第2次世界大戦の終結から79年。9月2日は、アメリカ海軍の戦艦ミズーリの甲板上で、日本が降伏文書に調印した日でもある。2024年、アメリカのトップエリートが集結する、アメリカ海軍士官学校を取材する機会を2度得た。
この記事の画像(18枚)日米両国が「日米同盟は前例のない高みに到達した(日米首脳共同声明:2024年4月10日)」とされる中で、これから前線へと赴く若者達の思いや、日米同盟に対する考えを直接聞くことが出来たのは貴重な経験となった。また、学校には自衛隊から派遣された教官もいた。彼は2024年7月末に2年間の任務を終えて帰国したが、アメリカの地で感じた思い、学生達の雰囲気を率直に語ってくれた。
全米屈指のエリート学校「海軍士官学校」
アメリカの首都ワシントンから東へ約50キロ。アメリカ海軍士官学校は、18世紀の歴史的な建物が並ぶメリーランド州都のアナポリスにある。
1845年に創設された4年制の学校で、学生数は約4500人、約600人の教授陣が在籍している。全米屈指のエリート校としても知られていて、卒業生には海軍幹部のみならず、カーター元大統領やマケイン元上院議員のほか、アメリカで最初の宇宙飛行士の1人となったアラン・シェパード氏もいる。
校内は一般向けに開放もされていて、年間100万人以上の観光客が訪れる。新入生が、脂が塗られた巨大な記念碑に頂き置かれた下級生の帽子を上級生の帽子に置き換える「ハーンドン・クライム」や、卒業式の帽子投げは世界的にも有名だ。
2024年5月に卒業式を取材した際には学生から「国のために尽くす」「海兵隊のパイロットになる」など将来への熱い思いも聞かれたが、多くは日本にも配属されるという。
博物館には“黒船”ペリー提督の「星条旗」
広大なキャンパス内に足を踏み入れると、まず迎えてくれるのは学校のマスコットの「山羊のビル(Bill the Goat)」の銅像だ。近くにはビジターセンターもあり、学校のグッズが販売されているほか、校内には博物館も存在する。
とりわけ印象深く残っているのが、各学年が作成する「クラスリング」だ。展示されているものは殉職した同級生がつけていたものだとの説明を受けると、彼らが死と隣あっていることを深く感じた。
また、日本に関連する展示も多く目に付いた。その1つは、1945年9月2日、日本の降伏文書署名式が行われた戦艦ミズーリに掲げられていた、31星の「星条旗」だ。この旗は、1853年にいわゆる「黒船」であるペリー艦隊の旗艦「サスケハナ号」が掲げていた星条旗でもある。
また、1941年の真珠湾攻撃に関する展示も多くあった。作戦を立案した海軍大将の山本五十六氏については、「皮肉なことにアメリカとの戦争に最も反対していた人物の1人」と紹介されていた。
さらに、レイテ沖海戦で撃沈された空母「千歳」の水兵が使用していたとみられる遺留品などもあった。
このほかにも、ミッドウェー海戦の勝利を記念した石碑、旧日本軍から奪った魚雷なども展示されていて、太平洋戦争を思い出させる記憶が至るところで感じられた。アメリカ海軍にとって、この戦争は決して忘れることのない歴史の一部として残っているものなのだと感じた。
志望者は減少…「軍人」という職業に不安も
さらに学生が暮らす寄宿舎に足を踏み入れると、「DONT GIVE UP THE SHIP(艦をあきらめるな)」と大きく書かれた文字が掲げられている。
これは戦争で瀕死の状態となった海軍の艦長が最後に発したとされる言葉で、今は海軍のモットーとして知られている。
また、学生達が暮らす部屋は、3~4人で1部屋となっていて、個人のベッドと机、最低限の収納棚のほかは共有のバス・トイレだけの質素なものだった。
関係者によると、エリート校と言われている士官学校も、隔年ごとに増減はあるものの、2014年には1万7000人以上が志望していたが、2023年は1万4000人台に減少しているという。学生の質の低下を指摘する声もあるそうだ。実際に卒業生の親に話を聞いたところ、常に死のリスクを抱える軍人という職業に、自身の子どもが就くことへの不安や、将来的には別の道に進んで欲しいとの声も聞かれた。
日本でも自衛隊の定員不足が指摘されているが、アメリカ人にとっても、軍人は必ずしも人気の職業とは言えない現実もあった。
日本に対する期待と覚悟
また関係者は、学生の中に経済的な動機で志望する学生が多い点も指摘する。高額な授業料が一般的なアメリカの大学と比べ、学費は無料。卒業後に5年以上海軍に入ることを条件に、毎月給与のような手当が支給される点も大きいのだという。
そして卒業後には、軍以外にも様々なキャリアが選択肢にある。そのため、日本の防衛大学校などとは異なり軍人を生涯の職業と考えるのは少数派だという。世界中に展開するアメリカ軍が各国に防衛力の負担を要請する背景には、金銭的な事情とともに、兵員希望者の減少という課題もあるのかもしれない。
さらに日米同盟(安保条約)に基づく双方の役割について、ある学生は「アメリカは日本や日本の権益を守る。だから日本も命をかけてアメリカに協力してほしい」という声も聞かれた。日本が攻撃された場合の対応は言わずもがなだろうが、学生の多くが特に懸念していたのは、中国による台湾侵攻が行われた場合だ。
安倍元首相は「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と発言し、日本人の覚悟が問われる点を強調していたことも思い出される。様々なシミュレーションは行われているが、今後ますます日本は何が出来るのか、どのような覚悟を持つのか。政治が問われていくことは間違いない。
(FNNワシントン支局 中西孝介)