性同一性障害の人が戸籍の性別を変更するには、生殖機能をなくす手術が必要だとする法律の規定について、最高裁大法廷は10月25日に「違憲」とする判断を示した。この判断について性的マイノリティーに関する法律に詳しい早稲田大学の棚村政行さんに聞いた。

社会制度の見直しを迫る判断

現行の性同一性障害特例法では、戸籍の性別を変えるためには「生殖腺や生殖機能がないこと」などの要件を満たすことが定められていて、事実上、手術が必要とされている。生殖機能をなくす手術が必要だとする規定について、「強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けるか、性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫るもの」だとして、今回、最高裁は”無効”とした。

「手術で性器の外観を整える」という条件の違憲性については「差し戻し」となり、引き続き審理されることになる。

戸籍上の性別を変えたいと願いつつ、持病のために手術が受けられないといった事情を抱える当事者もいて、「手術要件の撤廃」の望む声が上がる中、法律改正などを含めた社会制度の見直しを迫る判断となった。

性別変更のための“5つの要件”

戸籍上の性別を変えるためには2004年に施行された性同一性障害特例法に基づき、2人以上の医師から性同一性障害であると診断を受けた上で、5つの要件を満たす必要がある。

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1.18歳以上の成人であること
2.その段階で結婚をしていないこと
3.未成年の子がいないこと
4.生殖機能がないこと
5.変更後の性別の性器部分に似た外観があること

特に4と5を満たすためには手術が必要になる。4の生殖機能がないというのは、つまり内臓を取り出す大きな手術で費用も100万、200万円とかかってくるものになる。

今回の申立人は、戸籍は男性で、女性ホルモンを長期投与していて生殖機能は喪失しているとして、肉体的・経済的負担を強いる手術要件は違憲であると主張した。

早稲田大学・棚村政行教授:
生殖機能をなくす手術については、子どもが生まれたら父親や母親だった人の性別が変わってしまうという混乱が生じないか。外観については、公共的な施設の利用等で不安や混乱が出てくる可能性があるので、この辺りを条件として入れたということになります。

最高裁の“違憲判断”を読み解く

今回、最高裁が出した判断について詳しく見ていく。

「生殖腺除去手術は憲法13条が保障する『自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由』を制約するもの。その程度は重大」として憲法13条に違反し、手術の規定は無効であるという判断になった。

棚村さんは「性的少数者の生きづらさに理解を示した判断」だと評価した。

早稲田大学・棚村政行教授:
周りの受け止め方とか社会全体から見て、性的少数者の人たちがいることをどういう風に受け止めるかという話です。本人が自らの自認する性に従って、自分らしく生きるという人格的な個人の利益をもっと大事にすべきだろうということに、理解を示した判断だということだと思います。

今回の判決は性的少数者全体への判断だと思っていいのか、今回のケースのみの判断なのか、どのように考えられるのか?

早稲田大学・棚村政行教授:
本来、私たちは自分の意思で治療を受けるとか、体にメスを入れるとかの自由を持っているわけです。そういう自由があるという前提で、性別を変えたい、心と体を一致させたい時に、体に傷を付けない限りはだめだということは、本当に合理的なのかというのが問われたということだと思います。私たちは意に反して、自分の意思によらないで、体を傷付けられるとか、手術を受けるということを強制されるということはありません。性別を変えるには手術を受けなければだめなんだということが問われたんです。ということは、性別の変更を希望する人を特殊だとして扱っていた今の日本の在り方が本当にそれでいいんだろうか?と見直されたのだと思います。

この判断によって社会はどう変わっていくのか。当事者の一人は、今回の最高裁の判断は「待ち望んでいる」という一方で、「多目的トイレの数も足りないし、入浴施設なども不安。今後トラブルになりかねないのでは」と懸念を示し、「社会の中で整備・調整がまだ十分ではないのでは」とも話した。

入浴施設やトイレは、今後どうなるのだろうか。

早稲田大学・棚村政行教授:
これまではどちらかというと、個人が自分らしく生きるということよりは、社会がそれをどう受け止めて、どういう風に感じるか、どういう問題が生じるかということを優先させすぎていたところがあります。そのあたりは両方を天秤にかけて何かを決めるというよりは、個人が自分らしく生きるということを認めつつ、社会に起こるようなコンフリクト(摩擦・対立)とか緊張とか、いろんな懸念とかに、国とか社会全体で環境整備して対応していくとか、あるいは性同一性障害っていうのはどういう人なのかっていうことの理解を深めていくとか、そういうことを進め、多様性を認めて一人一人が輝いて生きられる社会に…ということになるのだと思います。

これから私たちに求められること

社会の理解を得られるためにも、ルール作りや議論を進めていかなければいけないということだ。今回の最高裁の判断を受け、棚村さんは次の2つが必要だと考えている。

・性別変更の新たなルール作り
・社会が混乱しないルール作り

早稲田大学・棚村政行教授:
1つ目は、成年に達しているとか、結婚してないとか、未成年の子どもがいないという条件とともに手術の要件を求めてきたわけですけども、手術を受けなければならないということについては、問題があるという判断ですので、それは外れるわけです。今後は外見まで求めていくのかということについてきちっとした議論が必要です。そして新たなルールが必要だと思います。2つ目には、社会がどう受け止めるのかというのも合わせて改めていかないといけないと。議論が本当に必要だと思います。

日本は性の多様性についての法整備が遅れているのではないか、といった声も聞かれる。

早稲田大学・棚村政行教授:
LGBT理解増進法の議論の時もそうでしたけど、やはり先進国から見てもだいぶ遅れてしまっているので、きちっと議論したうえで、当事者たちの生きづらさ、あるいは自分らしく生きられるということを柱にして、みなさんとの調整とか調和を図っていく。それがダイバーシティ&インクルージョンという社会だという風に思っています。ぜひ実現を目指して議論していきたいと思います。

国際基準に合わせるように私たちの理解を進めないといけないということと、議論を進める上では慎重であることも大事にしなければならない。そこにスピード感を加えていくことが必要なのではないかと思う。

(関西テレビ「newsランナー」2023年10月25日放送)

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