中国・新疆ウイグル自治区で死者197人にのぼったウルムチ暴動から7月6日で15年、カシュガル・ヤルカンド県で96人が死亡した襲撃事件から7月28日で10年を迎える。
かつて治安が悪化し、海外メディアの取材も厳しく規制されていた2つの地を6月下旬に訪れた。
経済発展を遂げ、“安全な観光地”として多くの漢族を魅了する一方、今も続く厳しい統制の中で、ウイグル族の本音を探る難しさを感じた。
ウイグルは「テロ対策の主戦場」
ウルムチ市中心部の大バザールは、漢族の観光客でにぎわい、ウイグル族も買い物を楽しんでいた。
広場では、ウイグル族が伝統衣装でダンスを披露していたが、聞こえる歌詞は「我爱你(ウォー・アイ・ニー)」と中国語だ。
初めて足を踏み入れたウルムチ市は、中国のほかの都市と変わらない印象を受けた。
ウイグル族も漢族も「今は民族間の対立はなく、仲良くやっている」と語る。
一方、街のいたるところに監視カメラがあり、武装警察が小銃を手に目を光らせる交差点も見られた。
政治の中心である首都北京の中南海周辺では、こうした光景は当たり前だが、地方都市では珍しい。
中国政府が「テロ対策の主戦場」と位置づけるウイグルならではの光景だ。
中国政府 ウイグル族への政策を正当化 「ウイグルの収入は倍増」とアピール
ウイグル族が人口の90%以上を占めるカシュガルでも、テロ対策は徹底されていた。
市場では、羊肉をさばく刃物に鎖が取りつけられ、持ち出せないようになっていた。テロ対策の一環だ。
中にはQRコードを刻印されたものもあり、当局が所有者を個人管理するためだという。
また、一部のウイグル族の住居の扉には「平安家庭」というステッカーが張られていた。
地元の人によれば、家族からテロや事件に関わった犯罪者が出ていないことを示し、当局から認められれば、配布されるという。
伝統的な住居が並ぶ旧市街では、再開発が進む。
網の目のようになった通りには、いたるところで防犯カメラが設置されていた。
中国政府は、一連のテロ対策に取り組んだ結果、観光業を中心に経済発展を遂げ、「ウイグル住民の所得は倍増した」とアピールする。
広東省から来た漢族の女性は「200メートルごとに警察官が警戒していて、1人旅でもとても安心。観光業が漢族と新疆の関係を良くしてくれた」と、その恩恵を語る。
一方、地元ウイグル族の人たちはどう思うのか。
“テロ対策”について聞いてみたが、「知らない」、「中国語が分からない」と、答えてくれる人はいなかった。
この質問をするまでは、流ちょうな中国語で応じてくれていたのだが、はぐらかされてしまった。
破壊・改造されるモスクと進む若者のイスラム教離れ
ウイグル族の多くはイスラム教徒であり、彼らが礼拝のために通うモスクでは、破壊や改造が進んでいた。
カフェに変わった200年の歴史あるモスクでは、土産物が並んでいた。
かつてイスラム教徒しか入れなかった神聖な場所は、今や観光客の憩いの場となっている。
ほかにもモスクが取り壊され、マンション建設が進む場所やドームが撤去されたモスクがあった。
地元の人々は、「宗教に対して極端なやり方だ。新疆ウイグル自治区は、特殊な地域だから」と嘆く。
こうした変化の背景には、中国政府の「宗教の中国化」と呼ばれる政策がある。
各宗教に対し、中国共産党の指導の徹底が求められる。
2017年には新疆ウイグル自治区で「過激化阻止」条例が施行され、ウイグル族の男性でよく見られていた長いあごひげやイスラム教徒の女性が着用する体全体を黒い布で覆う「ブルカ」が禁止された。
街ではひげを蓄えた人は見られなかったが、観光地に飾られたキャラクターには長いひげがあり、皮肉に思えた。
さらにウイグルでは、2024年2月から、宗教事務条例が改正され、モスクなど宗教施設を新築・改築する場合、「中国様式」にすることが義務づけられた。
