習近平時代の到来ともいえる歴史的な中国共産党大会を、北京に来て4カ月の私が取材する機会を得た。さらに閉幕式で信じられないことが起きた。胡錦涛前国家主席の退場劇だ。今も波紋が広がり憶測を呼んでいるが、その様子を現場で見た、当時を振り返る。

入場を待つ報道陣(筆者撮影)
入場を待つ報道陣(筆者撮影)
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鳴り響くシャッター音…習主席の隣で起きた異変

会場となった人民大会堂には、入口で厳しい手荷物検査やボディチェックを経てようやく入ることができた。閉幕式では共産党幹部およそ200人が選ばれるが、その様子を取材できるのは国営メディアだけだ。そのため、私たちは党大会の会場に案内されるまで1時間半ほど待機し、ようやく入場が許された。

私とカメラマンは、良い撮影ポジションを確保するため、各国のカメラマンや記者たちと競争し、議場内の記者席めがけてダッシュした。会場に入りまず目に飛び込んできたのは、「中国共産党第二十回全国代表大会」と書かれた真っ赤な横断幕。肉眼で小さく見える習主席も壇上の最前列にいることを確認できた。その時は異常に気付かなかった。

会場に入るまでの一連の動きをスマートフォンの動画で撮影していたので、見返してみると、私たちが議場に入った時刻は午前11時15分ごろ。映像を拡大すると、習氏の隣の胡錦涛氏はまだ座っていた。この時は、良い撮影場所を確保することに必死で、正直、前や習主席らの席を見る余裕がなかった。

議場で撮影準備をする外国メディア(筆者撮影)
議場で撮影準備をする外国メディア(筆者撮影)

急いでカメラマンと三脚や音声機材のセッティングをしていると、突然「カシャ!カシャ!」と周りで連続してシャッター音が鳴り響いた。もう議事が再開されたのかと思い、議場に目をやると、習主席の隣に男性3人が立っていた。何をやっているのかよく分からなかった。

「何か様子が変だ」。そう思い、手に持っていた家庭用のデジタルカメラをすぐ起動した。カメラをズームインする、1…2…3秒と画面がクローズアップされていく。数十メートル離れた先を三脚もつけずに手で持って撮影したため、映像がぶれる。ピントもなかなか合わない。記者席まで走って準備していたせいで、その時の動画には自分の荒い息が収録されていた。

退場を促されているように見える胡錦濤氏(筆者撮影)
退場を促されているように見える胡錦濤氏(筆者撮影)

そして、カメラを通して見えたのは胡錦涛前国家主席、座席の順番から判断ができた。撮影時刻をみると午前11時24分。議場に入ってから8分ほど目を離したうちに、世界に衝撃を与える「退場劇」が始まっていた。

今思えば8分もあったのに、なぜもっと早く気づかなかったのだろうと悔やまれる。というのも、党大会閉幕式の2日後、シンガポールメディアが公開した別の映像では、胡氏が立ち上がる前の詳細な動きが映っていたからだ。

胡氏と隣に座る当時序列3位の栗戦書氏が言葉を交わし、胡氏の書類を引き寄せ、渡さないように手で押さえていた。その後、胡氏は習主席の書類を取ろうとして制される…こうした一連の状況を記録していた。その映像を見たときは、もう少し早く走っていれば…周りの状況をちゃんと見ていれば…と思ってしまった。議場に初めて入った興奮もあり視野が狭くなっていたのだろう。

私が確認したときにはすでに胡氏は、係員に脇を抱えられ立った状態だった。胡氏の資料も係員が持っていた。もう1人の係員は、胡氏に何か声をかけ議場から退席を促しているようにも見えた。「体調不良なのだろうか?」。直感的にそう思った。胡氏は白髪となり、痩せて、目線もおぼつかず、覇気もなく、以前の面影からはだいぶ変わっていた。わがままを言うおじいちゃんを周りがなだめているようにも見えた。だから、体調不良と感じたのかもしれない。

習近平氏に喋りかける胡錦濤氏(筆者撮影)
習近平氏に喋りかける胡錦濤氏(筆者撮影)

「今、習近平氏の隣にいた胡錦濤氏が退席しようとしています」。すぐにリポートを入れたが、焦りと動揺からかそのあと言葉が続かなかった。会場が異様な雰囲気に包まれる中、カメラのシャッター音が鳴り響き、私と同じように戸惑う表情を見せている外国の記者たちも多かった。

李克強氏の肩をたたく胡錦涛氏(筆者撮影)
李克強氏の肩をたたく胡錦涛氏(筆者撮影)

胡氏と関係が深い李克強首相は前を向いたまま。胡氏は習主席に何か一言声をかけると、李首相の左肩をポンとたたき、その場を後にする。スタスタと歩き、足取りはしっかししてるようにも見えた。

退場する胡錦涛氏に目を向ける幹部たち(筆者撮影)
退場する胡錦涛氏に目を向ける幹部たち(筆者撮影)

壇上の後段に座るほとんどの幹部は、胡氏に目を向けていた。その表情から何が起きたのか分かっていないのは記者だけじゃなかったかもしれない。そうして私が気づいてから1分で、胡氏は退場し、習氏の隣は空席となり、間もなくして議事は何事もなかったかのように再開された。

真相は藪の中…中国人記者「みんな騒ぎすぎ」

外国メディアの前で起きた異例の事態。日本や欧米メディアはこの胡氏の退場劇について、大々的に取り上げ、様々な憶測が飛んだ。

胡錦濤氏の退場劇を撮影するメディア(筆者撮影)
胡錦濤氏の退場劇を撮影するメディア(筆者撮影)

一方、中国ではこの件について一切報じられていない。党大会中に出会い、同じ現場にいた中国人記者に中国版LINEで「なぜ退席したかと思う?」と質問すると、「それは分からないよ。でも体調不良だろうから気にすることはない!みんな騒ぎすぎ」と返ってきた。さらに、中国メディアが報じないのはなぜかと聞くと、今度は返信がなかった。

中国国営の新華社通信(英語版)は、中国国内では見ることができないツイッターで「胡錦涛氏は最近、健康の回復に時間がかかっていたにも関わらず、党大会の閉幕式の参加を強く主張した」「体調がすぐれずスタッフが会場の隣の部屋で休ませた」と報じた。

退場する胡錦濤氏 足取りはしっかりしているようにみえた(筆者撮影)
退場する胡錦濤氏 足取りはしっかりしているようにみえた(筆者撮影)

結局のところ真相は分からないが、その場で強く感じたことは、習氏の態度だ。胡氏が習主席は声をかけられてもあしらっているようにも見えた。もし体調が悪いというのであれば、長老への気遣いとしては、あまりに冷たいと感じる瞬間だった。

様々な憶測を呼んだ今回の退場劇は、習主席にとって得をしたことはないだろう。この翌日、新たなチャイナセブンの先頭を笑顔で歩き世界にお披露目した習氏だが、数分間の胡氏の退場劇の方が、世界に衝撃を与えたかもしれない。

新たなチャイナセブン
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【執筆:FNN北京支局 葛西友久】

葛西友久
葛西友久

FNN北京支局特派員。東海テレビ報道部で行政、経済、ドキュメンタリー制作、愛知県警キャップ、企画デスクなどを担当。現在はフジテレビ国際取材部からFNN北京支局に赴任。