京都を中心に活躍中の男女3人の演劇ユニット「はひふのか」。いま彼らが演じるドラァグクイーンと蕎麦屋の女将のハートフルなコメディ映画「Moonlight Club」が、コアなファンから熱狂的な支持を集めている。来月にはいよいよアメリカで上映されるこの映画への熱い想いを「はひふのか」の3人に聞いた。
ドラァグクイーンと蕎麦屋の女将の物語
映画「Moonlight Club」は2021年に京都で上映がスタートし、その翌年には第2作、そして第3作が去年上映され、いま全作品が大阪でアンコール上映中だ。映画の舞台は京都の場末のショーパブ「Moonlight Club」。ここで働くドラァグクイーンのひろ美としゅん子、そして近所の蕎麦屋「長寿庵」の女将サチエの3人が巻き起こす恋と笑いと涙の物語だ。

京都市内にある映画撮影スタジオで「はひふのか」3人にインタビューを行った。スタジオといっても、映画にいつも登場するショーパブの楽屋そのままで、筆者もまるで映画の中にいるような感覚に陥った。映画の脚本・監督・そしてしゅん子役もこなす福山俊朗さんに、なぜ京都でドラァグクイーンの映画をつくろうと思ったのか聞いた。
女装したら突っ込みやすいと感じた
福山さんは「たまたま3人とも京都に暮らしていたからです」と笑ってこう続けた。
「以前僕は女装をしてゲストの方と話す『しゅん子の部屋』というトークショーをやっていたんですけど、聞き手として突っ込みやすいと感じました。そんな経験もあって、LGBTQのキャラクターでお芝居をすると関西の強い笑いが受け入れやすくなって、お客様により楽しんでもらえるのではないかと思って作り始めたんです」

ひろ美役の原田博行さんにこの映画の魅力を聞いてみると、「3人は人生を謳歌していますよね」と答えた。
「彼らなりの幸せの中で生きていて、自分たちの居場所を大事にしている。すごく安全で幸せな場に少しのりしろがあって、思いやりがある感じですね。だから『自分たちもその空間に居合わせたい』と思う方が観にいらっしゃっていると思います」
生徒や保護者に学校から追放されそうに
筆者はこの映画を観たとき、ドラァグクイーンの2人が繰り出すパンチの効いたトークの応酬に魅せられた。その2人をいつも温かく見守る、近所の蕎麦屋の女将サチエを演じるのが日詰千栄さんだ。日詰さんは「サチエは割と私なんです」と語る。
「私と違うなと思うのは、器が大きくてなんでも受け止めるところ、それでいて自分の悩みはあんまりしゃべらない水臭いところかなと。ちょっと踏み込めへんとこがあるのが京都人らしい感じですね」

この映画はLGBTQの啓発を目的とした映画ではない。だが気になるのは京都という街が性的マイノリティに対してどういう土地柄なのかだ。原田さんは京都市内のキリスト教系の高校で30年近く教鞭をとっている。かつて学校では、原田さんがドラァグクイーンに扮して舞台に出ることに反発し、原田さんを学校から追放しようとした生徒や保護者もいたそうだ。
生徒は自然に性の多様性を受け入れている
しかし原田さんは、「いま京都はあんまり窮屈じゃない」と語る。
「京都の人は内心ではいろいろ思っていても、“行儀がいい”のはどこかっていうのに敏感です。いま世界ではLGBTQを認めないのは“行儀が悪い”ことになったので、そういう意味で京都の社会はもう変わってきていると思います」
原田さんは授業の中でLGBTQに対する意見を生徒に聞いてきたという。
「授業で認めるかどうか手を挙げさせるんですけど、今年認めないという生徒はほぼゼロでした。20年前は3割から4割くらいは認めないに手を挙げていました。もう今では認めないと言っちゃダメだというのが常識になったんだなと思いますし、生徒たちは自然に、素直に性の多様性を受け入れていますね」
当事者であることを求める必要はないのでは
また当事者ではない彼らがドラァグクイーンを演じることに、批判はなかったのだろうか?アメリカではかつて同性愛者を演じてアカデミー主演男優賞を受賞したトム・ハンクスが「いまはストレートの俳優がゲイの役を演じる時代ではない」と語っている。
福山さんは「その問題で批判を感じたことはない」と言ってこう続けた。
「映画やテレビでLGBTQの役柄がありますけど、当事者が演じていないと批判を受けていませんね。どんな役であったとしても、自分とは違う人格を演じるわけですから、役者に演じる役の当事者であることを求める必要はないのではないかなと僕は思っています」

原田さんもこう語る。
「映画を観た人は登場人物の生き方を受け止めてくれていて、『懐かしい感じだよね』とか、『ひろ美のことが好き』とか、『私はしゅん子派!』とか言ってくれます。映画にメッセージがあるというよりは、あの3人が今回は何をしたのかということを観てもらっているから、そういう批判がない気がしますね」
「Moonlight Club」ニューヨークとロスに行く
この映画は3月にアメリカ・ニューヨークのコロンビア大学とロサンゼルスのPizter大学内で初めて上映される。その上映の機会をつくったのが、ニューヨーク在住のアートセラピスト、NYアートセラピー協会会長の原田真樹子さんだ。原田さんはこの映画を初めて観た時、「タイムリーなストーリーだなあ」と思った。

「コロナが感染拡大した当時、アメリカではアジア人に対する暴力が増え、アジア人は弱い、個性がない、表現が苦手という偏見がこれまで以上に広がっている気がします。またアメリカ社会は、以前よりもモノの見方が偏った時代になってきていると思います」(原田さん)
「愛と平和と幸せ」が映画のメッセージ
昨年ニューヨーク州では郊外の小さな図書館で、ドラァグクイーンが子どもたちに読み聞かせをするイベントが開催されることになったが、住民たちの猛反対にあい図書館員たちが辞任に追いこまれたという。原田さんは「この映画はその真逆にいる」と語る。

「この映画はユニークでカラフル。そしてメイドインジャパンです。さらにアメリカ人にとって京都は古都のイメージがあるので、この斬新さはアメリカ人をびっくりさせるのではないかと思います。映画の1番のメッセージは愛と平和と幸せ(Love、Peace and Happiness)です。仲間同士罵り合っている時でも、ユーモアやあたたかさがあるので、『Moonlight Club』は殺伐として思いやりに欠けているいまのアメリカ社会にとても必要されている“薬”ではないかと思います」
「世界平和につながっていくんちゃうかな」
福山さんは「この映画の目標は世界平和です」という。
「映画を観てもらった人にワハハと笑ってもらったら、幸せな空間が生まれてその磁場が広がって、世界平和に繋がっていくんちゃうかなと本当に思っているんです。この作品はそういうことができる作品だと思っているのでアメリカでもぜひ笑ってほしいですね」
京都発ドラァグクイーンのコメディ映画が、アメリカを笑いの渦に巻き込むのが楽しみだ。
映画の写真提供:はひふのか