また、中国政府が認めた宗教団体以外の活動は禁止され、家庭で宗教を教えることも難しくなったとみられる。
こうした宗教の統制強化から、若者のイスラム教離れは進んでいるようだ。
金曜礼拝の日にモスクの前に行くと、高齢者の姿が目立った。
10代から20代のウイグル族の若者たちは「自分も友達も宗教を信じていない」、「無宗教だからモスクには行かない」という。
ウイグル族のイスラム教徒によれば、「今、18歳以下の若者はモスクに入ることが許されない」。
こうした現状をどう思うのか問うと、「悲しくもない、仕方ないことだ。私が通うモスクも、土地の再開発が決まり、来年には取り壊されるだろう」と答えた。
男性からは、政府に何を言っても変わらないという、諦めのようなものを感じた。
消えるウイグル文化 一帯一路の拠点へ
消えゆくのは宗教だけではない。
カシュガルでは、食品から日用品まで販売する2000年以上の歴史がある市場「バザール」が解体され、更地となっていた。
ウイグル族にとって欠かせない生活の場だったが、老朽化や防災上の問題から再開発が進む。
今後、跡地には近代的な商業施設が建設され、高級ホテルなども併設されるという。
開発業者は、「再建される施設は、新疆ウイグル自治区でここ数年最大の開発だ。一帯一路の拠点にもなる。すでにキルギスの商人がビル一棟を購入した」と胸を張る。
一方、かつてこのバザールで商売をしていた人たちは、およそ1km離れた場所で、新たなバザールを作っていた。
きらびやかなシルクやドライフルーツのほか、日用品まで何でもそろう。
活気があり、現地の人たちのたくましさを感じた。
ウイグル族の商人は、再建される商業施設に、「家賃が安ければ戻りたい」というが、価格は1区画約3000万円から。簡単には手が届かない金額だ。
近代的な商業施設となることについては、「平屋の伝統的なバザールの方がいい」と否定的な声も多かった。
このバザールで見つけたのは「公共の場では中国語を」という注意書き。
ウイグル語の張り紙の上に重ねて張られていた。
少数民族に中国語教育を徹底する中国政府の同化政策の一環とみられる。
ウイグル族の本音は…モスクの質問に激怒した住民
今回の取材で最も難しいと感じたのは、ウイグル族の本音が見えなかったことだ。
かつて、海外メディアがウイグルの空港に到着したところで追い返されたり、当局者が取材を妨害したりしたと聞く。
今回、カシュガルでは尾行がついたが、妨害はなかった。
だが、われわれに尾行がついていることに気づいたウイグル族は、取材に対してそろって口を閉ざした。
当局の圧力は記者ではなく、地元住民に対して行われていると感じた。
カシュガルでの取材を終えた夜、カメラマンとともにバーを訪れた。
ウイグル族の店主は、私たちが日本人と分かると、日本語で「こんにちは」、「さようなら」と笑顔で語りかけ、地元のドライフルーツをサービスしてくれた。
しかし、尾行のウイグル族とみられる男が現れ、店主に耳打ちした瞬間、店主の態度は一変した。
店主から警戒感があふれ、愛想のない態度に変わってしまった。
帰り際、「さようなら」と日本語で話しかけたが、その表情は硬いままだった。
また、カシュガルの土産物店で、「最近モスクに礼拝に行きますか?」と聞いたところ、店主の男性は突然、「店から出ていけ!警察を呼ぶぞ!」と声を荒らげた。
ウイグルでは、宗教や政府のテロ対策に関する質問はデリケートとは思っていたが、男性の激怒した表情から、まさかここまで敏感とは思わなかった。
海外メディアの取材に応じれば、彼らにとってリスクでしかないのだろう。
質問すること自体がタブーになっていることを痛感した。
一連の取材で感じたのは、経済発展という恩恵の影で、ウイグル族の文化やアイデンティティーが失われ、本音を語れない社会に変貌した現実だった。