「たたき台でいいから作ってみてよ」

一度はそういった指示を受けたことがあるだろう。

そんな指示を受けたら「完璧なものを作らなければいけない」「批判を受けないものを」と思ってしまう。

一方、指示した上司らも、例えば「完成品並のできばえ」「新人や部下が作るもの」など、たたき台について誤解していることもあるかもしれない。

外資系コンサルティングファームやスタートアップにおいて実践・活用した仕事術をまとめた、田中志さんの著書『仕事ができる人のたたき台のキホン』(アルク)から、たたき台の5つの誤解について一部抜粋・再編集して紹介する。

たたき台へのありがちな5つの誤解

便利でおもしろい「たたき台」ですが、それほど重視されていないのはなぜでしょうか。

よいたたき台を作るのが当たり前になっている業界・企業もありますが、まだまだ一部に限られていると感じます。

たたき台を作る習慣がない、あったとしても悪いたたき台が広がっているほうが圧倒的に多そうです。

それには、たたき台についていくつかの誤解があるからだと思います。

ここから5つの誤解を紹介していきます。

【誤解1】アイデアがよかったら、たたき台は必要ない!?

よいアイデアを思いつくと、それに酔いしれてしまうのは「あるある」の1つです。

客観性がなくなり、画期的なアイデアだと信じ込んでしまいがちです。

例えば、ChatGPT(人工知能による文書生成サービス)が出力したコピーを見て、「これでコピーライターは不要になる!」とSNSでつぶやく人もいましたが、この誤解の典型例だと思います。

あらゆる初期の思いつきのアイデアは、冷静になってみると、どこかがおかしかったり、抜けがあるものです。夜に思いついたアイデアを翌朝、客観的に見つめてみると全然ダメだった、そんな経験がみなさんにもあるのではないでしょうか。

アイデアは、自分のアタマの中にある時点では価値はありません。誰かに伝えて反応があって初めて、アイデアに価値が生まれます。

つまり、そのアイデアがいいのかどうかは、人の反応によって決まります。

たたき台は完成度を高めるためのもの

【誤解2】完成品並みに作らなければ、たたき台としての意味がない!?

こう思っている人は完璧主義かもしれません。

もしくは、過去にたたき台を作って上司に提出したら、「完成した段階で持って来てよ。これじゃ判断できないよ」と言われた苦い経験があるのではないでしょうか。

そういう人に声を大にして伝えたいのは、3つあります。

・完成品でも、完成度が低かったら意味がない
・完成度を高めるためには、他人を巻き込むための【たたき台】を使うべき
・そこで使う【たたき台】は、完成品とまったく異なる形式・密度で問題ない

たたき台はその中身を判断してもらわなければ意味がありません。

キレイで読みやすく、完璧な資料にするのは何のためでしょうか。

本人としては完璧に仕上げたつもりの企画書が、「これじゃ中身がないよね」と一蹴されたら、その薄い中身のまま、見栄えばかりがよい資料を作るのは本末転倒です。

たたき台は“完璧”なものに仕上げる必要はない(画像:イメージ)
たたき台は“完璧”なものに仕上げる必要はない(画像:イメージ)
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たたき台の段階では内容やコンテンツに焦点を合わせ、わからないところ・悩んでいるところは素直に開示し、なんなら隙を見せたほうが最終的な完成度は高くなります。

もし、上司が「完成させてから持って来て」と言ったとしても、(勇気を持って)聞き流し、「ちょっとだけ確認したいことが…」とたたき台をみせて意見をもらうことをおススメします。

なんでも上司に合わせる必要はありません。

自分が本当に大事だと思ったことは、貫く勇気も忘れないでください。「いや~、はじめにこういうのを作らないと、全体像が見えないんですよねえ」などともっともらしいことを言って、確認してもらえる流れをつくりましょう。

たたき台は完成品へ向けてベースになる

【誤解3】完成品と異なる形式のたたき台を作るのって、二度手間では?

