「市場の失敗」分野
貧困、児童虐待、LGBTや外国人差別、地方の過疎化、空き家、介護難民や待機児童…。
大きな社会問題とされているにも拘わらず、解決のスピードが上がらないのはなぜか?
こうした問題は年々複雑化し、これまでの行政の組織で対応するのが難しい。かといって民間が取り組むには、ビジネスとして収益性が見込めない。
つまり、官民ともに二の足を踏む「市場の失敗」分野なのだ。
しかし、社会の課題に果敢に挑戦する若者たちがいる。ソーシャルチェンジメーカーと呼ばれる、若き社会起業家たちだ。
彼らを育成し、世に送り出すNPO法人ETIC.(以下エティック)のプロジェクト「SUSANOO(以下スサノオ)」を取材した。

「今の資本主義と連動する、新しい仕組みを作りたい。そういう世界観で動いている人を束にするスタートアップ支援を、ソーシャル版で出来ないかと」
スサノオをプロデュースする渡邉賢太郎さんは、このプロジェクトを始めた背景を語った。
スサノオは、より良い社会の実現を目指す起業家の育成プロジェクトとして、2014年に活動を開始した。
これまで、教育、医療、福祉、防災や地方創生など、さまざまな分野で事業のスタートアップを支援しており、立ち上げられた企業や団体の数は既に83に上る。
スサノオが行う起業家育成のプログラムはこうだ。
まず、社会の課題を解決する志と事業のビジョンをもった若者を、1年に1、2回公募する。
その中から選ばれた十数組は、ブートキャンプとよばれる4か月の教育・訓練に参加。ビジョンを事業として成立させるべく、仮説と検証を徹底的に行う。
どんなに高い志を持っていても、事業が持続可能でなければ意味がない。そのためには安定的に収益を上げ続けることが必要だ。
キャンプでは、提供する商品やサービスのポジショニングを確立し、顧客ターゲットを明確にし、オペレーションの効率化を学ぶ。
そのため、様々な職種の事業家や、起業家同士によるメンタリングが行われる。
最終日の「デモデイ」では、起業家による事業のプレゼンイベントが実施され、ベンチャーキャピタルや大企業幹部など参加者の中から、この事業に賛同するパートナーを発掘して、事業の実現に向けていよいよ踏み出す。

「社会全体を変えたい」
「未来の医療のあたりまえを一緒につくりましょう」
今月行われたスサノオ5期の「デモデイ」~「SUSANOO FES CxC 2017」では、鍼灸マッサージ師である伊藤由希子さんのプレゼンが行われた。
伊藤さんは鍼灸マッサージ師として活躍する傍ら、事業パートナーの白石哲也さんとともに、若手鍼灸師を集めた「次世代はりきゅうレボリューションズ(以下はりレボ)」という団体を主宰している。

はりレボは、鍼灸が日本を健康大国にするために必要な選択肢であると、ワークショップなどを通じて普及活動を行っている。
厚労省の調べでは、治療のため通院する人のうち、病院や医院などの利用率は約7割なのに対して、鍼灸は6%程度と10分の1だ。
鍼灸は「高齢者のもの」「痛い」「熱い」というイメージがあり、普及を妨げる理由ともなっている。
白石さんはスサノオに参加した理由を、「鍼灸業界を変えたいと介護との連携をやっていて、これからは医療との連携もやりたいと考えていました」と語る。
「西洋医学では完治できない病気であっても、鍼灸であれば『付き合っていく』ことができる」
こう考えるはりレボが、鍼灸を知ってほしいのは妊婦だ。
「一番届く相手は誰だろうと考えていて、妊婦さんが薬を飲めないので困っていたのを思い出しました。妊婦さんに実際に使ってもらうと、『足のむくみが改善した』など好評でした」(伊藤さん)
妊婦の8割は、めまいや鬱など自律神経やホルモンバランスの不調に悩んでいるという。
「副作用がないと聞いている。手軽にやれるものがあれば利用してみたい」という声を聞いて、はりレボでは自宅でセルフケアできる携帯型の「アクティブ鍼灸」を開発中だ。
「2025年までに利用者10万人、妊婦さんの1割を目指します」(伊藤さん)。
はりレボではさらに、人生100年時代を迎える中で、「病気を『治す』から、鍼灸で病気とうまく『付き合う』に、社会全体を変えたい」という。
なぜ若者はソーシャルビジネスを目指す?
社会起業は決して収益性の高いビジネスではない。
しかし、なぜ若者はソーシャルビジネスを目指すのか?
エティックの渡邉さんはこう言う。
「社会起業家を目指す人には、いろいろなタイプがあります。自身の原体験、たとえばご家族や自身が、こうした課題に突き当たったとか。しかし東日本大震災以降の変化として、原体験が無い人も、お金を稼ぐ生き方以外の生き方を意識的に選び始め、ソーシャルビジネスに参画するようになりました」
社会起業家は、社会に対する貢献度という尺度で事業を行う。官と民の間で立ち往生する社会課題を解決する。
ソーシャルビジネスを目指す若者が増えることは、日本の未来にとって大きな希望だ。
