宮城県が主導する、いわゆる4病院再編構想を巡り、10月24日、村井嘉浩宮城県知事と、構想の一時休止を求める郡和子仙台市長の間で激しい火花が散った。4病院再編について、両者が直接意見を交わしたのは、じつに2年ぶり。なぜ、公の場でこうしたやりとりが繰り広げられたのか。そこには噛み合わない、双方の主張があった。

「4病院の再編構想」とは

宮城県内で大きな議論を呼んでいる「仙台医療圏の4病院再編構想」とは、仙台市太白区にある仙台赤十字病院と名取市の県立がんセンターを統合して名取市に。仙台市青葉区の東北労災病院と名取市の県立精神医療センターを併設し、富谷市に移転する県の構想だ。

県が進める 仙台医療圏4病院再編構想
県が進める 仙台医療圏4病院再編構想
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この構想が表明されたのは、2021年の県議会9月定例会。村井知事はそれまで「がんを総合的に治療できる新たな医療」を目指し、県立がんセンター、仙台赤十字病院、東北労災病院の3つの病院の統合や連携を検討していたが、3病院を1つの場所に集約するのは難しいなどとして、枠組みに県立精神医療センターを加えて、4つの病院の2拠点化を目指す方向に舵を切った。

現在は各病院の経営母体と協議を続けていて、県は2024年3月末までに基本合意を締結したいとしている。

病院再編が必要な理由

そもそも「仙台医療圏」とは、北は仙台市北部に位置する大郷町、大衡村。南は沿岸部で福島県境に位置する山元町までのエリアを指す。このエリアで再編構想を進める背景には、仙台市への「偏り」が懸念される医療的資源の問題がある。

例えば、地域病院などの医師から紹介された重症患者を受け入れる、都道府県知事の承認が必要な病院「地域医療支援病院」は、仙台医療圏内には10あるが、このうち仙台市外にあるのはわずか1つだけ。しかも、仙台市より南には一つもないことがわかる。

これに伴い、医師の数も仙台市内が3677人。仙台市外が676人と、仙台医療圏の8割以上が市内に集中している。

救急搬送先も、仙台市内が8割以上を占める。搬送にかかる時間は仙台市は平均39.3分。一方、仙台市北部の黒川地域は44.8分。南部のあぶくま地域は48.9分と、県平均の41.7分を上回っている。

経営状況や老朽化もネックに…

4病院再編構想実現に向けた議論の中では、各病院の経営状況も課題として示されている。

統合が検討されている2病院、県立がんセンターは黒字経営に見えるが、県から毎年20億円以上の運営費負担金を支出。仙台赤十字病院は赤字経営が続き、施設の老朽化という課題も抱えている。

併設が検討されている2病院についても経営は悪化している。東北労災病院は医師不足という課題があるほか、県立精神医療センターは施設の老朽化から早期の建て替えが必要とされている。

こうした背景から進められてきた4病院の再編構想。しかし、県立精神医療センターが加えられたことが、大きな波紋を呼ぶこととなった。

精神医療関係者の反発

8月31日に開かれた、県の精神保健福祉審議会。県内の精神医療の在り方について議論するこの場で「これは精神障害者の医療と福祉がどうあるべきかという問題」「医療センターを中心にして広がってきた社会資源はどうなるのか」といった意見が飛び交った。4病院の再編構想を巡り、反対の声が相次いだのだ。

県の精神保健福祉審議会 4病院再編構想巡り反対の声が相次いだ
県の精神保健福祉審議会 4病院再編構想巡り反対の声が相次いだ

委員を務める専門家が最も危惧しているのは、精神医療センターを中心に周辺地域で作り上げてきた「地域包括ケア」の仕組みが移転により立ち行かなくなること。

センターがある名取市では、センターを中心に、約60のグループホームや相談支援事業所などが立地している現状がある。

名取市にあるグループホーム
名取市にあるグループホーム

こうした施設は患者が退院した後の受け皿にもなっていて、センターと民間の施設が連携する土壌が構築されている。ある委員は「県が、移転先の富谷市で地域包括ケアシステム新たに構築すると言っても、これは簡単なことではない。長い年月が必要だ」と語気を強める。