この誤解を持つ人には、「完成品の段階で大きな修正が入ったらもっと大きな手戻りになるよ、それでも大丈夫?」と確認したいです。

二度手間を嫌う人ほど、1つの形式にこだわるあまり、内容の検討で行きつ戻りつが発生し、手戻り(途中で問題が発見され、前の状態に戻すやり直し)が多く発生している印象があります。手戻りは最小限に収まるのが善です。

確かに、たたき台の段階から完璧を目指し、自分なりにすべてを完成させたうえで上司に確認してもらったほうが、一度で終わって効率的に思えるかもしれません。

ただ、それが「短期的な自分目線」であり、「相手からの目線」「完成品から逆算した長期視点」が抜け落ちています。

完成した(気になっている)ものに修正が入って、その前提から見直すことになると、修正範囲が広がり、かえって手間も時間もかかってしまいます。

プレゼン資料を30枚作った段階で全部がやり直しになるのと、手書きのたたき台の段階で内容を固め、そこから完成品を作り始めるのと、どちらが本当にラクでしょうか。

【誤解4】たたき台を作るのは面倒

この誤解は、完成資料と同レベルのものを作る必要があると考えているからではないでしょうか。

たたき台は手書きでパパッと書けばいいのです。作業時間は1時間もかからないかもしれません。

むしろ中堅やベテランが作るもの

【誤解5】たたき台は新人が作るもの

たたき台にまつわる誤解のなかで、よい仕事を阻害する最大のものの1つがこれです。

よい仕事をするには、よいたたき台からチームワークを始めるべきで、必ずしも新人がそれに適した人材というわけではありません。

むしろ仕事を力強く進めていくには、中堅やベテランが作らなければならないものです。

たたき台の作成は新人の役目ではない(画像:イメージ)
たたき台の作成は新人の役目ではない(画像:イメージ)

私が所属していたコンサルティングファーム「ボストンコンサルティンググループ」では、たたき台を作るのは新人だけの役目ではありませんでした。

そこでは業界歴数十年のベテランコンサルタントも、自らたたき台を使って仕事をしていました。特に、超大企業の経営方針を検討するような重要案件では、シニアメンバーこそ積極的にたたき台作りにコミットしていました。

ベテランコンサルタントが作るたたき台を見るだけでも、当時の私にはとても勉強になりました。

「自分のやりたい仕事はこうやって進めていくものなんだ」ということが、ベテランのたたき台からよく見えてきたのです。

上司も忙しくて、部下の指導までは手が回らないことがあります。若いうちから「自分でたたき台を作る→出す」という作業を繰り返すと、自然と仕事を覚えていくことができます。早い段階でたたき台を作り始めたほうが、仕事も早く習得することができます。

『仕事がデキる人のたたき台のキホン』(アルク)
『仕事がデキる人のたたき台のキホン』(アルク)

田中志
Cobe Associe代表。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。2015年にヘルスケア領域の社内アワードを受賞。その後、博報堂グループのスタートアップスタジオ・quantum、デジタルヘルススタートアップ・エンブレースの執行役員を経て、2018年に大企業の新規事業やスタートアップ支援を行うCobe Associeを創業。2019年度神戸市データサイエンティストとしても勤務、新規事業やデータ活用、ヘルスケア領域に関する講演も実施。著書に『情報を活用して、思考と行動を進化させる』(クロスメディア・パブリッシング)がある

田中志
田中志

Cobe Associe代表。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。2015年にヘルスケア領域の社内アワードを受賞。その後、博報堂グループのスタートアップスタジオ・quantum、デジタルヘルススタートアップ・エンブレースの執行役員を経て、2018年に大企業の新規事業やスタートアップ支援を行うCobe Associeを創業。2019年度神戸市データサイエンティストとしても勤務、新規事業やデータ活用、ヘルスケア領域に関する講演も実施。著書に『情報を活用して、思考と行動を進化させる』(クロスメディア・パブリッシング)がある