奈良公園周辺のシカは、鹿せんべいをもらうときに「おじぎ」のような行動をすることで知られている。この「おじぎ」の回数が、奈良女子大学などの研究グループの調査で減っていることが分かった。

調査を行ったのは、奈良女子大学と北海道大学の研究グループ。調査の目的は、新型コロナウイルスの蔓延(パンデミック)による奈良公園の観光客数の変化が、シカに与える影響を明らかにすることだ。

研究グループは2015年から2021年にかけて、奈良公園内の3つの地点(東⼤寺南⼤⾨周辺、奈良国⽴博物館周辺、浮雲・春⽇野公園周辺)で、調査を実施した。

パンデミック前の「2015〜2019年の4月」、およびパンデミック期間中の「2020年6⽉〜2021年6⽉」の毎⽉、調査地を利⽤するシカの数を数えた。パンデミック期間中は、調査地内の観光客数も数え、パンデミック前の観光客数については、奈良市が公表している統計を参照した。

その結果、奈良市を訪れる観光客数は、2015年から2019年にかけて増加したが、2020年と2021年には⼤きく減少した。同様に、調査地を利⽤したシカの数も2015年から2019年にかけて増加し、2019年には1回の調査あたり平均167頭だったが、2020年は65頭まで急激に減ったことが分かった。

鹿せんべいを見せている間の「おじぎ」の回数が減少

また、パンデミック前とパンデミック期間中の供餌者(エサをあげる人)に対するシカの⾏動を⽐較するため、2016年9⽉〜2017年1⽉(パンデミック前)と、2020年6⽉〜2021年6⽉(パンデミック期間中)に、1カ⽉あたり約20頭のシカをランダムに選択し、対象のシカから1メートル離れた場所に調査員が⽴ち、鹿せんべいを⾒せている間に行われた、シカ1頭あたりの「おじぎ」の回数を数えた。

すると、鹿せんべいをもらう際の「おじぎ」回数は、パンデミック前では、調査員が1頭のシカに鹿せんべいを見せている間に平均で10.2回行ったのに対し、パンデミック期間中では6.4回に減少していた。

つまり、パンデミック前に比べ、パンデミック期間中は1回のエサやりあたりのおじぎの回数が減少したことになる。「せんべいを見せている間のおじぎ」の回数が減少した、とも言える。

奈良公園周辺の二ホンジカの「おじぎ」(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)
奈良公園周辺の二ホンジカの「おじぎ」(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)
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そもそも、奈良公園周辺のシカの「おじぎ」とは何なのか?いつ頃から始まったのか?
「パンデミック前に比べ、パンデミック期間中は1回のエサやりあたりのおじぎの回数が減少」。この理由としては、どのようなことが考えられるのか?


研究グループの奈良⼥⼦⼤学・博⼠後期課程2年の上原春⾹さん、同大の遊佐陽⼀教授に話を聞いた。

おじぎは催促に近い意味合い

――そもそも、奈良公園周辺のシカの「おじぎ」とは何?

奈良公園周辺の二ホンジカは、公園内で販売されている「鹿せんべい」をもらうために催促に近い意味合いで、人に対して、特徴的なおじぎのような行動を行います。

この人に対する「おじぎ行動」は、ほぼ、奈良公園でしか見られず、奈良公園のシカが長きにわたって、ヒトと交流してきた結果、発達させてきたと考えられています。


――「おじぎ」は、いつ頃から始まった?

「おじぎ行動」がいつごろから始まったかについては、正式な記録がありませんが、少なくとも34年前から行っていたことを確認しています。

奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)
奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)

――このような調査を行った理由は?

新型コロナウイルスによるパンデミックのために、奈良公園を訪れる観光客が大きく減少しました。この結果、シカとヒトとの交流の機会が減少し、奈良公園を利用するシカの個体数や行動が変化した可能性があると私たちは考え、調査を行いました。

新型コロナウイルスによる人間活動の停滞は、普段は見えづらい、人間活動が野生動物に与える影響を明らかにする貴重な機会であると考えられます。野生動物がヒトから受ける影響の評価を行えるといいなと思い、研究に取り組みました。

「無駄なおじぎをしなくなった」

――「パンデミック前に比べ、パンデミック期間中は1回のエサやりあたりのおじぎ回数が減少」。この理由としては、どのようなことが考えられる?

奈良公園で見られる「おじぎ行動」は、シカとヒトが長きにわたり、交流してきたことによって発達させてきた、特殊な行動です。したがって、パンデミックによって、ヒトとシカとの交流が減ったことが原因で、シカの「おじぎ」の回数が減少したと考えられます。


――ヒトとシカとの交流が減ると、シカのおじぎの回数が減少。これはどうしてだと思う?

コロナ禍で、「おじぎ」をして報酬(鹿せんべい)をもらう機会が減り、無駄な「おじぎ」をしなくなったと考えています。

奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)
奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)

――今は観光客が増えていることから、おじぎの回数も増えていく?

パンデミック期間中において、観光客の増減でシカの「おじぎ」の回数も増減しました。観光客が増えてきている現時点においても、限度はありますが、増えていくのではないかと思われます。

「ヒトとの継続的な交流がなくなれば、いずれは消滅する行動」

――今回の調査結果、どのように受け止めている?

シカは人間活動の変化に敏感であり、その変化に素早く対応できることが示されました。

人に対する、「おじぎ行動」は奈良公園のシカに特有のもので、ヒトとシカの異種間コミュニケーションの手段として発達してきたと考えられています。「おじぎ行動」はヒトとの継続的な交流がなくなれば、いずれは消滅する行動と言えるでしょう。


――今回の調査結果、どのようなことに生かされると思う?

今回の研究では、野生動物が人間活動の変化に対して、柔軟に反応していることが示されました。このように人間活動に対する野生動物の行動特性を明らかにすることで、私たちと野生動物の関係をよりよい方向に導ける可能性があります。

奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)
奈良公園周辺の二ホンジカ(提供:奈良⼥⼦⼤学・遊佐陽⼀教授)

コロナ禍で減った、奈良公園周辺のシカの「おじぎ」。理由として考えられるのは、「おじぎ」をして、鹿せんべいをもらう機会が減り、無駄な「おじぎ」をしなくなったからだ。

奈良公園のシカ特有のこの行動は、「5類」移行後の今、どのように変化するのか。引き続き、注目していきたい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。