「日本全国の地域を旅しながら学ぼう」

地域をキャンパスにして新しい学びを実践しているのが「さとのば大学」だ。

2019年に開校した「さとのば大学」はいま、社会課題を抱える地域で未来を創る人材を育てている。その学びの場の1つ、秋田県五城目町で「さとのば大学とは何か?」取材した。

持続可能な未来を自分たちで創る

「持続可能な未来を自分たちで創る学びの場が欲しいと思いました」

さとのば大学設立の理由をこう語るのは、同大学の発起人である信岡良亮さんだ。

信岡さんはITベンチャーで働いていた後、「持続可能な未来に向けて行動する人づくりをしよう」と島根県海士町に移住。海士町ではそうした想いをもって、社会人を対象に企業研修を行った。

さとのば大学発起人の信岡さん
さとのば大学発起人の信岡さん
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しかし、東日本大震災の際、「これだけのことがあったのに、日本のほとんどの人にとって自分ごと化されないことにショックを受けて」(信岡さん)、どうすれば日本全体で社会課題を同じように認識できるのか考え、大学をつくるしかないと思い立ったという。

信岡さんは2019年に社会人向けの市民カレッジとして「さとのば大学」を開校。コロナ禍の2021年には、いよいよ若者を対象に4年制プログラムを開始した。

地域をキャンパスに“正解のない学び”

「さとのば大学」の特徴はキャンパスがないことだ。

学生は様々な地域に暮らしながら、地域の人々と未来を創るプロジェクトを実践する。つまり地域そのものがキャンパスであり、学びの場なのだ。そこには正解が用意されている学科や試験はなく、学生たちは実践の中でプロジェクトの実行力や課題解決力といった、社会を生き抜くための力を身に着けることが求められる。

学生は地域に暮らし、人々と未来を創る
学生は地域に暮らし、人々と未来を創る

開校当初、学びの場となった地域は4か所。信岡さんがかつて移住した島根県海士町のほか、宮崎県新富町、宮城県女川町と岡山県西粟倉村だった。現在学びの場は15か所に広がり、いずれも「さとのば大学の世界観を共有してもらえる地域だ」と信岡さんはいう。

「日本中で人材育成ができる状況を作らないといけない。プロジェクトに仲間を巻き込んで、ワクワクする未来を一緒に創る力を持っている人を育てたいです」

「世界一こどもが育つ町」で学ぶ

その学びの場の一つである秋田県五城目(ごじょうめ)町には、今年1年生の宮原桃花さんが滞在している。

五城目町は秋田県の中央に位置する人口1万人足らずの小さな町で、人口減少と高齢化問題を抱える社会課題の先進地域だ。かつて賑わいを見せたといわれる五城目朝市に筆者も訪れたが、高齢者の姿が目立ち人はまばらだった。

秋田県五城目町は「世界一こどもが育つ町」を目指す
秋田県五城目町は「世界一こどもが育つ町」を目指す

しかし一方で、五城目町ではこうした社会課題を解決するため、起業家育成や移住促進などチャレンジングな取り組みも行われている。さらに町では「世界一こどもが育つ町」を目指して、子ども・子育ての支援体制を充実させてきた。北海道生まれの宮原さんが五城目町に惹かれた理由の一つもこの大きな目標だった。

「縁結びの神様を目指したい」

宮原さんは高校を卒業後、美術大学を目指していたが受験で失敗。その際さとのば大学のことを知り、「旅をしながら勉強するのが楽しそうだし、暮らしそのものが勉強になることにワクワクした」と入学した。2023年4月から五城目町に滞在し、宮原さんは「この1年間は町の人たちとの関係性をつくりたい」と、町のイベントや子どもがプログラミングを学ぶ場の創設など新プロジェクトに積極的に参加している。

宮原さん(左)「町の人たちと関係性をつくりたい」
宮原さん(左)「町の人たちと関係性をつくりたい」

五城目町について宮原さんは「人と人との関りがすごく密接なのがいい」という。

「高校時代の自分は心が死んでいてモヤモヤしていたが、ここでは自分がしたいことを大事にされているので、挑戦ができる場だなと思う。卒業後は誰かの手助けになるような、縁結びの神様を目指したい。旅をしながら働くのもいいし、地域関連の会社を興すのもいいかなと。“普通”という生き方はもうできないなと思う」

ダブルスクールで経営学士も取得可能

さとのば大学は地域での実践的な学びのほか、ネットの大学「managara (新潟産業大学経済学部通信教育課程)」と提携(ダブルスクール)しており、通信講座を受講することで、卒業すれば経営学士を取得できる。

地域での生活は社会起業家らがバックアップする
地域での生活は社会起業家らがバックアップする

気になるのは学費だが、さとのば大学は入学金10万円で初年度70万円(2年目以降80万円)。managaraの入学金は5万円と授業料は年間30万円で、足すと初年度115万円となる。また地域での住居費など生活費は学生負担だが、地域の社会起業家らが生活をバックアップするという。さとのば大学4年制コースは、選考の上で学費を免除する奨学金制度も独自で設けている。

地域分散型社会で新しいことを起こす

さとのば大学は現在全コースで11人の学生がいるが、今後各学年を64人(16人×4チーム)、4学年で約250人を目指すという。信岡さんは「誰でも4年かければ未来を共に創る人材になれるのを、まずは実証したい」と強調する。

「地域に新しい社会システムを作れる人を育てたい」
「地域に新しい社会システムを作れる人を育てたい」

「人口が減少し出生率を改善したいと考えた時、都市集中型社会より地域分散型社会にした方が出生率も上がるし、生き方の選択肢も増えると思っている。

しかし地域に新しい社会システムを創れる人は、いまほとんどいない。だから新しいことを起こせる人は、地域をフィールドにどんどん活躍してほしいなと思っている。そのための土台をつくるのが、さとのば大学だ」(信岡さん)

“旅する大学”から巣立つ学生が、地域にどんな未来を創るのか、楽しみだ。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。