前編では痴漢の加害者の多くは、本人にとって都合のいい「認知の歪み」を持っていることを解説した。
後編では痴漢の治療と、痴漢をなくすために必要なことを解説する。
(どんな人が痴漢になってしまうのかを解説した前編はこちらから)
東京・大田区の大森榎本クリニックで12年間に渡り痴漢や性犯罪の加害者の治療にあたっている、精神保健福祉士・社会福祉士で『男が痴漢になる理由』の著者・斉藤章佳さんに話を聞いた。
ーークリニックではその「認知の歪み」を治すためにどんな治療を行っているんですか?
基本は認知行動療法の中で、リスクマネジメントプランを作成し、シンプルに言うと痴漢のやめ方を教えるんです。自分のハイリスク状況をまず書き出して、どういう人物がその人にとって引き金になりやすいか、どういう場所がなりやすいか、あとは時間帯、状況、その時の感情、それをしっかりと明確にして、可視化し、あとはそれぞれに対する具体的な対処方法を事前に考えておきます。
例えば満員電車には乗らずに座るために各駅停車や始発を利用するだとか、電車に乗ってても満員になったら、仕事に遅刻してでも降りるとか。具体的にリスク状況に直面した時に、どう対処するか決めておくわけです。それをちゃんと実行する。やることはシンプルで当たり前のことなんです。
危ない時は仲間に電話する、スタッフに相談するとか。定期に家族の写真をいれておいてそれを見るとか、保冷剤を使っている人はよくいて、保冷剤を握るとか、これって欲求が高まった時に結構効果があるんです。欲求や衝動がスーッと引いていく。
あとは電車に乗る時は手袋をつける人もいますね。手袋をすると感触が伝わらないんで痴漢をしないんです。
これはコーピングっていうんですけど、対処行動ですね。欲求が高まった時に適切に対処する方法をあらかじめ決めて訓練しておく。そのコーピングスキルがたくさんある人が、ちゃんと対処出来る。
痴漢をしてしまう人はストレスへのコーピングスキルが未熟な人が多いんです。本来であればストレスがたまった時に、適度にお酒を飲むとか、人に相談するとか、例えば運動は健康なコーピングですよね、カラオケ行くとか。そういった対処行動がない無趣味な人が多いので、ストレスへの対処行動を増やしていくのが治療の中で重要な事です。
ーーストレスの発散の仕方を教えてあげるということですか?
そうです。それを生活習慣の中に組み込むのがプログラムで、案外真面目なサラリーマンの方ってそういう方法を知っている人が少ないんです。
特に痴漢する人っていうのは職場でも家庭でも従順な人が多いんです。ライフスタイルが職場と家庭だけという枠に当てはまっている事が多く、新しい友達を作っていこうとか、新しいコミュニティとつながろうとか、そういう人がいないし、余裕がないんです。“仕事と家庭だけ”、そういう人はやはりコーピングスキルが脆弱な方が多いですね。
ーーそういった治療を受けても再犯してしまう人はやはり多いんですか?
実は去年末までに、1116名の方を治療してきましたが、3年間治療を続けている長期継続群の人たちはまだ再犯していません。
ただ1116名のうちおよそ半数の方は1回の受診で来なくなります。このクリニックでの治療に強制力はないですから。わざわざ自分で保険証を持って「痴漢をやめたいです」ってくるわけですからね。ですから本人の意志や、例えば裁判とか、治療を受けないと離婚されるとか、家族を失うなど最初は外的な拘束力がないと継続がなかなか難しいんです。
プログラムの中で少しずつ変わっていってやっぱりこれは続けないとダメだと、言うふうに感じる人は長く続いていますね。最初の治療の動機付けは弱くても、これはプログラムの中で育んでいきます。
ーー痴漢を無くすためには、治療に来させる外的な拘束力が必要ですか?
やはり痴漢のやめ方を学ぶために専門治療を受けるという制度やシステムを作ることは必要だと思います。
痴漢をやめたいという人は結構いるんです。もう痴漢はしたくない、家族も悲しませたくないし、そもそも刑務所にも行きたい人はいません。もう痴漢をやめたいと心の底から思っている人は実はたくさんいます。ですから、ちゃんと治療を受けてやめ方を学んでもらい、そして認知の歪みを修正していく、これも大事なことですし、同時に満員電車をどうするかというのも大事な課題だと思いますね。
ーー満員電車はやはりなくさないといけないですよね。
都知事は公約で満員電車を無くすために車両を2段にすると言ってましたけど、そもそも働き方改革とも関連して変えていかないと難しいと思います。痴漢が一番多いのは、朝の7時8時9時という時間で、そこに出社する時間が集中しています。
帰りも大体同じような時間帯(18時~20時)に痴漢が多いですし、根本的に解決するにはほとんどがサラリーマンですから、やはり働き方を変えるしかないですよね。出勤時間と退勤時間の分散ですね。
ーー痴漢を無くすためには、治療と満員電車と働き方の3つを変えないといけないんですね
あとは痴漢が性依存症という病気であるという認識がないですから、その認識をひろげていくことも必要です。もちろん病気だから許されるというわけではなくて、病気であればちゃんとした治療をしましょうと。
「痴漢はダメ」というポスターはありますが、ここでも痴漢をする人には「認知の歪み」が働いて、「俺はあそこで言われている痴漢ほどは触っていない」「だから俺がやっている行為は犯罪じゃない。俺は痴漢ではなく、ただ触れてるだけだ」という認識なんです。
本人が現実に見ている現実に対して、もっと入っていきやすいメッセージが必要です。だから「痴漢は病気です、なので治療しましょう」と書かれているほうが、彼らにとっては「ああそうか、治療できるんだ」と言うメッセージが現実的だと思います。
ーー一方で、来られる方は依存症や病気扱いしてはいけないと書いてありましたが、それはなぜですか?
このクリニックに来る方は冤罪かどうかを争っている人ではなく、常習化した方ばかりです。つまり裁判になり弁護士と来所したり、家族が今度こそはと思って連れてきた人たちです。痴漢の場合最初は示談、あとは不起訴だったり、裁判になったとしても最初は執行猶予が付くことが多いです。執行猶予の再犯で来るとか、いわゆる自分が変わらざるを得ない状況で来る方が多いんです。
常習化していて、満員電車に乗るとセルフコントロールが出来ない。いわゆる善悪の区別はできるんですけど、特定の状況下で本人の衝動制御が出来ないというのが、この病気の本質なんですね。梅干しを見るとヨダレが出る条件反射と同じで、中には満員電車を見ると同じことが起きてしまう状態なわけです。
そういう場合は性依存症としての問題として治療するんですけど、彼らは根強い「認知の歪み」があるので、病気であるならばやっても仕方ないと、そういう世界観に繋がりかねないんです。病気として診断するということは、本人の行為責任が全てではなくて、病気としての側面があると言うふうになってしまうので、そこが一つ本人としては楽になってしまう側面もあります。
病気として見る時は良い側面と悪い側面があります。良い側面は病気だったら治療すればいいんだと家族も本人も治療の方向で足並みを揃えていけますよね。悪い側面はさっき言ったように過剰に病理化してしまうことは本人が行為責任を軽く見てしまうことに繋がるので、そこのバランスをちゃんと知っておかないと「病気だから〜」という風になりかねないです。このあたりの正しい認識をもとに治療を継続してもらいたいと考えています。