アメリカで221年ぶりに2種類のセミが同時に地上に出て羽化し、その数は全米で数兆匹にのぼっている。小さい頃にセミをつかまえて遊んだ筆者にとっては興味津々のニュースだが、「虫ネタはなぁ……。嫌いな人が多いからなぁ……」と悩ましい。フジテレビ本社報道局の反応もあまりよろしくない。

木の根元にセミ。取材スタッフの背中にもセミ。(イリノイ州グレンエリン市)
木の根元にセミ。取材スタッフの背中にもセミ。(イリノイ州グレンエリン市)
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編集室の一部スタッフから悲鳴が聞こえてきそうだったが、筆者は、虫が好きな支局員とともに取材班を結成し、2種類のセミを唯一観察できるというイリノイ州に乗り込んだ。取材を進めると、セミの興味深い生態が見えてきた。

「恐怖」は「知識」で克服…博物館は強い味方

同時に出現している“2種類のセミ”は、「ブルード13」とよばれる17年ゼミと、「ブルード19」とよばれる13年ゼミ。前回この2種類が同時に発生したのは1803年(日本は江戸時代)だ。中でも中西部イリノイ州は両方が確認されているまれな州で、虫が嫌いな人の間でも虫が好きな人の間でも、現地では文字通り「BUZZ(バズ=虫が音をたてる様子も意味する)」っている話題だ。

ダン博物館を訪れた親子。娘の「気持ち悪い!」に母は爆笑。
ダン博物館を訪れた親子。娘の「気持ち悪い!」に母は爆笑。

州北部にあるダン博物館ではセミの特別展が開催されている。
「ここにくれば科学の力で、私のセミに対する恐怖を乗り越えられると思ってお母さんが連れてきたの」。来館した少女は本当にセミが嫌いなようだったが、色々学ぶために来たという。

ダン博物館のセミ専門家、ブレット・ペトゥ氏
ダン博物館のセミ専門家、ブレット・ペトゥ氏

博物館のセミ専門家、ブレット・ペトゥ氏はそんな来館者には親切な強い味方で、我々にもセミの生態について徹底解説してくれた。

同時出現は「数で勝負の安全策」

――2024年、2種類で一体何匹出現する?

最も集中している場所で、1エーカー(=4047㎡)に150万匹ですが、樹木が沢山あるのか、地面が農業用地だったのか、建設用地だったのかによっても異なります。イリノイ州だけで10億匹、アメリカ東半分に出現しているだけでも数兆匹にのぼるとみられています。

「かなりの数ですよね」とペトゥ氏も笑う 
「かなりの数ですよね」とペトゥ氏も笑う 

――2種類の出現場所は重ならないの?

中部の州都スプリングフィールドでは10マイル(=16km)ほどの幅のエリアに2つのブルードが重なって出現している場所があります。
ただ、セミは飛ぶのが苦手で、1/2マイル(=800m)位飛んだら休まないといけないんです。17年ごとにそれしか行動範囲を広げられなければ、仮に1860年から始めたとしてもせいぜい5マイル(=8km)程度の拡大にしかなりません。

州北部の広大な保護区「Edward L. Ryerson Conservation Area」
州北部の広大な保護区「Edward L. Ryerson Conservation Area」

――なぜ同時に出現する?

これは数十億、数兆単位で出現するサバイバル戦略で、専門用語では「捕食者飽食(predator satiation)」といいます。つまり、多く個体で出現することで、鳥に食べられたり、誰かに踏みつけられたりする確率を減らし、生き残った一部が次の世代の繁殖を担うのです。そうした「数で勝負の安全策」をとっているんです。

ブルード19(13年ゼミ)生息地で一時106.4デシベルを記録(スプリングフィールド市)
ブルード19(13年ゼミ)生息地で一時106.4デシベルを記録(スプリングフィールド市)

――なぜこんなにうるさいの?

90~100デシベルまで鳴くことができ、音量でいうとバイクや芝刈り機と一緒です。鳴くのはオスだけで、「Tymbal(発音膜)」とよばれる曲がるストローのような特別な器官が羽の下にあります。それを筋肉で速く動かしあのように鳴きます。メスにアピールしようと他のオスよりも大きな声で鳴こうとします。
一方、メスは羽を重ねて1回だけ鳴らすクリック音で反応します。シナリオとしては、オスとメスが同じ枝に止まり、オスが鳴き、メスが羽をクリックさせる。少し近づいて、また繰り返す。お互い気に入れば、カップルが誕生します。

指先で鳴くブルード13(17年ゼミ)。逃げるそぶりはない。
指先で鳴くブルード13(17年ゼミ)。逃げるそぶりはない。

――ブルード13とブルード19の違いは?

ブルード13(17年ゼミ)の中でも3種類います。一方、ブルード19(13年ゼミ)には4種類。木に止まっていたらほとんど同じに見えるので、拾って手のひらにひっくり返し、腹部のストライプで見分けるのが一番の方法です。

地中に17年間…セミに“体内時計”?

――セミの一生はどんなもの?

幼虫は地中に17年もの間、木の根の樹液だけを吸って過ごします。ゆっくり成長しながら何度か脱皮します。木の樹液はそこまで栄養価は高くないので、成長がゆっくりなんです。
17年間過ごしたら、ようやく地上に出て、残り約1カ月のライフサイクルを完結させます。

ダン博物館の展示は子供たちにも人気
ダン博物館の展示は子供たちにも人気

幼虫は地表から8~12インチ(=約20~30cm)の深さの地中で17年間過ごしますが、そこの温度が厳密に「カ氏64度(=セ氏17.77度)」、63度でも65度でもなく、ぴったりその温度になったらトンネルを掘り始めます。
時々、地表に煙突のように土が盛り上がっていることがありますが、これは雨が降っている時に穴が水没しないよう、幼虫がつくるものです。他はたいてい、地表に10セントか5セント硬貨程度の大きさの穴ができます。幼虫は穴から出てきたら、直近で垂直に立っているものを登り始めます。多くの場合は樹木ですが、家だったり、誰かの車だったり、誰かの脚だったりします。そして最後の脱皮をします。

木の幹を登る幼虫、羽化直後、成虫を同時に観察 
木の幹を登る幼虫、羽化直後、成虫を同時に観察 

――羽化のプロセスは?

