是枝裕和監督の最新作「怪物」。6月6日放送の「イット!」で、今作に対する監督の思いや、脚本家の坂元裕二さん、音楽を手がけた坂本龍一さんとのエピソードを中心に伝えたが(【直アタリ】カンヌ2冠で話題の「怪物」 是枝裕和監督に単独インタビュー)、この記事ではオンエアに入りきらなかった監督の言葉を伝えたいと思う。 

是枝映画 創作の源は 

これまで私は、2018年「万引き家族」や2022年「ベイビー・ブローカー」の舞台あいさつの司会や、「怪物」作中のニュースの読み手など、何度か監督と仕事をご一緒している。そのたびに感じていたのは「是枝監督の創作の源はいったい何なのだろう」という疑問だった。

社会が抱えるさまざまな問題を反映させ、観る人にその問題について考えるきっかけを与える作風は、社会派、という一言では片づけられないインパクトを、最新作が公開されるたび世間に与えている。監督はきっと、日頃から映画のアイデアを探しながら過ごしているのだろう。私は、そう思っていたのだが…。 

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ーー是枝監督が題材をピックアップするときの判断基準と言いますか、ネタ探しはどうされているんですか? 

ネタがどこかに転がっていないか、と思いながら日々生きているわけではないので、そういうアンテナが常に動いてるわけでもないんですよね。日々触れているいろんな事件やニュース、読んだ本といったものは、自分の中で一過性のもので消えてしまうものが大半ですが、時々引っかかって残るものがあるんですよ。自分の中で沈殿したものを、鎮まった後にもう一度その水の底を見てみる、みたいな作業がやっぱり大切で。

そうして“引っかかって残ったもの”“沈殿したもの”をノートにまとめるという。まず引っかかった理由を書き出し、関連する本を読んだり、人に会って話を聞いたりする。映画になるのは、ノート化したうちの、多くて2~3割だそうだ。 

2004年の「誰も知らない」は実現までに15年かかり、その間変わっていく自分の感覚を反映させながらリライトを重ねたという。 

“出足の遅さ”を強みに 

取材をしたものをその日のうちにオンエアすることが当然なニュース番組とは(比べるものでもないが)、全く別世界の話のようにすら感じる。そんなことを考えていると監督は、こんな話をしてくれた。 

映画を撮り始める前、テレビディレクターとしてドキュメンタリーなどを制作していた時代に“あるコンプレックス”を抱えていたという。

「常に遅い。出足が遅いんです。僕、瞬発力がないので、考えてる時間が必要なんですよ。だけど多分、テレビの報道の現場って一つのテーマをずっと抱え込んで、継続して行くのは難しいメディアだったりするじゃないですか。それがコンプレックスで、テレビに向かないんじゃないかなと思っていたんです。だけど、それは個性だと考えていいのだと思って、“遅れる”っていうことを今では自分の一つの方法論にしようと思っています」 

ゆっくりと、時間をかけて思考を重ねる。その先にしか見えないものや表現できないものがある。瞬発力ばかりが求められるスピード感の速い現代でも、“遅いこと”がどこかでは必ず強みになるのだと思った。 

作り手からの連鎖が社会を変える 

そんな監督の作品は、あえて結論付けずに観る人に続きを考えさせるようなエンディングになっていることが多い。“映画を通して、社会がどんな形であれ少しでも変わること”を期待しているのか。少し乱暴な質問かもしれないと思いながら聞いてみた。 

「結果的に、変えたいと思ったことはないです。変わってしまう危険性というものは常に抱くべきだと思いますけれども、それは多分メディアに関わっている人間が常に自分に問わなければいけないところだと思います」 

変えたいと思ったことはないが、変わってしまう危機感は抱くべき。では、どんなときに社会は変わるのか…監督はこう続けた。 

「これは僕の経験ですけど、おそらく自分の中で何かが変わらないとそれが連鎖していかないと思うんですね。作り手の中で何かが変わる、作り手と対象の関係の中で何かが変わることが、結果的に社会を変えることもある、良くも悪くも。とは思います」 

自分が変わる。そして、取材や撮影の段階で生まれた変化をありのままに受け止めて表現する。大きな社会はすぐには変わらなくても、半径数十メートルで生まれた小さなさざなみは、いずれうねりとなって世界を変えていく…。 

作品の答えは作りながら見つける 

「あらかじめ答えを持っていて作品を作るのではなくて、作品を通してなにか作り手に発見がある。それが変革につながる。自分の。それがベースだと思います。そこから先は多分、コントロールができない部分でもあるから、作ったものがどう広がるのか、広がらないのか、とかどこに届くのかとか。まずはその出発点なんじゃないですかね」 

自分が変わらないのに社会を変えようと考えることはおこがましい、そう続けた監督の言葉に、陳腐な表現で恥ずかしいが“ハッ”とした。 

普段私は、まだまだ半人前の取材者ながら、一つのゴール、伝えたいことを定めてから取材を始める。パズルのピースを集めるようにインタビューをし、映像を撮り、情報を集めていく。

しかし、ゴールを設定することで、見落としているピースがあるのではないだろうか。見逃してはならない大切なものを見落としてはいないだろうか。監督の言葉を聞きながら、立ち止まって考えた。 

取材終わりに、宮司さんも1年くらいかけて“長期的な目線”での取材ができるといいですね、と声をかけられ、まずは目の前のことに追われながら過ごす毎日を見直すところから始めなければ、と思った。 

(執筆:フジテレビアナウンサー 宮司愛海)

映画「怪物」是枝裕和監督×宮司愛海キャスター単独インタビュー

宮司愛海
宮司愛海

世界は目に見えないものだらけ。
スポーツ取材を通して、アスリートの皆さんが重ねる見えない努力に触れてきました。だからこそ、自分から見える景色だけでなく、隠れているものごとを掘り起こし、ていねいに言葉にして伝えていくアナウンサーでありたい。そんな思いで仕事をしています。
福岡県で生まれ育ち、2010年に早稲田大学入学と共に上京。1年の休学を経て15年にフジテレビ入社。 入社後は「めざましテレビ」やバラエティ番組などを担当し、2018年からスポーツニュース「S-PARK」を担当しながら幅広いスポーツ中継に携わる。夏季東京オリンピック、冬季北京オリンピックでのメインキャスターを経て、2022年4月からは報道にフィールドを移し「FNN Live News Days」(月、火)を担当中。