刑務所や少年院に入っている加害者は、本当に罪と向き合っているのか。
被害者の思いを手紙ではなく、刑務官が直接伝え、反応を知ることができる“制度”が始まった。
被害者にとって、加害者と向き合う新たな取り組みだが、課題も残されている。
■償いの唯一の手段「損害賠償」は10年で時効

2023年11月に行われた、「神戸市犯罪被害者週間講演会」。そこで語られたのは…。
釜谷美佳さん:頭の下に敷かれたシートは血で染まっていました。脳の8割がダメージを受けている。意識が回復する見込みはないと言われました。

14年前の衝撃は、今も鮮明に覚えている。釜谷美佳さんは、2010年に長男・圭祐さん(当時19歳)の命を奪われた。
そして、その償いである賠償金は支払われないまま、なかったことになりかけている。
釜谷美佳さん:世間の皆さんには、報道された賠償金が被害者に支払われていると思われているようですが、ほとんどの被害者が支払われず、“泣き寝入り”をしていることを、もっと知ってほしいです。
事件は凄惨なものだった。判決によると、圭祐さんはおよそ2時間もの間、頭や顔を殴られ続けた。
主犯格の男(35歳)は、傷害致死の罪で懲役14年の刑が確定し、服役中だ。
刑事裁判で、釜谷さんたち遺族は証言台に立ち、思いを直接ぶつけたが、謝罪や反省の態度は感じられなかった。
釜谷美佳さん:(答えは)なかったですよね。すごい淡々としてた気がします。声が小さかったから何を言ってるのかよく分からなかった。何もなかったと思います。
裁判で認められた損害賠償はおよそ9000万円。
息子の命に値段はつけられないものの、法律上、罪を償わせる唯一の手段。しかし、全く支払いがないまま10年過ぎると時効が成立し、何の意味もなくなってしまう。

償う意思を問うため、弁護士を通じて支払いを求めても、返ってきたのは「出所したら支払う」という手紙。
しかしこれでは、何を「支払う」のかはっきりせず、高額な費用をかけて再び裁判を起こさざるを得なかった。
釜谷美佳さん:『再提訴になります』とか、『時効が来ます』とか事前に(弁護士に)連絡はしてもらってたんですけど。どのように彼に伝わっているのかが全然分からないし、刑務官からも何もないし。一方通行ですよね。
半年に一度、加害者である男の刑務所での態度を知らせる通知からは、反省していると思えない様子がうかがえたという。
釜谷美佳さん:(刑務所で)ちゃんとしてたら短い刑期で出てこられるから。いるじゃないですか、早く出たいから真面目にやる(受刑者)。でもあの子(加害者)は良くない態度で過ごしているわけで。それって、どういうつもりでやっているのか。
■被害者の意見や質問を伝える新制度が開始

そんな中、服役中の加害者に、被害者の今の意見を伝えたり、質問したりできる制度が新たに始まった。
それは「心情等伝達制度」。
刑務所で受刑者の指導などを担当する刑務官が被害者や遺族と対面して聞き取り、加害者にも直接口頭で伝え、その時の反応や答えなどを書面にして返すという制度だ。
大阪矯正管区 成人矯正 第二課 江尻 優課長:被害者等の方々の心情等に直接、受刑者・少年が向き合うことで、改善更生に向けた取り組みが充実することが期待されて、この制度が始まっています。
加害者の更生のための制度だが、釜谷さんは加害者が刑期を終えて出所するのを控え、いちるの望みを託すことにした。

釜谷美佳さん:今までどうやって刑務所の中でやってきたのか、圭祐に対してどんな気持ちでいるのか、出てきてからのこととかも聞きたいし。

今年3月、神戸市。
播磨社会復帰促進センター 被害者担当刑務官:加害者に『被害者から目をそらすな』と。『見続けろ、逃げるな』と。
この日、釜谷さんも参加する「犯罪被害者の会」が招いたのは、加古川市にある刑務所の刑務官。
新たな制度で鍵となるのは、被害者の思いを受け止め、加害者と対峙する刑務官だからだ。
釜谷美佳さん:(加害者が)質問に答えられなかったり、答えない場合は、それ以上は追及しない、できない感じでしたよね。刑務官の方が…2回目があるか分かりませんけど、次は答えられるように関わってもらうことはやってもらえるんでしょうか。

