食の雑誌「dancyu」の編集部長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。

植野さんが紹介するのは「豚バラ肉とピーマン焼き」。

代々木八幡にある洋食と中華をメインに様々な定食が楽しめる「こうだ」を訪れ、食欲をかき立てる一品を紹介。

生姜の搾り汁にワインを加えた独自のタレを使う、一般的なしょうが焼きとはまた違った味わいだ。

代々木八幡にある地域密着型の食堂

「こうだ」があるのは、東京・代々木八幡。

「代々木八幡は、代々木八幡宮という神社がありまして、のどかな感じのする住宅街です」と植野さん。

代々木八幡は新宿と渋谷の間に位置し、都心にありながらその喧騒からは離れ、緑も多い、まさに「都心の森」だ。

植野さんは「ここはもうね、完全に住宅街だけど、いろいろなお店が点々とあるわけです。今日は昔からやっている地元密着型の食堂に行ってみたいと思います」と話し、お店へ向かった。

妻と娘、常連客だった料理人が店主の不在を守る

洋食と中華の店「こうだ」は、代々木八幡駅から徒歩10分の場所にあり、今年で57年目を迎える。

マンションが立ち並ぶ中、異彩を放つオールドスタイルの外観で、紫色の看板は、特に夕方以降、見つけやすいお店のシンボルになる。

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店主の功さんは現在療養中のため、体調がいい時はお店に顔を出すという。

漬物などの仕込みや接客を担当する母、晴江さん。調理を担当する娘の信恵さんと店主の弟の稔さん。

そして、夜は弟さんに代わり料理人の大橋さんが「こうだ」を支えている。実家のような朗らかな接客も隠し味で、多くの常連客でにぎわう、代々木八幡の貴重な食堂だ。

開店当初から貫く「洋食も中華も」

1967年、晴江さんとともに、お店を始めたのは夫、功さん。

当時は店舗があった場所のオーナーの名前「ふくだ」という店名だった。

新潟県出身の功さんは東京の麺工場に就職。その後、料理人を志し、新宿・歌舞伎町の洋食店に8年勤務する。夫婦の出会いはこのときだった。

当時、厨房機器メーカーに勤めていた晴江さん。功さんがいたお店はお得意様で何度も訪問し、オーナーとは顔見知りだった。

するとある時、お店のオーナーから「晴江さん、うちのコックの功くん、どうかな?」「独立するって言っているから、結婚してあげてくれないか?」との申し出があり、晴江さんは「この人、商売で成功しそうな人かも!結婚してもいいかな」と思ったという。

晴江さんの予想は大当たりし、功さんはすぐにお店を軌道に乗せた。

当時のメニュー表
当時のメニュー表
当時のメニュー表も洋食もあり中華もあった
当時のメニュー表も洋食もあり中華もあった

当時のメニュー表には、「ほんとだ、今とは違うけど洋食があって中華があってラーメン80円だよ」と植野さんは驚いていた。

1973年、ふくだがあった場所の目の前に店舗を移転し、店名を「こうだ」に変えた。

晴江さんは「当時は家庭のことを何にもしていなかった、お店一筋」と苦労を語る。

(左から)母・晴江さん、娘・信恵さん、料理人の大橋さん
(左から)母・晴江さん、娘・信恵さん、料理人の大橋さん

娘の信恵さんは「お客様も顔見知りだから、みんな遊んでくれるし私としては寂しいとは全然感じなかった」と当時の気持を語る。

そんな信恵さんがお店を手伝うようになったのは20代前半のころ。「やっぱり食べることって一番だなって気が付いた時期で、手伝おうかなっていう感じです」と信恵さん。

この先も厨房を支えて欲しい…高齢女将の願い

もともとフレンチで修業をしていたとき、こうだに出会い通うようになった大橋さん。

数年後、マスターの功さんが高齢のため、調理担当を探していると聞いた大橋さんは「昼間はホテルでの仕事があるので、夜ならお手伝いできますよ!」と提案したという。

「こうだ」の常連で夜の調理場を支えている料理人の大橋さん
「こうだ」の常連で夜の調理場を支えている料理人の大橋さん

そして、6年ほど前から「こうだ」で働くようになった。現在は朝6時から午後4時まで、別の飲食店で働き、午後6時から「こうだ」の調理場を支えている。

そんな大橋さんに晴江さんは店を継いでもらいたい気持ちがあるそうだが、家庭を顧みる時間が持てなかったことは後悔の念として残っているため、大橋さんにはそんな思いをして欲しくないとなかなか言い出せなかったそう。

晴江さんの「期待してます、みんなの夜の顔だから」の言葉に、大橋さんは「自分としてはこういうお店は絶対に残していきたいと思っています。こういう意思を継いで、お客様が来た時に“こういうお店があって良かったな”と思ってもらえるようなお店を続けていければ」と語った。

本日のお目当て、こうだの「豚バラ肉とピーマン焼き」。

一口食べた植野さんは「重くはないけどしっかりとタレの味が入っていて、白飯が進む」と絶賛する。