「台湾独立反対の勢力を強化し、祖国の平和統一プロセスを共同で推進しよう」。

今回の全人代の期間中、台湾統一に向けて強い決意を改めて示した中国の習近平国家主席。その中国がいま力を入れるのは、台湾の若者を呼び込むための“破格の優遇政策”だ。一方、中国漁船の転覆事故をきっかけに圧力を強めムチも振るう。

中国に一番近い台湾の金門島と、その対岸わずか2キロの中国アモイ市を取材した。見えてきたのは、予想と違った緊張感の薄い島の状況や、中国から恩恵を受ける台湾青年たちの複雑な心境だ。

意外にも緊張感のない台湾の金門島

「20年前は何にも無かったけど、ビルがどんどん開発された。昔はこっちの方が発展していたけど」。案内してくれた女性ドライバーが指差す海の向こうには、はっきりと肉眼で中国アモイ市の高層ビル群が見えた。

台湾の金門島から見た中国アモイ市のビル群
台湾の金門島から見た中国アモイ市のビル群
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ここは台湾が実効支配する金門島。台湾本島から約200キロ離れているが、中国アモイ市には最短で2キロの距離だ。2月14日金門島の沿岸部で、台湾当局の取り締まりから逃走した中国漁船が転覆、2人が死亡した。

中国政府はこのトラブルに乗じて、台湾当局の対応を相次いで批判。さらに、台湾の観光船に対し、中国海警局が異例の乗船検査も行い、緊張が走った。
同業者で観光船を運営する男性(36)は「こういう事態は起きてほしくなかった。みんなパニックになり、予約が減る可能性がある」と、危機感を募らせた。

転覆した中国漁船(台湾海巡署提供)
転覆した中国漁船(台湾海巡署提供)

しかし、意外にも不安の声は、金門島では少なかった。背景には、中国大陸との地理的な近さが関係している。金門島には、先祖が中国大陸から来た人も多く、今も大陸側との交流は盛んだ。船に乗れば30分で中国に行ける。さらに、中国の不動産投資で財産を築き、中国経済の恩恵を受けた人も多い。そのため、対中感情は良いと言える。

金門島の台湾当局関係者によれば、「今回の件で、中台間が緊張したと思うのは1~2割くらい。残る人はほとんど緊張したと思っていない」。島では緊張感が高まっているのではと思ったが、意外にもそんなことはなく、ゆったりとした空気が流れ、正直拍子抜けした。

戻らない中国人観光客 中国進出を狙う人も

かつて中国の観光客で賑わった金門島のメイン通りは、観光客はおろか、道行く人もほとんどいなかった。中国のゼロコロナ政策が去年1月に解除されたが、大陸からの観光目的の渡航は今も制限されたまま。金門島の特産品を扱う女性は「1日の売り上げは激減した」という。

金門島のお土産店が並ぶ通り
金門島のお土産店が並ぶ通り

コロナ後の中国人消費に期待したが、その見通しが立たないならばと、逆に中国進出を狙う若者たちに出会った。匂いをかぐだけで強いアルコールを感じさせる金門島の特産品「高粱酒」。アルコール度数は58度だ。この高粱酒を使い開発したコーヒーと、パイナップルケーキで大陸への進出を狙うのは、袁増嘉さん(31)と陳育廷(40) さん。進出を考える中で魅力に感じているのが「中国の優遇政策」だ。

金門島から中国へ進出を狙う2人
金門島から中国へ進出を狙う2人

中国政府は、18歳から45歳の台湾の青年を対象に、企業資金、事務所の補助金、さらに住宅の補助など、3年間で合計500万円以上にものぼる手厚い支援策を用意している。2人にとって、起業の初期投資を抑えられ、3年間も補助が出るのであればうまみは多い。

だが、中国が台湾海峡で圧力を強めていることは進出に影響しないのか。「中台の当局同士は緊張しているかもしれないが、一般人とビジネスには関係ない」。台湾の人にとって、利用できるものは利用するということなのだろう。もし中国で成功すれば、中国が推し進める「一帯一路」で「さらに販路拡大したい」と、2人の目標は大きい。

破格のオファーで年収は2倍・・・台湾青年の本音は

「台湾の経済は停滞しているから、中国にきて生活は豊かになりました」。こう話すのは、台湾本島出身の葉宗詰さん(32)。2年前、中国アモイ市で起業し、台湾で有名な“夜市”を再現したイベントを主催する。

縁もゆかりもない中国で起業した葉さん
縁もゆかりもない中国で起業した葉さん

中国から起業資金200万円以上を受けとり、現在も事務所(約6万円)や自宅(約4万円)の費用は実質無料だ。台湾の生活と比べ、年収は倍の600万円に増えた。さらに、中国の身分証も作成できるようになり、中国人と同じように鉄道やホテルのほか、SNSの利用などができ、格段に生活しやすくなったという。もともと中国とゆかりはなかったが、「中国の方がチャンスは多い」と、屈託のない笑顔からは充実した生活を感じさせる。

海沿いに近代的なビルが建ち並ぶアモイ市 資料
海沿いに近代的なビルが建ち並ぶアモイ市 資料

中国政府は去年9月、アモイ市を含む福建省を台湾との一体化を図るモデル地区に指定した。それ以降、取材依頼が増えたと話すのは、15年以上中国でビジネスをしてきた台湾出身の林宗龍(40)さんだ。タピオカミルクティー店をアモイ市で起業し大成功。そのノウハウを生かし、今では台湾の若者の起業コンサルタントを行っている。これまで30人以上の台湾人をサポートしてきた。

地元政府からの表彰状を説明する林さん
地元政府からの表彰状を説明する林さん

林さんは、「中国の優遇政策のおかげで安心して暮らせる。これが正直な気持ちです。私たちは一般人であって政治家ではない。本来、両岸(中国と台湾)ともみんな中国人で家族なのです。イデオロギー上の問題もあるけど、ビジネスはそうじゃない」と話す。
平和統一に向けて、中国側にとっても、林さんは台湾との結びつきを象徴する存在だ。ただ取材中に気づいたのは、とても気を使いながら話していたことだ。出てくる言葉は中国寄りの発言も多いが、寄りすぎてもいけないと、何度か言い直す場面もあった。

実は今回、台湾から中国に進出した青年にアポを取ったが20人以上に断られた。理由は「タイミングが微妙」「中台関係は敏感な話題だから」と。台湾の人たちは、「政治とビジネス」は関係ないというが、中国での経験が長くなり、成功するほど、逆に政治を意識せざるを得ないのかもしれない。台湾というアイデンティティを持ちながら、中国の政策を利用することに、割り切れない複雑な心境を見た気がした。

葛西友久
葛西友久

FNN北京支局特派員。東海テレビ報道部で行政、経済、ドキュメンタリー制作、愛知県警キャップ、企画デスクなどを担当。現在はフジテレビ国際取材部からFNN北京支局に赴任。