ロシアを再び大規模なテロが襲った。モスクワ郊外クラスノゴルスクにあるコンサートホールに22日夜、迷彩服を着用した男たちが押し入り、現場にいた観客らに向けて自動小銃を乱射した。コンサートホールには6000人あまりがいて、銃乱射時は逃げ惑う観客らで大パニックとなり、悲惨なことにこれまで137人が犠牲となった。

「イスラム国」が公開した“襲撃映像”
「イスラム国」が公開した“襲撃映像”
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大統領選直後のクレムリンにも大きな衝撃が走り、プーチン大統領は卑劣なテロを非難。テロに関与した全員を処罰すると強調した。また、プーチン大統領は実行犯たちがウクライナに逃げようとし、同国側に渡るために窓口が用意されていたと主張した。

プーチン大統領の“責任転嫁”にウクライナも反発した
プーチン大統領の“責任転嫁”にウクライナも反発した

これは責任転嫁以外のなにものでもなく、ウクライナ侵攻を正当化するため新たな口実を作ろうとする狙いが見え隠れする。そのようなテロを行うメリットはウクライナ側には全くない。

「イスラム国ホラサン州」が関与か

現在のところ、このテロ事件ではイスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」が犯行声明を出し、多くのメディアではアフガニスタンを拠点とする「イスラム国ホラサン州」がテロに関与したことが報じられている。

現時点で明らかになっていない点も多いので、確証的なことを筆者が言える段階ではないが、仮にイスラム国ホラサン州(ISKP)の犯行だったとしても、筆者にはそれほど大きな驚きはない。ISKPは長年ロシアを敵視し、近年はその対外的攻撃性が顕著にみられるからだ。

「イスラム国」が公開した“襲撃映像”
「イスラム国」が公開した“襲撃映像”

今日、2014年〜2016年ごろにシリア・イラクで広大な領域を実効支配してきた「イスラム国」に以前のような勢いや規模はない。しかし、依然として5000人から7000人あまりのメンバーが存在するとも指摘されている。

「イスラム国シナイ州」、ナイジェリア北東部などを拠点とする「イスラム国西アフリカ州」、コンゴ民主共和国東部で活動する「イスラム国中央アフリカ州」、モザンビーク北部で活動する「イスラム国モザンビーク州」、サハラ地域を束ねる「イスラム国サハラ州」、アフガニスタンを拠点とする「イスラム国ホラサン州」など、各組織はそれぞれ別々に活動しているが、グローバルなネットワークというものは今でも残っている。

ロシアや中国、アメリカにも敵意示す

そして、その中でも近年は「イスラム国」本体よりも、地域支部であるイスラム国ホラサン州・ISKPの対外的攻撃性に専門家の間では懸念が広がっていた。ISKPは2015年1月にアフガニスタンで台頭して以降、同国のシーア派勢力・ハザラ族などを狙った卑劣なテロを繰り返してきたが、2021年8月にアフガニスタンで再び実権を握ったタリバンがISKPへの締め付けを強化し、同勢力によるテロ事件は減少していった。

死亡したイスラム国指導者バグダディ容疑者とみられる画像
死亡したイスラム国指導者バグダディ容疑者とみられる画像

しかし、その分、ISKPは国際的なテロ活動を強化している。ISKPが発信するオンラインコンテンツも、アラビア語や英語、タジキスタン語、ウズベキスタン語、パシュトゥン語、ウルドゥー語などに翻訳され、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、イラン、インドなどの周辺諸国だけでなく、米国や中国、ロシアなどへの敵意が示されている。

また、ISKPはアフガニスタン国内でも外国権益を狙ったテロを繰り返している。同国の首都カブールで2022年12月、多くの中国人が利用するホテルを狙った襲撃事件が発生し、中国人5人が負傷し、ISKPは犯行声明の中で中国人を標的としたと言及した。

タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(2022年12月6日)
タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(2022年12月6日)

ISKPは2022年9月にもカブールにあるロシア大使館を標的としたテロ事件を起こし、ロシア人大使館職員2人が犠牲となった。その他にも、ISKPはパキスタン国内でのテロ活動以外にも、近年は国境を接するウズベキスタンやタジキスタン領内へロケット弾を打ち込むなどしている。

2022年から2023 年にかけては、イランやインド、ドイツやトルコ、モルディブやカタールなどでISKPによるテロ未遂事件が報告され、2020年以降、米国や英国、インドやトルコなどではISKPのメンバーや支持者たちが資金調達やリクルート活動に従事したなどとして逮捕されるケースが続いている。

テヘラン市内に掲げられたソレイマニ司令官のポスター
テヘラン市内に掲げられたソレイマニ司令官のポスター

そして、2024年に入ってからは1月3日、イラン南東部ケルマンでイスラム革命防衛隊の司令官だったカセム・ソレイマニ氏の墓の近くで2回の爆発があり、少なくとも100人以上、200人以上が負傷した。爆発当時、ソレイマニ元司令官の追悼集会に参加するため大勢の人々が集まっていたが、このテロ事件でもISKPの関与を米国は指摘している。実行犯の1人がタジキスタン国籍だったというが、今回のロシアにおけるテロ事件でもタジキスタン国籍者が含まれ、近年ドイツではISKP絡みのテロ関連捜査でタジキスタン人の逮捕者が多く報告されている。

ロシア以外の国もテロの脅威が

今回の事件では、なぜロシアが狙われたかに多くのメディアが集中しているが、ISKPにとってロシアが敵であることは間違いないものの、我々はもっと広い視野でこの問題を捉える必要がある。過去のケースからも分かるように、ISKPの国際化は何もロシアだけで深刻化しているわけではなく、他の国々にも同様の脅威があると認識するべきだろう。

「イスラム国」が公開した“襲撃”映像
「イスラム国」が公開した“襲撃”映像

2010年代半ば、国際社会はイスラム国のテロの猛威に直面したが、ISKPがそのようになることはない。しかし、米中対立やウクライナ侵攻など世界の目が国家間問題に集まる中、各国は対テロという視点では協力しなければならない。1月のイランでのテロ、そして今回のロシアのテロにおいて、米国は事前に双方に注意喚起をしていたという。テロで犠牲になる多くは罪のない市民であり、国家間対立の時代の中でもこの問題では国際協調が必要である。

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415