静岡市の山寺に安置され県の有形文化財に指定されている金剛力士像が、劣化で自立できなくなった。檀家の住民たちが修復に動き出したが、200kgを超す仏像を麓まで降ろすには、山道を人力で運ぶしかない。そこで頼ったのが、遭難者の救助も行う“山のプロ” 山岳連盟のメンバーたちだ。
地域の「宝」が劣化で自立不能に

静岡市清水区大内の山道を15分ほど登った標高150mの場所にあるのが、霊山寺(れいざんじ)だ。

檀家は30軒ほどの小さな寺だが、地域の住民からは「大内の観音さん」と呼ばれ、五穀豊穣を祈る雨乞寺として信仰されてきた。静岡県の有形文化財に指定されている仏像など約30体が安置されている。

寺の入口にあるのが、国の重要文化財に指定されている霊山寺仁王門だ。

仁王像と呼ばれる、金剛力士像がたたずむ。約800年以上前の平安時代から鎌倉時代に作られたと伝わる木造の阿形像(あぎょうぞう)と吽形像(うんぎょうぞう)だ。眼力が強く、悪いものを払い 信仰する人たちを見守ってくれているようだ。

高さは2メートルを超え、重さは推定200kgほど。どちらも県の有形文化材に指定されているが、榎本宏純住職によると、風雨による劣化で自立ができない状態になってしまっているそうだ。傷みが激しく、手の一部はかけてしまっている。ワイヤーで吊るさないと立つこともできない。

守り継いできた地域の「宝」の危機。檀家たちは仏像を2年かけて修復することにした。
仁王像修復委員会・大木徳寿 会長:
(仁王像を)非常に誇りに思うところがあったんですよね。少ない檀家ではありますが、みんなで協力してやろうと

ただここは山の中腹で標高150m、修理所まで車で運ぶ道路はない。「ならば人力で麓までおろそう」と、一大プロジェクトが始まった。
修復専門業者が慎重に解体

2023年10月 搬出2日前に準備をしていたのは、仏像などの修復を専門に手掛ける、埼玉県の吉備文化財修復所のスタッフだ。牧野隆夫 代表たちが、阿形像の右腕を外すために鉄のかすがいを外していた。さびついて木と食い込んでいるため、さびをゆるめてやるという。

ようやくかすがいがぬけた。しっかりした良い形のかすがいだ。腕を外した後は、頭部や胴体を入念に梱包していく。そして牧野代表がスタッフに声をかけながら、慎重に台座を抜いていく。開始から5時間で作業は完了した。

吉備文化財修復所・牧野隆夫代表:
予定通り進行し安心しています。とにかく(搬出)当日は誰もケガしないで無事に仏像をおろしたい。おろしてほしい
“山のプロ”が「人を運ぶように大事に」

迎えた搬出当日、仏像が門の外に出され、いよいよ旅立ちの時だ。そこに続々と集まってきたのは静岡市山岳連盟のメンバーだ。遭難者の救助も行う“山のプロ”が、今回 仏像をおろす大役を担うことになった。修復を引き受けた吉備文化財修復所・牧野代表が苦労の末に探しあて、15人ほどが集まってくれた。
任された静岡市山岳連盟の増田浩二会長は「とにかく文化財なので落としちゃならない。気を付けて、とにかく(自分たちも)ケガのないように」と気を引き締める。

仁王像修復委員会・大木会長の合図で、多くの人が見守る中 搬出大作戦がスタートした。

声をかけあいながらゆっくり降ろしていくが、入り組んだ険しい坂道で簡単にはいかない。とくに曲がり角に来ると困難な作業になる。

途中 足を滑らせバランスを崩す人もいたが、約1時間かけふもとに到着した。
見守った地元の皆さんは「大変だなと思いました。人間を運ぶのと同じように大事に運んで頂いて本当ありがたかった」と感謝する。

2体は埼玉県に運ばれ、今後2年間かけて修復される。吉備文化財修復所の牧野代表は「歴史的なことに参加して この仕事にものすごく誇りもありますし、うれしい」とやりがいを口にする。
地域の「宝」維持に高齢化の影も
修復の総事業費は約2500万円。4分の3は県や市の補助で、残る4分の1は所有者である寺の負担だ。搬出に同行した成城大学文芸学部の岩佐光晴教授は「仏像が日本にこれだけ残っているのは地域の人が大切にしてきたから。ただ高齢化などの影響でこれからは守り切れなくなるため、行政の支援がより重要となってくる」と、全国的な課題を指摘する。

霊山寺・榎本宏純 住職:
地域の皆様で守っていくべき宝ですので、私達も使命をもって守らせていただきたい。(金剛力士像には)また変わらず戻ってきて見守って頂きたい

地域の大切な文化財を守るため、動き出した住民たち。そして応援した山岳連盟のメンバー。
その思いを受け修復される仏像は、2年後にたくましい姿で戻り、再びこの地を見守ってくれるはずだ。
(テレビ静岡)