パレスチナ自治区・ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」によるイスラエル大規模攻撃。

戦闘は激しさを増し、双方の死者は4800人を超えている(日本時間19日18時時点)。

ハマスはなぜイスラエルへの奇襲攻撃に踏み切ったのか。そしてなぜイスラエル市民を守るはずの“世界最強”の防空システム「アイアン・ドーム」の探知をかいくぐれたのか。

戦闘の背景と世界への影響について国際政治学者で放送大学の高橋和夫名誉教授に聞いた。

人権無視と宗教対立

ーーイスラエルとハマスの戦闘のきっかけは?

今回の戦闘は、ハマスがイスラエルを奇襲攻撃して始まりましたが、なぜこのタイミングでハマスが動いたかについてはいろいろな要因が指摘されています。

まず1つは、ハマスの作戦名「アルアクサの洪水」にあるように、エルサレムにあるイスラム教徒の大切なモスクである「アルアクサ」にイスラエル軍が入ってきて、聖なる場所を汚していることに対する怒り。

もう1つは、ヨルダン川西岸地区でのパレスチナ人への暴行など、ひどい扱いに対するハマスの怒りです。

放送大学・高橋和夫名誉教授
放送大学・高橋和夫名誉教授
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ーー背景にあるのは宗教対立?

アルアクサというイスラム教の聖地が汚されたことに対する宗教的な怒りが最終的に攻撃に火を着けましたが、それ以外にもガザは封鎖され、パレスチナ人はずっと占領下に置かれてきて人権が無視されているという諸々の要因があります。

これまでの恨み辛みが蓄積し、怒りが爆発したとみています。

パレスチナ自治区・ガザでの報復攻撃(9日撮影)
パレスチナ自治区・ガザでの報復攻撃(9日撮影)

ーー今回の戦闘はどれくらい続きそう?

これまでも攻撃されたら反撃するという構図は何回もありましたが、今回はハマス側の攻撃の規模がこれまで以上に大きかったというのが特徴です。

これを受けてイスラエル側はハマスを「絶滅する」と言っていますが、本当にイスラエルがガザ地区に入ってたくさんの民間人を巻き込んだ戦闘を展開するかは、注目されるところです。

ーーイスラエルのネタニヤフ首相は国民に対して「長く厳しい戦いに突入する」と表明したが、ハマスを絶滅させるということ?

ネタニヤフ首相周辺の人や国会議員の人たちは、そのように言っています。ただ問題は、ガザ地区に地上部隊が入っていけば、イスラエル側にも犠牲者が出るので、それをイスラエル側が受け入れるのかどうか。

また、たくさんの人質が取られているので、その人たちの命をどう救うのかという問題もあり、そう簡単に力尽くで済むという問題ではありません。

ただ、ハマスがこれだけ大規模に仕掛けてくるとは思っていなかったし、地上部隊が入ってくるとも思っていなかったわけで、防空システムの面でも油断があり、この一連の騒ぎが落ち着いたら、恐らくネタニヤフ首相は責任を問われると思います。

数千発の発射で防空体制かいくぐる

「アイアン・ドーム」の命中率は約95%に上るが、奇襲攻撃の当日はユダヤ教の安息日で、さらに一気に数千発ものロケット弾が発射されたため、十分に迎撃できなかったのではないかと高橋名誉教授は指摘する。

ーー「アイアン・ドーム」はなぜ奇襲攻撃を防げなかった?

「アイアン・ドーム」は、ハマスが打ち込んでくるロケット弾に対応するために作られたシステムです。

ハマスのロケット弾は手製のものが多く、低い高度でスピードも遅く、花火が少し進化したようなものです。

ハマスのロケット弾を撃ち落とすアイアン・ドーム
ハマスのロケット弾を撃ち落とすアイアン・ドーム


2010年代から実戦配備され、約95%の命中率で入ってきたロケットの撃ち落としに成功しています。ロケットが発射されるとイスラエル側は着弾地点を計算して、海や砂漠など人がいない所では発射しませんが、人がいるところに飛んできた場合は撃ち落としています。

ガザから放たれた無数のロケット弾を迎撃
ガザから放たれた無数のロケット弾を迎撃

ただ弱点もあって、近くから撃たれると対応が難しく、4キロ以内から撃たれた場合は危険だと言われています。
射程距離は4~70キロと言われているので、かなり遠くのものを撃ち落とすことができます。
 

ーー今回はなぜ撃ち落とせなかった?

ハマスのロケットはイスラエル側の民間人が住んでいるところにも着弾していますが、撃ち落とせなかった理由についてはいくつか考え方があります。

1つは、イスラエル側がユダヤ教の安息日で、祭日だったため兵員を十分配備しておらず対応できなかったということ。

2つ目は、初日にハマスは5000発のロケット弾を発射したと言っています。
イスラエルの発表では2000発ですが、いずれにせよ多数のミサイルを一気に撃たれたため、アイアン・ドームでも対応できなかった。

100発単位で撃たれた時は十分に対応してきましたが、飽和状態に撃たれたら弾の数が足りなくなって撃ち落とせなくなった可能性があります。アメリカが発表した緊急軍事援助の品目を見ても、「アイアン・ドームの弾」としっかり記載されています。

3つ目に、イスラエルは、アイアン・ドームのシステムを10ユニット持っていると言っていますが、配備場所は国家機密です。イスラエルはレバノンの武装勢力「ヒズボラ」とも緊張状態にあり、おそらくアイアン・ドームの主体は北に向けられていてガザ付近にはあまり配備していなかったのではないかともいわれています。