殻から出てくるのに90分ほどかかります。その動きはダイバーが背中側のチャックをあけてウェットスーツを脱ごうとする動作によく似ています。その後、さらに90分かけて体液を巡らせて羽を広げ、体が黒くなります。羽化したばかりは白いような黄色っぽい色で、後頭部に2つ黒い斑点があります。

左が成虫、右が羽化の最中のセミ
左が成虫、右が羽化の最中のセミ

その斑点は少しずつ体全体に広がります。赤い目は地上に出た時からあり、体が硬くなって成虫になったら木のてっぺんに向かって登っていきます。オスなら、3~4日で鳴き始め、周りのオスと一緒になって大合唱します。メスが興味あれば、羽を鳴らします。交尾は数時間から長いもので12時間と、個体差があります。

【動画をみる】17年ゼミの羽化の瞬間

――メスの産卵はどのように?

カップル誕生後、2~3日以内にメスは卵を400~600個、お尻のとがった産卵管を使って枝に産み付けます。枝の先の方に産卵管でV字型に切れ込みを入れ、約20個産んでは前進し、なくなるまで続けます。そこから6~10週間後、卵は枝の中でかえり、しばらく樹液を吸って育ちます。その後枝から地面に落下し、木の根っこに戻って、17年間過ごします。

メスは産卵管を使って枝に卵を産みつける
メスは産卵管を使って枝に卵を産みつける

――セミはどうやって「17年たった」とわかるの?

世界的なセミの専門家で“セミのインディアナ・ジョーンズ”と呼ばれるジーン・クリツキー博士とも話しました。彼は、セミが栄養源である樹液の「上昇・下降」を感知できるのではないかと考えています。イリノイ州では四季があり、冬は厳しい。このあたりの落葉樹は秋に樹液を根の方に下降させ、冬の間に凍結しないようにします。
春になると、その樹液を木のてっぺんまで上昇させます。クリツキー博士はセミたちが年に1回、下降と上昇をする樹液の動きで「1年」を認識し、何らかの体内時計が働いているのではないかと考えています。実際に人工的に樹液を上下させ、17年よりも前に出現させた複数の研究があります。

17年間地中で過ごした後、地上に出たセミの命は1カ月程度 
17年間地中で過ごした後、地上に出たセミの命は1カ月程度 

――どういう木がセミにとって絶好スポットなの?

メスが産卵場所を探す際、成長した樹木で根っこのまわりにあまり植物のないものを好みます。下に植物が多いと、幼虫が地面までたどり着かない可能性があるからです。植物にひっかかって身動きがとれなくなったり、鳥の餌になったりするだけですので。十分成長した樹木を選ぶ、もうひとつの理由ですね。

――セミが怖い人には?

セミを怖がる必要はありませんよ。噛んだり刺したりしませんし、人間やペットが感染するような病気ももっていません。みなさんが思うより実は小さく、体長は1インチ半(=約4cm)で体重も2g程度です。オシッコはジェット噴射のように飛びますが無害で、セミの体で多少フィルターされた木の樹液と考えていただければ大丈夫です。無脊柱動物で、実はエビとそんなに遠くありません。一般的に人やペットが食べても基本的には安全ですが、甲殻アレルギーがある方は食べない方がよいでしょう。

ブルード13(17年ゼミ)の羽化撮影に挑戦

ペトゥ氏の解説を聞いた筆者は興味がさらに湧いた。取材班は羽化の一部始終を捉えようと、木を登り始めた幼虫を見つけ、カメラを据えた。しかし、脚が弱いのか何度も木から落ちる幼虫や、途中まで殻から脱出したのにそのまま動かなくなって(おそらく)死んでしまったセミが意外と多く、幾度となく撮影も失敗を重ねた。

日没頃にやっと羽化撮影に成功
日没頃にやっと羽化撮影に成功

日没の頃にようやく殻から出て幹を登り始めた白いセミを見た時は「よくぞがんばった……!」と感動すら覚えた。小さなセミの世界でも生存競争が起きているのだ。

「17年間」という期間は、人生のどこにいるかによって捉え方が異なり、考えさせられる。「17年後にまたセミが出現した時は、自分の人生はどんなものになっているだろう?世界はどんな風になっているだろう?社会は?好きなこの仕事は?」と、ペトゥ氏も感慨深げだ。

ペトゥ氏は「この自然現象は誰でも経験し、関わることができる本当に意味ある出来事なんですよ」と語る。虫嫌いだった来館者の少女は、17年後セミを好きになっているだろうか。
(執筆・取材:FNNニューヨーク支局長 弓削いく子、撮影・取材:ハンター・ホイジュラット、アンドリュー・トシオ・ムローザ)

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弓削いく子
弓削いく子

心身を整えるためにヨガをこよなく愛す。
Where there’s a will, there’s a way.
FNNニューヨーク支局長。ニューヨーク市生まれ。1993年フジテレビジョン入社、警視庁、横浜支局、警察庁、社会部デスクなど、駆け出しは社会部畑。2010年からはロサンゼルス支局長、国際取材部デスクを経て現職。