夏は能登の人たちにとって祭りの季節。それぞれの地域で「キリコ」と呼ばれる大きな灯籠が町内を巡行する勇壮な夏祭りが各地で行われる。元日の能登半島地震で甚大な被害を受け、祭りを断念する地域もある中、復旧作業に追われながらも、祭りの火を絶やすまいと奮闘する人たちがいる。

甚大な被害も”祭りの火”を絶やさない

石川県能登町姫地区のキリコ祭り「どいやさ祭」
石川県能登町姫地区のキリコ祭り「どいやさ祭」
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能登半島の先端、南東側に位置する、石川県能登町姫地区。地区にある諏訪神社の夏の例祭、「どいやさ祭」はやっこだこのような形をした大小6基の「袖キリコ」が町を練り歩く。クライマックスにはキリコを載せた船が漁港を巡る、漁師町ならではの迫力ある祭りだ。今年は能登半島地震の発生で同地区でも神社の鳥居が倒壊するなど大きな被害があったため、祭りの開催が危ぶまれたが、1カ月延期して営まれた。

小さな港町を巡行する「袖キリコ」
小さな港町を巡行する「袖キリコ」

被災した神社に新たに建立された“特別な”鳥居

祭りの中心となる諏訪神社には真新しい朱の鳥居がたち、石垣や石段には補修したあとが見られる。住民たちが協力して鳥居を再建し、崩れた部分を補修したという。周辺には未だ修理・解体ができていない住宅などが残る中、建設業者でもない住民たちがなぜ神社の修繕に取り組んだのか。そこには「どいやさ祭」への思いがあった。祭礼委員長を務める今井和人さんは、元日からしばらくは日々生きるのが精いっぱいだったと振り返る。4月に入るころに、ようやく少し落ち着き、祭りをしようという気持ちになったのだと言う。

能登半島地震発生前(左)と発生後(右)の諏訪神社(2024年1月1日撮影)
能登半島地震発生前(左)と発生後(右)の諏訪神社(2024年1月1日撮影)

今年は祭りの開催を見送ろうという声もあった。しかし、地区の象徴である「どいやさ祭」までに鳥居を再建し、住民を元気づけようと、宮総代の田中哲明さんが発起人となり、約20人が集まって、土台から手作りで木製の鳥居を完成させた。

今井さんは「大工さんもいないのに自分たちでつくったんですよ。思った以上のものが出来てすごいなぁと眺めています」と照れながらも仕上がりに満足そうだ。協力して作り上げた鳥居はかけがえのない地域のシンボルとなるだろう。

住民たちが再建した木製の鳥居
住民たちが再建した木製の鳥居

能登半島地震の発生…“被災者”となって直面したこと

この記事を書いている私は、この姫地区の出身。元日、実家に帰省していたところ、能登半島地震の激しい揺れに襲われた。幸い家族は全員無事で建物にも大きな被害はなかったが、海沿いの地区であるため家族とともに高台へ避難。翌朝、姫地区では2つの拠点で炊き出しなどのボランティアが始まった。私も2日の夕方から姫交流センターでボランティアに参加。生活用水として川の水を汲む、浄水場で飲み水をもらう、炊き出し、一人暮らしの高齢者宅への物資の配達や防犯パトロールなど様々な活動を住民が分担して行った。大災害の発生で地元はどうなってしまうのかという心配をよそに、地区全員の安全な場所への避難と安否確認は、驚くほど自然にしかも素早く完了した。

避難所の姫交流センターに身を寄せる住民(2024年1月撮影)
避難所の姫交流センターに身を寄せる住民(2024年1月撮影)

被災して気が付いた“祭り”の機能とは

なぜこのようなことができたのか。これはよく言われることだが、能登には非常に密な地域住民のコミュニティがある。過疎化と高齢化は進んでいるが、今も家族、親族、地域ぐるみの付き合いが日常的に行われている。

そのコミュニティを維持する重要な役割を祭りが担っているのだと、私は今回改めて感じた。祭りをするために、準備や練習の過程で地域の様々な世代が交流する。こうして世代を超えた住民同士のつながりが脈々と受け継がれ、地域にどのような人がどういった家族構成で住んでいるのかを共有することができている。これが、災害時にスムーズな人員の把握や避難所の運営に役立った。

避難所でボランティアを行う住民(2024年1月撮影)
避難所でボランティアを行う住民(2024年1月撮影)

地震に負けない「姫の底力」…地域の絆を紡ぐ祭り

「どいやさ祭」のクライマックス、キリコをいかだに乗せる場面では祭礼委員長の今井さんが「姫の底力をみせてやれ!」と何度も声をかけていた。見渡すと、祭の中心を担う人たちは震災の時に避難所で先頭になって汗を流していた顔ぶれだった。

キリコの絵を描いた中谷内正道さんは、週末にキリコの絵をかき進めたと言う。裏面には、「どんな困難も乗り越えた先に青空が広がっている」という意味の「雲外蒼天」という言葉を入れたと言う。

「雲外蒼天」の文字が書かれたキリコ
「雲外蒼天」の文字が書かれたキリコ

幼いころから慣れ親しんできたこの神事を、今年はいつもとは違う思いで見つめることができた。地域の文化を守るという観点からだけでなく、いざというときに共助できるコミュニティを維持するという機能面からも、祭りなど地域の行事やイベントは守り伝える必要があると、被災者の一人として強く感じている。

(石川テレビ)

石川テレビ
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