中国の台湾統一への強い意思
2023年3月13日、全国人民代表大会が閉幕した。
習近平国家主席は、閉幕に先だった演説にて、「(台湾問題について)外部勢力による干渉と台湾独立分裂活動に反対する」と述べ、米国などをけん制した上で、「祖国の完全統一の実現は中華民族全体の共通の願い」とも語り、台湾統一に向けて強い決意を表明した。

また、その決意は、中国の最高意思決定機関である中共中央政治局常務委員会委員のメンツからも伺えた。
2023年1月9日には、米国のシンクタンクCSISが、台湾有事に関して、中国軍が2026年に台湾へ上陸作戦を実行すると想定した机上演習(シミュレーション)を実施し、大半のシナリオで中国は台湾制圧に失敗したが、米軍や自衛隊は空母を含む多数の艦船や航空機を失うなど大きな損失を出す結果であったとして、大きな衝撃を与えた。

(※勿論、このウォーゲームにおいて台湾の地形等詳細な仮定が置かれているわけではないことには留意しなければならない)
日本においても、台湾有事を想定した企業の動きが見えてくる中で、世間では台湾侵攻の可能性を巡る議論が尽きない。

このように、台湾統一に向け軍事侵攻を想定した議論が活発化する中、諜報戦は既に激しく行われていた。
既に始まっている諜報戦
正にターゲットとなっている台湾においては、中国がスパイを台湾中枢に深く浸透させ、「台湾社会の士気をそごうとする試み」に力を注いでおり、事実台湾内部に浸透する中国共産党スパイによる特務工作が次々と明るみに出ている。
2021年7月、「台湾史上最大のスパイ事件」と呼ばれる張哲平事件が明るみとなった。香港のビジネスマンを偽装した中国陸軍大尉の謝錫章は、台湾において、いわゆるスパイの人心掌握術を用いて協力者を獲得した上で諜報工作のネットワークを構築し、台湾の軍事機密を次々と収集していった。同事件で謝錫章の手先となっていた人物は、前国防部副部長の張哲平をはじめ、元空軍少将等が含まれており、台湾社会に大きな衝撃を与えた。
また、王文彦事件では、蔡英文総統の警備資料が、中国工作員の手によって漏洩させられた。

更に、中国工作員による軍事機密の収集だけではない。
台湾において中国企業が、半導体技術者を違法な形で獲得する動きが活発化しているとし、台湾当局が関連約100社の中国企業を調査したという。この背景に中国政府の意向が関与していることに疑いはなく、国家情報法という強力な法的根拠を持つ中国にとっては、“通常運転”だろう。

正に、中国の千粒の砂戦略に合致する活動であり、筆者の民間での調査経験においても類似の活動が日本国内でも多数見られ、中には防衛関連船舶の情報が転職時に持ち出された事案があったが、その背景には中国関連企業が深く関与していた。
諜報戦・情報戦の戦場は日本でも
皆さんが中国の目線に立った場合、台湾統一に向け仮想敵国に日本が入るだろう。そして、スパイ防止法が存在しないスパイ天国と言われる日本において、台湾・日本等の軍事情報や政治情報を得たいと思うのは当然ではないだろうか。
諜報活動におけるターゲットは、前述の通り何も政府中枢の人間ばかりではない。
現在、熊本県は、TSMC(※台湾の大手半導体企業)を巡り大きく注目されており、九州のシリコンバレーとさえ言われている。台湾半導体企業に対する中国の諜報活動を見てもわかるように、中国の関心は非常に高いだろう。スパイ天国である日本の且つ都心から遠く離れた熊本県において、防諜活動(=カウンターインテリジェンス)が有効に機能するか懸念される。

また台湾統一に向け、諜報活動に加え、情報工作=情報戦が活発になる。特に、中国にとって軍事侵攻のオプションを取らずに平和統一が行えればメリットが非常に大きい。
そのために、情報戦を行うことで台湾現政権を貶め、情報戦に加えサイバー攻撃等を組み合わせ台湾の政治的・経済的脆弱性を煽り、中国に統一することで台湾の発展が加速されるような筋書きを描きたいはずだ。
日本では、TikTok・WeChat等の中国製SNSの危険性や中国の合法的経済活動を通じた経済的侵略はあまり認知されていない。

その関心の低さが台湾統一の一助となってしまう。
日本においても、外からの侵略だけではなく、内からの侵略=工作への対策を強化し続けなければならない。
【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】