歯が生えてくる薬があればいいのに…と考えたことはないだろうか。何らかの理由で抜歯した人がいれば、元々歯の本数が少ない人もいるかもしれない。
筆者は生まれつき上下左右1本ずつ、計4本の永久歯が欠如していて、20代でいまだに乳歯が3本ある状態で生活している。乳歯が残っていることによる虫歯のリスクや、抜けた後に想定されるブリッジ・インプラントや矯正など隙間を埋めるための治療法を聞くたび、ずっと頭を悩ませていた。
そんな筆者にとって、北野病院(大阪市)などのチームが進めている研究がとても興味深い。生まれつき歯が欠如している「先天性無歯症」に対する歯の再生治療薬(歯生え薬)の治験を9月から京都大学医学部附属病院で開始するというのだ。
歯の再生をめざす治療薬の開発は世界初の試みのようだが、一体どのようなものだろうか。
歯の芽に作用し再生へ
北野病院の高橋克・歯科口腔外科主任部長によると、先天性無歯症全体では発症率が全人口の1%と言われているため、日本には患者が120万人いると推計している。
幼少期から歯が欠如しているとオーラルフレイル(歯・口腔の虚弱)となり、成長期の長期にわたり生活に支障をきたすという。
今回治験を進める“歯生え薬”とは、永久歯や第3生歯などの歯の芽(歯の原器)に作用し、歯を再生することができるものだという。
実現すれば先天性無歯症で悩む人にとっての救いとなりそうだが、虫歯治療への応用も可能なのか気になる。高橋歯科口腔外科主任部長にくわしく聞いた。
通常の歯の発生過程で
――臨床試験ではどのようなことを調べるの?
今回プレスリリースしたPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)との合意を得た第一相臨床試験においては、ヒトにおける安全性、忍容性、薬物動態を検討します。
今回の治験においては小児を対象とするため、成長期の顎骨への損傷をさけるため、点滴静脈内投与予定です。
――ヒトは「歯生え薬」を投与してどのくらいの期間で歯が生えてきそうなの?
マウスにおいては生後4週間ほどで歯の萌出(生えること)が確認されます。ヒトにおいては、通常の歯の発生過程をたどりますので、投与時期によりますが、数年かかると想定しています。
――大人と子どもでは効果が違うの?
発生段階にある歯の芽に作用して効果を発揮します。歯はそれぞれ異なる時期に発生することが知られています。そのため、大人と子供では効果が異なることが想定されます。
後天的な原因で欠損した歯も応用可能?
――なぜ歯の再生をめざす治療薬の開発を進めているの?
私自身が歯科医師であり、歯の再生治療薬開発は、歯科医師としての夢でした。
30年程前の大学院生、留学時代に分子生物学、歯の発生学を学び、歯の器官としての特徴(1.歯の数の増減は高率に起こる。2.歯は生え変わる。3.歯の増減する原因遺伝子はマウスとヒトと共通)から、理論的に分子を基盤として歯の数を制御できると考えられたためです。
――将来的には、虫歯などの治療にも有効になる?
原理的には、第3生歯の歯の芽に作用させて第3生歯を作ることは可能と考えています。う蝕(虫歯)や歯周病等の後天的な原因で欠損した歯に対しての応用も目指しています。
なお歯生え薬の治療費については、これからの研究開発費によるため決まっていないとのことだが、歯科インプラント3本分くらいを想定しているという。
もちろん今ある歯を大事にすることはこれからも意識していく必要がある。一方で、後天的な原因で欠損した歯に対しての応用も目指すとのことで、これからの研究にも期待したい。