ウクライナの反転攻勢開始から10日あまり。BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を招き、現代の戦争で勝敗を大きく左右する重要な要素であるとされる「兵站(へいたん)」という視点から、今後の展開を分析した。

反攻に出るウクライナ軍は、ロシアの弾薬庫をミサイル攻撃

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新美有加キャスター:
ウクライナ空軍は6月18日に、ロシア軍の重要な物流拠点とされるヘルソン州のルイコヴェにある大規模な弾薬庫をミサイルで攻撃し、大規模な火災が発生したと発表。いわゆるストーム・シャドウでのミサイル攻撃が行われた。ロシア軍への影響は。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
被害の程度によって変わるが、少なくともここに弾薬庫があることを完全にウクライナ軍が確認している証左。ロシアは新たな防護措置をとるとか、弾薬を移動させる必要も出てくるかもしれない。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長
高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ロシア側もストーム・シャドウの迎撃には苦しんでいる。GPSの妨害が効かない相手なので撃ち落とすしかないが、なかなかうまくいかない。

新美有加キャスター:
ダムが決壊したことで、ウクライナ軍が東側からの攻勢を試みているというロシアメディアの報道もあったが。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
いずれ水は引く。数日前から水位が下がっている話もある。元々、湖だった部分が単なる川になり、渡れるようになる。ロシアの防御陣形もそれほど作られていない可能性があり、ウクライナは渡河作戦のタイミングを検討しているのでは。

「兵站」とは…戦時の前線への補給はどのように行われるか

新美有加キャスター:
戦況を左右する武器や弾薬の継続的な供給「兵站」について。ウクライナの反転攻勢開始前、NATOのストルテンベルク事務総長が「これまで供与してきた兵器には弾薬・スペアパーツ・メンテナンスを維持するための兵站が必要となる。この戦いは消耗戦であり、兵站の戦いでもある」と発言。兵站のエキスパートである山内さん、ポイントについてご説明を。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
兵站は、後方支援で部隊に活動の基盤と可能性を与えるキーとなる機能。時系列的には、まず「補給品の調達能力」。これは調達に加え生産も含む。弾薬等を国でどれだけ生産できるか、できなければ他国からどう調達するか。これにより戦力の限界が決まる。次に「輸送能力」。部品、燃料、兵員の食事などをいかに適時適切に必要な場所に送れるか。空路、海路、また陸路はトラックのみならず鉄道なども含めた能力。そして「後方部隊の整備能力」は、装備品が故障したり敵の攻撃で被害を受けたとき、いかに迅速かつ的確に整備して前線に戻すか。つまり稼働率を上げること。この3つが兵站の肝になる。

新美有加キャスター:
兵站の目安として、1個旅団4000人が3日間戦うのに必要な弾薬、燃料、食料、水、衣服消耗品などは合わせて3000トン。20トンの大型トラックで250~300台分となる。どう計画するか。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
戦闘のために兵站計画を作る。開始時は1週間分ぐらいを基準にして、その後、追送という形でどんどん運んでいくというのが一般的な戦い方。戦闘の状況に応じて弾の消耗度なども変わるので、日々計画の修正をしていく。

反町理キャスター:
戦闘地域があり、その後ろに補給処、その後に集積所という3段階。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
正確には、まず師団・旅団の団列が、敵の砲兵から50~60キロの射程外のところにある。その後ろに状況によって前方支援地域があり、その後ろに補給処、さらに後ろに集積所。作戦によって違うが、1つの集積所が前方の3~4個の補給処を管理し、それぞれの補給処が前方の2~3個の前方支援地域を見る。そこから各部隊の兵站・団列に持っていく。枝のようになっていくイメージ。

反町理キャスター:
ウクライナが、射程80キロのハイマースや射程250キロのストーム・シャドウを持つことで補給処などが容易に攻撃の対象となると、ロシア軍は全体の陣形を後ろに下げざるを得なくなるか。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
一般的にはそう。補給処などの施設では、実はゲリラ等が隠密に侵入してきて破壊工作を行うほうが脅威だった。だが、長射程のミサイル等の登場でピンポイント攻撃の脅威が出てきたことは、非常に注目されている。

新美有加キャスター:
250~300台のトラックがどのように移動するのか。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
一度に移動するのではないし、自隊で持っていくものもある。特にロシアやウクライナの場合は広域なので、鉄道を早期に設置し、駅からトラックで持っていく補給方法が中心になる。一方向ではなく数方向から、時間もそれぞれ変えて、主として夜間に移動する。

