「老いることが嫌だと思っていました。でも人生がその人をかわいくさせるのかと思ったら怖さはうすれました」(20代女性)。

高齢者になった自分を考えたことがありますか?そのときに大切にしたい価値観は何ですか?そんなことを問われるイベントが都内で6月30日まで開かれている。

ダイアログ・ウィズ・タイムは都内港区で開催されている
ダイアログ・ウィズ・タイムは都内港区で開催されている
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「未来に会う」ソーシャルエンターテイメント

都内港区で開催されている体験型エンターテイメント「ダイアログ・ウィズ・タイム」。70代以上の高齢者がアテンド(案内人)となって、老いを体感する様々なアクティビティを体験する。そしてアテンドと参加者が人生経験を共有し世代を超えて対話することで、年齢を重ねることの意味や価値を考えるイベントだ。

志村さん(右)とアテンドのふきさん
志村さん(右)とアテンドのふきさん

「ダイアログ・ウィズ・タイム」を主宰するのは、これまでソーシャルエンターテイメントという新たな分野を開拓してきた一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(以下ダイアローグ)。理事の志村真介さんはこのイベントのテーマ「未来に会いに行こう。」についてこう語る。

「子どもたちはおじいちゃん、おばあちゃんは初めからおじいちゃん、おばあちゃんだと思っています。でも彼らに子どもの時があって今があるという話を聞くと、自分たちもそうなるんだと初めて気づきます。今活躍している成人の方も同様です。アテンドと会うことで人生にプロセスがあり、未来がイメージできれば今日をどう大切に生きるか考えるんですね」

参加者は高齢者の世界を身体で実感する

筆者もこのイベントを体験してみた。
70代以上のアテンドたちの写真が並ぶエントランスを抜けて小部屋に入ると、正面を向いた子どもの映像が待っている。その子どもはやがて老人へと変わっていき、参加者がいのちの変化を感じることからイベントはスタートする。

子どもの映像はやがて…  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
子どもの映像はやがて…  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

そして「時の小路」と呼ばれる次の部屋には「あなたは高齢になることを恐れている?」「人は何歳になっても成長できると思う?」といった年齢を重ねることへの問いのボードが並べられ、参加者はその答えを胸にしまって次の部屋に向かう。

部屋では当日、アテンドのふきさんが迎えてくれた。
ふきさんは1936年生まれの87歳でアテンドの中で最年長。この部屋はあたたかな黄色に照らされ視界がぼんやりするが、ふきさんは「白内障になるとこう見えるんです」という。さらに手足に着ける重りや、視野が狭くなるゴーグル、聞こえづらいイヤーマフを着用して歩くことで、参加者は高齢者の世界を実感する。

「家族にもあまり話したことがないんですよ」

次の部屋はアテンドのライフストーリーを聞き、参加者も自身の過去や未来について対話する場だ。ふきさんは幼少期に終戦を北京で迎え、命からがら家族と日本に戻ってきた。船上から見えた佐賀の陸地には桜が咲いていて、いまでもふきさんは桜の季節になると当時のことを思い出すという。「家族にもあまり話したことがないんですよ」とふきさんは笑顔で言う。

ふきさんがライフストーリーを参加者に語る  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
ふきさんがライフストーリーを参加者に語る  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

筆者の母もふきさんとほぼ同年代で、戦後樺太から北海道に引き揚げてきた。イベント終了後、志村さんに「なんだか母の話を聞きたくなりました」と伝えると、志村さんは「みんなそうなんです。フィンランドのイベント会場には公衆電話があって、終わると参加者は親に電話するそうですよ」と笑った。

老いに対するイメージがポジティブに変わる

当たり前だが誰もが歳を取り、やがて老いを迎えるが、イベント開始前の参加者の老いに対するイメージはポジティブ・ネガティブが半々だという。しかし参加後は「未来が楽しみになった」(50代女性)、「まだ先だと思っていたことが身近に感じられた」(中1女子)、「人生の大先輩と一緒に何かをやる機会があまりなかったので新鮮な体験だった。前を向いて生きていこうと思った」(30代男性)とポジティブな声が多く聞かれた。

老いを体感しポジティブにとらえる  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
老いを体感しポジティブにとらえる  写真提供:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

2025年に日本は団塊の世代が75歳以上になるなど、世界で最も超高齢社会だ。高齢化に伴う財政負担を背負う次の世代の中には、「逃げ切り世代」と呼ばれる高齢者へ反感もあり世代間の断絶は深刻化を増している。志村さんは「実はこのイベントのタイトルはもともとダイアログウィズジェネレーション(世代間の対話)だったのです」という。

世代間の相互理解と合理的配慮が進んでいく

「昔だと三世代で1つの家に住んでいましたが、現代では違う世代が一緒にできることはほとんどなくなりました。このイベントはバラバラだった世代をつないでいこうという世代間の相互理解、そして合理的配慮が進んでいくソーシャルエンターテイメントです」(志村さん)

「歳を重ねる」を理解することで希望に変わる
「歳を重ねる」を理解することで希望に変わる

最後にふきさんに参加者にどんなことを望んでいるのか聞いてみた。

「私自身が歳を取ったと気が付いた時は、もうすでにその世界に入った段階でした。難しいのかなとは思いますけど、こういう機会を経験して少しでも歳を重ねるということをわかってもらえればいいのかなと思います」

未来に会いに行って、自分の生き方と対話する。そうすれば歳を重ねることは希望に変わるのだ。
(執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。