よって、アイアン・ドームは非常に強力だけれども、多数のミサイルを同時に撃ったら守り切れないだろうというハマス側の思惑が見事に成功した形です。

イスラエルがそれに気を取られている間に、ハマスの戦闘員はイスラエル側に突入したということで、戦術的にはハマスがイスラエルを出し抜いたと言えます。

アイアン・ドームは非常に強力な防衛兵器ではありますが、完封できないことが分かりました。

地域紛争から世界的大戦も

ハマスが「民間人の人質を殺害する」と脅しをかける一方、イスラエル側は近く地上侵攻を始めるとの観測もあり、犠牲者拡大の恐れが高まっている。

戦闘がエスカレートすれば、世界的な規模の紛争に発展する可能性もあるとし、高橋名誉教授は為政者たちの慎重な対応を促す。

ーーイスラエル、ハマス双方のバックにはどういった勢力がある?

ハマスはパレスチナ・ガザ地区を実行支配する勢力ですが、ハマスを正しいと思っている組織はイスラム社会にたくさんあります。
その1つの大きな勢力は、レバノンを中心に活動しているシーア派イスラム主義組織「ヒズボラ」です。

もしヒズボラがハマスに呼応してイスラエルとの戦いに参戦すれば、“ヒズボラ・ハマス 対 イスラエル”の戦争に拡大します。

イスラム組織・ハマス
イスラム組織・ハマス

そこでイスラエルがヒズボラを攻撃したら、ヒズボラを支援しているイランとの緊張も高まります。

ですから最悪のシナリオを考えると、「イスラエル 対 イラン」の戦争が始まる。その可能性は今のところ高くありませんが、そういった懸念もあります。

イスラエル軍はガザ地区の高層ビル「パレスチナ・タワー」を破壊
イスラエル軍はガザ地区の高層ビル「パレスチナ・タワー」を破壊

さらにイランはロシアと親しいし、イスラエルはアメリカが支援しています。

「イスラエル 対 イラン」の戦争となれば、「アメリカ 対 ロシア」の構図となる可能性があり、現場が混乱して大戦争に発展すれば第三次世界大戦となります。

可能性は高くありませんが、ゼロではないです。
各国の政策担当者は注意深くこの状況を乗り切ってほしいと思います。

ーー中東での対戦はこれまでも何回かあった?

中東ではちょうど50年前の1973年、イスラエルとシリアとエジプトが戦争をしましたが、エジプト軍が追い詰められた時にソ連軍が介入する姿勢を示し、それを牽制するためにアメリカが全世界の米軍を核戦争警戒態勢に置くという状況がありました。

この時は中東戦争をベースに、核戦争の一歩二歩手前ぐらいまでの状況を引き寄せました。

ですから、中東は地域紛争ですが、これがきっかけで世界的な紛争に発展する可能性は常にあります。起こると大変ですから為政者たちは本当に慎重に対応してほしいです。

「ヒズボラ」の動きに世界が注目

今後の展開について、高橋名誉教授は3つの点に注目すると話す。

ーー日本にとっても遠い国の話ではない?

中東で戦争が起これば自動的に石油の価格が上がります。
ガソリンの値段が高くなり我々の生活に跳ね返ってきます。

日本の中東原油への依存度は95%です。
その中東で戦争が起これば、我々も安心していられるはずはないです。

瓦礫の山と化したガザ地区
瓦礫の山と化したガザ地区

ウクライナの戦争で石油の値段が上がって、今回の戦争で更に上がっているという状況です。
人々が亡くなっていることは悲劇ですが、経済的にも悪影響が及んでいることは意識しておきたいです。

ーー今後、戦争状況をどう見守ったらいい?

戦争のシナリオとして考えるべき点は、3つあります。

1つは、イスラエル軍が本当に地上部隊を入れるのか。
入れるならガザ全体を占領するのか、あるいは、一部の占領に留めるのか。

2つ目は、現在ハマスがロケット弾をイスラエルに撃っていますが、これがいつまで続くのか。
これが続く限り、イスラエルとしては戦争をやめるわけにはいかないということになります。

3つ目は、戦争が拡大するかどうかは、レバノンのヒズボラが参戦するかどうかにかかっています。イスラエル軍は既にイスラエル北部の守りを固めていますが、ヒズボラの動きに世界が注目しています。

軍事大国とゲリラ組織の格差

一方、今回の戦闘は、野球の大リーグのチームとリトルリーグのチームくらい力の差があると高橋名誉教授は指摘する。

ーー中東の人たちはパレスチナに同情的?

中東でテレビを見れば、パレスチナ人がいかに日々苦しんでいるかが伝わってくるので、中東の人の大半の意識はパレスチナ支持です。

政府はいろいろな都合があって、イスラエルと国交を結んだり、アメリカと親しくやっていますが、中東の市民の大半はパレスチナ支持です。

ハマスが襲撃した音楽フェス会場
ハマスが襲撃した音楽フェス会場

その影響もあって今回の紛争が始まってから、イスラエル人の観光客がエジプトで事故に遭ったり、殺害される事件も起きています。中東の人たちは、イスラエルという国に良い感情を持っていないことを知っておく必要があります。

一方、意識しておかないといけないのは、イスラエルはジェット戦闘機もあるし、核兵器も持っている軍事的超大国で、ハマスは単なる武装組織です。

力関係から言えば、野球の大リーグのチームとリトルリーグのチームくらい力の差があります。

その中でガザ地区への一方的な爆撃が今続いている状況です。