こうした意見を受け、県は現在、構想を進めたうえで新たに別の民間の精神科病院を名取市に誘致する計画を表明。委員からは、「そうであれば、県立精神医療センターの移転で無く、名取市の現地建て替えで良いではないか」とする声が挙がっている。

県は「現地や名取市内に建て替えの適地はない。県立精神医療センターと併設でなければ、東北労災病院側の理解も得られない。過去の別の委員会で精神医療は身体合併症と合わせた対応も必要と提言されている」と説明。県は、手を挙げる病院があれば、2023年中にも候補事業者を決める方針だ。

2つの病院が去る仙台市

今回の再編構想において、2つの病院がなくなることになる仙台市。病院周辺の住民からは反対の声が挙がっていて、撤回を求める要望書も数多く提出されている。

仙台市の郡市長はこれまで賛否を明らかにせず、県の動きを見守っていたが、今年に入り「仙台医療圏や全県への影響」「政策医療の課題解決にどのようにつながるのか」などについて、県に対して説明を求めてきた。

郡和子仙台市長
郡和子仙台市長

これに対し、県は回答しているが、仙台市は「十分な回答ではない」などとして「協議を一旦停止して時間をかけて再検討するべき」と県に申し出ることに。そして郡市長が要望していたのが「村井知事との直接対談」だった。

当初、郡市長は「非公開の場で2人で」会いたいという意向を示したが、村井知事は「公開の場で」会うべきと主張。郡市長が、10月13日に告示された県議会議員選挙の選挙期間中に候補者の応援演説で「知事に直談判したいものの逃げている」という発言をしたことを念頭に、村井知事は、定例会見で「嘘はよくない。堂々と会えば良い」と反論。溝は深まっていた。

そんな折、村井知事と郡市長を含む県内14市の市長が参加する行政懇談会が開かれることに。4病院再編について、トップ2人が約2年ぶりに意見を交わすこととなった。

構想巡り2年ぶりのトップ対談

10月24日。懇談会の場に姿を見せた村井知事と郡市長。村井知事から意見を求められた郡市長は、「改めて納得いく説明を」と主張したうえでこう述べた。

「私自身はこの問題についてこれまで反対と申し上げたことはこれまでない。それは今、申し上げた通り、県からの説明が無くて評価のしようがないことだからです」
(仙台市・郡和子市長)

県に対する「説明不足」という指摘は、精神保健福祉審議会や県民、県議会などからも挙がっていて、この「説明」を巡る押し問答が今回の構想を巡る各方面との軋轢につながっていると言えるだろう。そんな中でも県はこの指摘に対し、「民間の病院との協議であるため議論の過程は公表できない。構想に向けた基本合意が締結出来れば説明できる」としているのが現状だ。

村井知事はこの会の中で、ほかの13市長にも4病院再編について意見を求めたが、結果はすべての市長が県の構想に賛同。郡市長が、まさに「孤立無援」の状態となる中で知事が口を開く。

「市長に質問したいのですが、将来的に見て、仙台市内に急性期の病床が無くなっていく。そうなったとき、仙台市は何らかの支援策を考えているのですか?」
(宮城県・村井嘉浩知事)

知事が問いただしたのは、「今後人口減少が進み患者の数自体も減る中で、多くの病院を抱える仙台市が対策を考えているのか」ということ。病院は現時点でも厳しい経営に追い込まれていて、現状のままでは経営が立ち行かなくなると知事は考えているのだ。

この発言を機に2人の応酬が加速する。

「市民の皆様方の命と健康を守るために県の病院であっても、民間の病院であっても支援をさせていただいている」
(仙台市・郡和子市長)

