仕事をしている時に「上司と合わない」と感じたことはないだろうか? 自分と考え方や仕事の進め方が異なると、ストレスとなることもあるだろう。
そんなミスマッチを防ぐため、自分の上司を自分で決められる「上司選択制度」を導入した企業がある。
2019年に取り入れたのは札幌市で建築物の構造設計を主に手掛けている「さくら構造」で、同社によると建築業界では初めてだという。
同社の設計部には6つの設計室があり、所属する入社2年目以降の社員約100人が、上司となる班長を選んでいる。
上司の特徴をまとめた「班長活用マニュアル」
同制度のために、毎年春になると各班長の性格や指導の特徴をまとめた「班長活用マニュアル」を同社の田中真一代表取締役が制作し社内に公開。
このマニュアルは約50ページのボリュームがあり、「社員の不安や悩みのケア」や「顧客満足度向上」など上司の特性を14項目に分けて、「◎:特に期待できる」「○:期待してよい」「△:普通」「×:期待してはいけない」の4段階で分析。さらに上司1人につき5~6ページずつ、仕事の姿勢や工程管理、現場対応力などについて長所短所が包み隠さず詳細に書かれている。
部下となる社員はマニュアルを参考にして、5月の希望調査に所属したい班を第2希望まで書いて提出。すると調査結果や人数バランスを考慮した上で異動が行われるという。
この制度によって、「上司」は自分を選んだ部下とのコミュニケーションが円滑になり、「育てる力」も向上したそうだ。また「部下」側は、自分を育てる上司が選べるのでキャリアアップが積極的になったという。制度を活用して実際に異動した社員はこれまでに8人いて、従業員満足度も向上しているそうだ。
「上司と合わない」退職希望者から制度が誕生しました
働く上で基本的に上司は選べないものだが、性格や仕事の進め方を理解した上で選べるのであれば、社員は嬉しいはず。また選ばれた上司も、そんな社員が部下となって一緒に仕事ができれば、指導などもしやすいのではないだろうか。
しかし、良いことばかりではないようだ。実は設計室は以前7つあったのだが、初めて制度を実施すると、ある班から5人が異動して消滅してしまったという。
それでも続けた結果、会社にはどんな変化があったのか?選ばれる側の上司にはどんなメリットがあるのか? さくら構造の担当者に聞いてみた。
――そもそも「上司選択制度」を考えたのは誰で、どんなときに思いついた?
代表の田中が発案しました。「上司と合わない」という理由で退職を申し出た社員がいたのですが、そんな理由で会社を辞めさせるのは申し訳ないと思ったと同時に、「上司を選べる制度を作ればいい」という発想が生まれました。それ以来、「上司と合わない」という話を社員から聞くことは無くなりました。
――選ばれる側の上司から反対の声は出なかった?
反対の声は出ませんでした。代表の田中自身が、苦手な事や得意な事を自分から言うタイプで、創業期から一緒に働いてきた班長にも、自分をさらけ出す風土が根付いていることが大きな要因だと思います。
社員同士でも「苦手な事は得意な人に助けてもらい、自分は得意な事で活躍する」という文化が根付いています。
――制度1年目に1つの班がなくなったことをどう受け止めている?
マイナスには受け止めていません。社員も人間なので強みや弱みがあります。消滅した班の元班長は、部下のマネジメントという仕事に向いていなかっただけで、現在は代表直属の部下(技術開発者)として活躍しています。今は得意な分野で活躍しているということです。
――導入後は、どんな変化があった?
様々な社内制度等を実施しているので、すべてが「上司選択制度」だけの影響とはいえませんが、退職者は制度開始前より減りました。
アンケート回数を重ねるにつれ、異動を希望する人数が減少しているので、今の職場や上司に満足している社員が増えたのではないかと感じています。
結果的に、自らが選択した上司であるという責任感も生まれ、上司の愚痴も減り、今の職場で粘り強く働こうとする意識の変化から定着率も向上しています。
また、この制度を正式に運用開始したおかげで、堂々と今とは違う上司から新しいことを学びたいという希望を出せるようになったため、社員個人のスキルアップや会社全体の生産性向上に役立っています。
――希望する班に入ることで、上司と部下のコミュニケーションは円滑になった?
社員の愚痴が減り、上司の苦手なことや欠点を補おうとする部下が出てきました。班内でのコミュニケーションは円滑になっていると感じますし、その結果、仕事の生産性も上がり、売り上げも伸びました。
――異動したあと、また別の上司を希望することもある?
もちろんあります。導入直後の1回目とは違って、2回目以降に異動を希望する人数は減りました。2回目以降に異動希望を出す社員は、「班を異動して、新しいことや技術を学びたい」という理由が多いです。
班長にも得意分野や苦手分野があります。社内で班異動をすることで、新たな技術や知識を身に着けるために上司を選択できるという側面が、この「上司選択制度」にはあり、定着率も向上しています。通常の会社で、新しいことを学ぼうとすると「転職」という選択肢が多いのではないでしょうか。
――選ばれる上司側にはどんなメリットがある?
班の売り上げや営業実績、部下の育成などを勘案し、総合的に上司の評価に反映されます。弱みも強みもさらけ出し、補い合える関係を築きやすくなっているため、班内でも助け合うという動きが活発化し、結果的に班内の生産性が向上します。
上司も例外ではなく、苦手な事は部下に助けてもらうという考えを持ちやすくなり、部下も上司をサポートするという自主的な働き方ができるようになりました。
結果的に、班長自身も苦手な事に時間を取られることなく、得意な事に力を入れ、ポテンシャルを発揮することができています。
――部下に嫌われたくない上司が“人気取りをする”という懸念は?
上司が部下に優しく接するようになりましたが、優しくすることと甘やかすこととは違うため、班長には常々「締めるところは締めてください」と発信しています。
また、班長は年間数億円の責任を負うことを会社から任せられた存在であり、班長無くしてさくら構造はないということを強く説明しています。その結果、当社の「上司選択制度」は単なる人気投票にはなっていません。
実は「班長活用マニュアル」には田中代表の評価も書かれている。これは代表が班長も兼任しているからで、マニュアルに代表との付き合い方や注意事項を書くことで、部下とコミュニケーションを円滑に行う狙いもあるとのことだ。気の合う上司と働けるこの制度には、他にも様々なメリットがあるようだ。