6月2日に神宮球場で行われた東京六大学野球、伝統の早慶戦。

早稲田大学が19安打12得点の猛攻で7季ぶりの優勝を決めた一戦の試合前、始球式で一人の少年の人生を変える一球が投じられた。

2万8000人の観客が見守る中で始球式を務めたのは、7歳の光明弦祐(こうみょう・げんゆう)くん。幼少期に慢性腎臓病を患い、長く療養を続けていた弦祐くんは、コロナ禍も重なり、他人との関わりが極端に少なかった。

そんな彼を変えるきっかけとなったのが、長期療養中の子どもの自立を支援するNPO法人『Being ALIVE Japan』のTEAMMATES事業。 同事業を通して弦祐くんは2023年8月、慶応大学野球部に入部した。

慶応大学野球部のユニフォーム姿
慶応大学野球部のユニフォーム姿
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母・有紀さんは当時を振り返り「人と楽しみたいということを目標に、入れさせようと思いました」と語る。

環境の変化とともに生まれた変化

入部初日に練習場で行われた、弦祐くんのあいさつ。

部員:
選手やみんなに何と呼ばれたいですか?
弦祐くん:
げんちゃんです。
部員:
げんちゃーん!

野球部員から一斉に沸き起こった「げんちゃんコール」。温かい声が弦祐くんを迎え入れた。

そんな弦祐くんだったが、野球経験はほぼゼロ。 それでも早慶戦での始球式を目指し、学生たちと練習に励む日々を過ごした結果、短い距離のキャッチボールから始めた練習も、キャッチャーのミットをめがけて投げられるほどに上達した。

指導にあたる部員も「めっちゃいいぞ、げんちゃん」とその成長ぶりに太鼓判を押す。

体力の面でも、当初は30分が精いっぱいだった練習時間が徐々に延び、1時間以上の練習ができるまでに向上した。

投球練習に励む弦祐くん
投球練習に励む弦祐くん

4年生の門倉基勝選手が「日を追うごとに明るく接するように変わりましたね」と語るように、弦祐くん自ら休憩を切り上げ「やるか、そろそろ」と声をかけることも。

そして休憩中には、大きなアリを見つけたことを報告してチームメイトを和ませた。

弦祐くんの周囲には笑顔が絶えない
弦祐くんの周囲には笑顔が絶えない

母・有紀さんはその変化ぶりを見て「積極的になりましたし、一番変わったのが、挨拶をものすごく褒められるようになりました」と語る。

母・有紀さん
母・有紀さん

長い療養によって、人とのつながりが希薄になっていた時間。それを取り戻すかのように、濃密な時間を過ごした弦祐くんは、社交的な少年へと変化していた。

和やかに談笑する弦祐くん
和やかに談笑する弦祐くん

始球式本番を約1カ月後に控えた5月、部員らが見守る中で行われた本番さながらのリハーサル。

電車が大好きで「将来の夢は電車の運転手」だという弦祐くんは、最新型の山形新幹線E8系にちなんだ『背番号8』のユニホームをまといマウンドに上がった。

背番号は8番
背番号は8番

大きく振りかぶって投じた一球は山なりの軌道を描くと、方向こそそれてしまったがバッターの近くまで届き、グラウンドは温かい拍手に包まれた。

本番まで1カ月 チームメートからのメッセージ

リハーサル後、チームメートが「本番もこんな感じで」と声をかけると「オッケー」と答え、自信をのぞかせる弦祐くん。その姿からは他人との交流が少なかった少年の面影が、すっかり薄れていた。

最後に本間颯太朗主将から「始球式ではいい球が投げられる力が絶対にあると思うので、本番では自分を信じて、勇気を持って腕を振って下さい」とエールを送られると、弦祐くんは「キャッチャーまで届けたいです」と大きな声で意気込みを語った。

スコアボードのメッセージ
スコアボードのメッセージ

グラウンドのスコアボードに表示された「げんゆうくん がんばれ!!」のメッセージに背中を押され、この日は練習グラウンドを後にした。

10カ月の集大成と新たな夢

迎えた始球式の本番当日。両親に手を引かれて球場入りする弦祐くん。大舞台を前に「ちょっと緊張している」と率直な心境を口にしながらも「みんなを笑顔にさせるボールを投げたい」と気合は十分だ。

優勝が懸かる大一番に集結した2万8000人が見守る中、いざマウンドに上がった弦祐くんは、選手たちとグータッチを交わすと挨拶も欠かさない。

バッターボックスに向かって2度頭を下げると、全身を目いっぱいに使って渾身の一球を投じた。 惜しくもボールはバッターの背中側に落ちてしまったが、小さな体が見せた全力投球に、満員の神宮球場は笑顔に包まれた。

渾身の1球を投じた始球式
渾身の1球を投じた始球式

始球式を終え、大満足の表情を見せる弦祐くん。「(自分的には)130点」と語ると、母・有紀さんは涙をこらえながらこの10カ月を振り返った。

母・有紀さん:
最初は10mくらいしか届かなくて、マウンドの端っこからも無理かなと思っていたんですけど、最後まで諦めないで (部員の)皆さんも「大丈夫、いける」というところまで練習に付き合っていただいて、最後まで諦めないでよかったです。

そして、大役を終えた弦祐くんが語ったのは、新たな夢だった。

弦祐くん:
大谷翔平に続きたいです。あと、リニア新幹線よりも速く投げたい。

山形新幹線にとどまらず、リニア新幹線をも上回るスピードの球を投げることを夢見て、弦祐くんの挑戦は続く。

『すぽると!』
6月8日(土)24時35分
6月9日(日)23時45分
フジテレビ系列で放送中