キーウ制圧の失敗、ハルキウ奪回を許した背景にロシアの兵站の崩壊

新美有加キャスター:
2022年2月のロシア軍によるキーウ侵攻の失敗は、兵站の失敗によるものではないかと言われる。東部・西部・北部からキーウの制圧を目指して侵攻開始したロシア軍に対し、迎え撃つウクライナ軍はまずロシアから繋がる鉄道を破壊。さらに平地が泥濘化しており、ロシア軍の移動が道路に限定された。これによりロシア軍の兵站機能が麻痺し、ウクライナ軍の反撃を受けて撤退せざるを得なくなったと。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ポイントの一つは、この地域の輸送基盤が全般的にそれほど強くないこと。ベラルーシとの間が沼地で、道路も細く鉄道もあまりないため、支えられる兵力が少ない。ロシアが兵力を分散させたことが批判されるが、おそらく15万の兵力を支える兵站基盤をここに作れず、分けざるを得なかったと考えられる。

反町理キャスター:
兵站部隊としてというより、作戦全体の前提として読みが甘く計算違いが出たか。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
大きくはそう。だが兵站部隊としても、柔軟に対応できなかったという点で大きな失敗をしていたのでは。

新美有加キャスター:
ウクライナ軍は、2022年9月にハルキウの奪回に成功。北部の都市イジューム南部から攻撃し、その後北部から回り込んで包囲に成功した。さらに交通の要衝クピャンスクを奪還して後方連絡線を遮断。ロシア軍が逃走し、ウクライナ軍はハルキウ州のほぼ全土を奪回して国境線まで進出した。数日間で数十キロの進軍を成功させたと見られる。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
このクピャンスクという町が鉄道の拠点だった。ここをウクライナ軍が取ったことで、あるいは榴弾砲の射程に入れて鉄道が使えなくなったことで、付近のロシア軍に補給が入らなくなり、一気に逃げた。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
部隊への補給が途絶え、戦わずして敗走する他なかった。まさに兵站線を切ったいい先例の一つ。

南西諸島の防衛のため、自衛隊に必要な兵站の備えとは

反町理キャスター:
日本の防衛予算は、正面装備にはお金を使うが、後方の兵站に対してどのくらい予算を割いているのか。組織力など含め、自己評価としてはどうだったか。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
そもそも、それだけの備蓄を持っていないのが事実。予算の関係で弾は限定されており、当然その分、輸送能力も限定される。本当に有事のときにこれでいいのかという議論は、もうずっと昔からある。もっと痛いのは、備蓄する弾薬庫の絶対量も少ないこと。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
自衛隊は正面装備重視、後方・兵站軽視だとずっと言われている。だがそこには理由があって、正面の部隊を作るのにはものすごい時間がかかるのに対し、弾は買えば1~2年でどうにかなるので買えばいい、という考え方だったと聞く。問題は必要なときに買えるか。今後5年間で増える防衛費43兆円のうちの15兆円は継戦能力のためのもの。つまり弾薬など。今回、政府は必要なときに弾を買う決断をできたということ。

新美有加キャスター:
2022年末に閣議決定された新たな安全保障関連3文書では、南西諸島の防衛強化策がうたわれている。宮古島に加えて石垣島に陸上自衛隊の駐屯地を新設。嘉手納基地ではアメリカ軍の弾薬庫の共同使用を拡大することが決まっている。また沖縄市の射撃訓練所に弾薬などの補給処を新設することに。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
平時のうちに事前集積をしておくのは非常に重要なこと。その意味で今ちょっとずつ前に進んでいるが、ただ足りない部分はまだあり、補給・輸送能力を増す必要がある。有事の際に使える民間の船もあり、訓練や演習にも参加してくれているが、絶対的な輸送能力としてはまだまだ不足している。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
旧日本軍が沖縄本島だけを守ろうとしたのに対し、今は石垣島・宮古島などの島々を全て守らなければならない。当時より難しいことをやろうとしており、海上輸送の手段を確保するとともに、そもそもの戦闘力がいる。そしてもう一つ、最も重要なのは国民保護、つまり避難。補給に行けば帰りの船で避難できるので、輸送力の強化は避難能力の強化と同じ。

山内大輔 元陸上自衛隊補給統制本部長 元陸将:
回収する補給品もあり、帰りの船を100%住民避難に使用するのは困難。また自衛隊の船で避難してそこを攻撃されたとき、国民ではなく敵の船を攻撃したのだと相手方は主張できるので、そこにも気をつけなければいけない。

(BSフジLIVE「プライムニュース」6月19日放送)