来場客:うわぁ、こんなんあった。
来場客:これ何やと思う?お米。押したらここに、お米が出てくる。
一歩足を踏み入れれば、タイムスリップしたような空間…。ブラウン管テレビに、花柄の魔法瓶…冷蔵庫もどこかレトロだ。
そこはまるで「昭和のお茶の間」。さっきまで誰かが暮らしていたような雰囲気で、懐かしく味わいのある家具や電化製品が並ぶ。
来場客:懐かしいです。私50歳なんですけど、子どもの時こんなんだったなと思って。
来場客(親子):お父ちゃんの昔の暮らしってこんな感じやったんやで。
来場客(親子):昭和な。
実はこれら全て、家財整理の業者が引き取り、捨てられる運命にあったもの。つい最近まで、誰かが使っていたものなのだ。
主催者 磯野竜也さん:『触れるのがいい』とか、そういうお声は聞いてます。すごい喜んでくれてるみたいで、めっちゃありがたいです。
「トキのコトヅテ」と名づけられたこの展示。2022年から始まり、介護施設やイベント会場を転々として、多くの人を笑顔にしている。
この展示の仕掛け人の思いと、秘めたる“戦略”とは?
■処分されるはずの家具・家電を生かす取り組み

堺市で家財整理業を営む磯野竜也さん(37歳)。介護施設に入居し、自宅を引き払う人を中心に依頼を受けている。
この日、依頼があったのは、堺市内の2DKのアパート。依頼主は、姉が介護施設に入居するというご夫婦だ。
依頼者 成國(なりくに)兼喜さん:全部持っていけないんで。施設小さいんです。単なる運送だけじゃなくて後の片付けもできる会社を紹介してほしいということで、紹介していただいたんですよ。
この部屋に住んでいた成國サヨ子さん(78)。15年間この部屋で暮らしていたが、けがをして入院中で、そのまま施設に入居するため、ここにはもう戻ってこない。
次々と片付け作業を進めていくと、部屋からは、昔からとても大事にものを使ってきたという成國さんの暮らしぶりが垣間見えてきた。

Buddy株式会社 磯野竜也さん:あの緑のカラーボックスもいいですね、むちゃくちゃ。この掃除機。めちゃくちゃレトロな、今もうないような。これは見た瞬間に『あっ!』となりました。
とても古そうな掃除機も、いまだに現役だったようだ。そして、年代物のアイロン…。
Buddy株式会社 磯野竜也さん:もう処分していたものが、『これ、出た』とか、『これ使えるな』みたいな目線になったんで、置いておくものがかなり増えましたね。
こうした、今ではなかなか手に入らない懐かしいアイテムの数々が、磯野さんにとっては宝なのだ。
仕分けをする時にも、思わず笑みが…。
この日、回収したのは、2トントラック2台分だった。
■介護施設に入る人たちに“楽しみ”を

お客さんから引き取った品々は、堺市内の倉庫に運ばれる。
古いものは売り物にならず、通常は捨てられてしまうが、この倉庫の一角には、そうした捨てられるはずのものが、所狭しと積み上げられている。
Buddy株式会社 磯野竜也さん:上がごみ箱と、テレビとストーブ。
これらは全部、引き取ったもの。つまり、最近まで持ち主の生活の一部だったのだ。

Buddy株式会社 磯野竜也さん:お客様の対象の年齢が団塊世代の方。その世代の方って物を大切にしはるので、生きた時代のものがそのまま残っていることが多々あるんですね。例えばこういう花柄のワゴンがあったりして、普通に今見てもかわいいじゃないですか。これを僕たちは、最初は普通に処分していたんですけど、やっているうちにちょっともったいないなと思ってきて。
活躍の場を失った家具や家電を、再び輝かせられないか…。そう考えていた時に、思い浮かんだのは、住み慣れた家を離れ、施設に入る持ち主たちのことだった。

Buddy株式会社 磯野竜也さん:介護施設に入る人を何千人も見てきているんですけど、共通しているのが、喜んで施設に入る人を、僕はいまだかつて一人も見たことがなくて。完全に不安を取ることはできないと思うんですけど、何か楽しみ一つ増やしてあげることは多分できるかなと。
こうして2022年から始めたのが、「トキのコトヅテ」。介護施設の駐車場に立てたテントの中に懐かしい生活空間を再現すると、入所者たちは思い出話に花が咲き、笑顔が生まれた。
■ビジネスの戦略としても成功

好評だったことから、その後も市内各地で開催。しかし、単なる慈善事業としてではなく、確かな戦略も描いていた。
Buddy株式会社 磯野竜也さん:会社として利益をどうしても出していかなければならないので、僕が思っていたのはこの『トキのコトヅテ』を広告にして、いろんな介護施設とか、いろんな場所で展開させていただいて、そこに来ていただく方とどんどんつながりを持たせてもらいながら、家財整理のお仕事の紹介をいただくというのにつながれば一番いいかなと。
結果は大成功。PR効果は抜群で、この年、過去最高の利益を更新した。
「トキのコトヅテ」は今も続いている。
5月4日。倉庫から選び抜いた、懐かしのアイテムを会場に運び込んでいた。
作り上げる空間は毎回新たな工夫を凝らしているという。しかも…。
Q.設計図とかはあるんですか?
Buddy株式会社 磯野竜也さん:ないです。その場で雰囲気見て。
磯野さんの頭の中にあるイメージに従って、大きな家財道具などを運ぶ若手社員たち。
一方で、仕上げともいえる小物を並べていく作業は、磯野さんがこだわり抜いて、生活の息吹を吹き込んでいく。

そして翌日、5月5日のイベント当日。
この日の展示のコンセプトは、1980年代の一般家庭。
レトロなデザインがかわいい鍋などが置かれたキッチン。そしてリビングには、応接セット、大きなブラウン管テレビも。

さらには、今にも誰かが帰ってきそうな子ども部屋もある。

来場客:すごい思い出がよみがえってきて、おじいちゃんたちを連れてきてあげたい気持ちになりました。
来場客:ただただ懐かしい。
来場客:よくこんなの残してはるな。

Buddy株式会社 磯野竜也さん:もともと介護施設とかでやっていたんですけど、それが広がって。
来場客:認知症の方とかいいですもんね。私リハビリ職員なんで、すごい効果が分かります。
一度は役目を終えた家具や家電が、再びよみがえった。
Buddy株式会社 磯野竜也さん:いや、楽しいですね。うれしいですね。こうやって若い子がいっぱい遊んでくれたりして。一応ここに並んでいる家具・家電は、機能としての役目は終えているんですけど、“物語としての再起動”といいますか、今こうやって形になってみんなに喜んでもらって、『また活躍してますよ』ということを伝えたいですね。
そこにある“物”を通じて、過去からのメッセージが届けられる「トキのコトヅテ」。思い出のバトンは、これからもつながっていく。
(関西テレビ「newsランナー」5月22日放送)