播磨社会復帰促進センター 被害者担当刑務官:もちろんやらせていただきます。1回目(の伝達)で被害者の方、申し出された方が思ったような反応が返ってこなかったということはあり得るとは思うのですが、その後、加害者に矯正指導、矯正教育を行っていって、被害者の方としっかりと向き合っていける心構え、向き合っていける気持ち、真の意味での更生に向けて、われわれ刑務官、処遇を行ってまいります。
とはいえ、刑務官自身もこの制度によって、初めて被害者に向き合うことになったのだ。
播磨社会復帰促進センター 被害者担当刑務官:はっきり申し上げます。われわれ、矯正、これまで被害者の方には目を向けていません。加害者ばかり見ていました。この制度が始まって、初めてようやく被害者の方に目を向ける形をとることができました。初めて被害者の方々に目を向け始めたばかりのわれわれ刑務官、経験ありません。知識もありません。理解もまだまだ低いです。そういった中でも、われわれにできることを考えて、少しでも被害者の方、ご遺族の方々に寄り添って、この制度をより良いものにしていければと考えています。
■「今までの態度を後悔している」しかし損害賠償については…

4月4日、釜谷さんはこの制度を利用し、加害者を担当する刑務官に自分の意見を伝えた。
事件を起こしたことを後悔しているのか。謝罪の気持ちはあるのか。
損害賠償の時効を阻止するため、再び裁判を起こしたことをどう思っているのか。およそ2時間かけて内容がまとめられた。
釜谷美佳さん:(意見を)読んでいくうちに気持ちが高ぶってきて、結構ずっと泣いてしまっていたかなって。思い出すじゃないですか、事件のことを。どうしても思い出すと感情が込み上げるというか。刑務官の方も2度目って言っていたので…『本当に手探りで』っておっしゃっていたので。
加害者から、中身のある答えは返ってくるのか…。不安に思いながらも、その時を待った。
聞き取りからおよそ3週間後、釜谷さんの元に回答が送られてきた。

釜谷美佳さん:(刑期の)初めの頃は、『なぜ自分だけがこんなに長く服役しないといけないのか』っていう思いはあったみたいなんですけど。今はそういった『今までの態度を後悔している。刑務所の中での態度も含めて後悔はある』って。途中で涙ぐんでいたっていうのは聞きました。こういう機会があって私は良かったと思っているので、前向きに捉えようと思う。
刑務所での態度を含め、事件について後悔していることは分かった一方で、損害賠償についてどう考えているのかは分からないまま。
刑務官がどこまで伝えてくれたのかも分からない。
釜谷美佳さん:こういった制度ができたのであれば、大事な手紙だったり、書類は、いったん刑務官が目を通すことができるのかは分かりませんけど、判断して、加害者に『大事な内容やから』って、『こうこう、こうなんだよ』って説明ができるようになればいいですよね、ってことは(刑務官に)言ってみました。
それでも釜谷さんはもう一度、加害者に思いを伝えるつもりだという。
なぜ損害賠償の支払いを求めているのか。それこそが“償い”だと、理解してほしいからだ。
釜谷美佳さん:お金が欲しいとか金額の問題じゃなくて、それしか(償う)方法はないでしょうって。命で償えるものでもないわけで。一生きちんと向き合っていくのはその方法しかないからねって。私たちはちゃんと見届けるからねって。
加害者が刑期を終えるまで、あとわずか。償いの意味を理解する日は訪れるのだろうか。
そしてこの制度によって、さらに被害者が傷つくことのないよう、配慮をもって運用されることが望まれる。
(関西テレビ「newsランナー」2024年5月21日放送)