「ランニングコストではなくて、病院が立ち行かなくなってしまったときに、建て替え、移転といった対応が求められることになり、仙台市はかなりの財源が必要になる。そういうこと(財源確保や支援)は出来るか、ということを聞いています」
(宮城県・村井嘉浩知事)

「大変申し訳ないのですが、こういう議論をこういう場で…」
(仙台市・郡和子市長)

「こういう場でしないとダメだと思いますよ…こういう話は。内々で話すのではなくて。それこそ逃げていると言われると思いますよ」
(宮城県・村井嘉浩知事)

発言を遮られる形になった郡市長
発言を遮られる形になった郡市長

「全市長がそろった中で、まるで私自身が、仙台市だけが、ごねているという捉えられ方をするのは、甚だ遺憾に思います
(仙台市・郡和子市長)

「これは仙台市と県の問題だけではなく、宮城県全体、仙台医療圏全体の問題です。私のところに何か言いに来られて、戻られてから『知事からは前向きな回答を得られませんでした。ダメでした』と記者の前で喋られて…。それでは、市民の皆さんにどういう話をしたのか伝わらないと思います。ちゃんと話をしないといけないと思います」
(宮城県・村井嘉浩知事)

知事「不満あらわに」市長「誤解と反論」

そんなやり取りが繰り広げられる中で、村井知事があるものを手に取って示した。仙台市が見解としてまとめた資料だ。

仙台市がまとめた4病院再編に関する資料を手に語気を強める村井知事
仙台市がまとめた4病院再編に関する資料を手に語気を強める村井知事

「見解(仙台市の資料)を見て、正直驚きました。これは(4病院再編に)反対されている市民団体のおっしゃっていることをしっかり書き込んである。市民の中には問題を前向きに捉えている市民の方もたくさんいる。私も人の意見を聞けとよく言われますが、市長もこの反対される市民団体の旗頭のようなこの文書だけではなく、賛成されている人のご意見にも耳を傾けていただきたい。その上で発言していただきたい
(宮城県・村井嘉浩知事)

「知事は誤解されている。これまで取り組んできた医療提供体制に大きな禍根を残すようなことがあってはいけないという思いでお話をさせていただいている。特定の団体の声を持って行ったものではまったくないということ。そのところだけははっきりと申し上げたいと存じます」
(仙台市・郡和子市長)

表面化した「深い溝」議論行方は

約2年ぶりの構想を巡るトップ対談。村井知事は懇談会を振り返り、「反対の方の肩を持つだけではダメだ」とこの日の発言の意図を説明。

「病院を残せばすべてうまく行くかというと必ず将来、しっぺ返しが来る。病院建て替えるのに300億。今でも250億300億かかる」としたうえで、「(仙台医療圏に病院を分散させることで)仙台市内の病院が安定した経営をできる環境を作っていく」と、構想を前に進める考えを改めて示した。

一方の郡市長は「大変居心地は悪かった」と素直に心境を明かした。

「細かいところを議論したかったが本意が伝わらず、あのような形になったのは遺憾。知事の様子なり発言は驚きもしたし、冷静に話を聞いてもらうまでには時間がかかると思った。そもそも私と知事は仲が悪いわけではない。私の発言で気を悪くしたのかもしれないが、私は忌憚なく腹を割って話しをしたいということだけ。それをしてもらえないというのは、県が何も説明する気がないと理解せざるをない
(仙台市・郡和子市長)

各市長の発言も含めて約30分に及んだ4病院の再編構想を巡る議論。そこに構想に対する具体的な議論はなかった。一方で、村井知事と郡市長の2人の間の「溝」が表面化し、より深まったと言えるだろう。

4病院の再編を巡る議論は、患者やその家族、医療関係者、そして県民のために冷静に行われるべきだ。県が説明責任を果たすのはもちろんのこと、どのような形が県民にとって最も望ましいのか、双方のトップ、関係者には建設的な議論を期待したい。

(仙台放送)

仙台放送
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