手に取って購入した。

レジから湯田平さんのうれしそうな声が聞こえてきた。お母さんと一緒にきていた小学生の女の子が初めてのおつかいで訪れたはやま文具のことを作文にして賞をもらったというのだ。「『どんな風に買い物をして』『どんな気持ちで』っていうのを作文に書いたんだよね」と話すお母さんの隣で女の子が笑顔でうなずいていた。

昼前に、携帯を見ながら陳列棚とにらめっこしている若い女性がいた。お店には7年前から通っているそうで、この日は、携帯にメモをしていた持っていないペンの色のリストを見ながら商品を選んでいた。閉店と聞いてショックだったという女性は、「この色ありますか」とか聞きやすいし、的確に良さを教えてくれたので、(お店の)そういうところが好きだった」と名残惜しい様子だった。

正午となり、湯田平さんが毎日描いていたイラストの時間がやってきた。「感謝の気持ちを込めて、いつも自分で使っていたボールペンで書きました」と話す湯田平さんのイラストは、いつもの可愛らしいキャラクターがちょっぴり涙を流していた。

お店中に飾られた湯田平さんのイラストは、希望者に配ることにしたという。そんな湯田平さんのイラストを目当てに、遠く離れた大隅半島から、ファンだという女性が来店した。仕事に行く前や昼休みに湯田平さんのイラストをみて、癒やされていたという。見送った湯田平さんは、「そんな見てくださっている方がいたんだと思うと、やめたくないです」と笑う目の奥が潤んでいた。

夕方、はやま文具へのおつかいを作文にした女の子が、実際の作文を持ってきてくれた。大きく丁寧に書かれた作文の中に、「ぶんぼうぐやさん」の文字が。湯田平さんは作文を手にとって、「思い出のひとつにこの店が残っているっていうのがうれしいです」と喜びをかみしめていた。
変わらずそこに在り続ける難しさ
閉店1時間前、レジには長い列ができていた。そして午後5時、「蛍の光」とともにシャッターが下ろされ、はやま文具57年の歴史が幕を閉じた。羽山晴彦社長が、「きょうまでありがとうございました」とスタッフ一人一人をねぎらった。

湯田平さんは、「閉店は時代の移り変わりなので、しょうがないなと思うところもある」と自分に言い聞かせながらも、寂しさを募らせていた。「この辺りは長くあるお店が多いので、なくなってから気づくというか、地元のお店を大事にしたいと思った」と声を絞り出した。

日々変わりゆく街並み。その変化の中で、いつまでも変わらずにそこに在り続けるのは、私たちが思う以上に難しいように思う。地域の人たちに惜しまれながら、最後の日を迎えた「はやま文具」は、私たちにそのことを教えてくれているのかもしれない。
(鹿児島テレビ)