ウクライナ侵攻から1年
ロシアがウクライナへ軍事侵攻してから2月24日で1年となる。
ロシアはウクライナ国境に配備していた地上軍を北部、東部、南部から一斉に国境を越え投入させ、侵攻が開始された24日だけでも国内で少なくとも50人以上が死亡、170人あまりが負傷したと報じられた。
当初はロシア軍とウクライナ軍の力の差は明らかで、首都キーウがロシア軍に掌握されるのも時間の問題との見方が強かった。プーチン大統領も短期間のうちにキーウを掌握し、ゼレンスキー政権を崩壊に追い込む計画だったはずだ。

しかし、戦闘が進むにつれ、欧米諸国から軍事支援を受けたウクライナ軍の攻勢が顕著になり、ロシア軍の劣勢が進んでいった。
昨年9月、プーチン大統領が軍隊経験者などの予備兵を招集するため部分的動員を発令し、ドネツクとルハンシク、サボリージャとヘルソンの東部南部4州のロシアへの一方的に併合を宣言し、ロシア軍がインフラ施設や住居施設などを意図的に狙った“テロ”攻撃に拍車を掛けたことなどは、ロシアの軍事的劣勢を如実に示すものだろう。

そして、今後、戦闘が再びエスカレートしそうな予感だ。
ウクライナ国防省の情報当局は1月5日までに、3月の春あたりに大規模な攻勢をロシアに対して仕掛ける可能性を示唆した。また、ウクライナのレズニコフ国防相は2月1日、ロシアが50万人規模の部隊を招集するなど新たな大規模攻撃の準備を進めており、早ければ侵攻開始からちょうど1年となる2月24日にも仕掛けてくる恐れがあると警戒を呼び掛けた。
今後、米国の主力戦車MIエイブラムス、ドイツのレオパルト2、英国のチャレンジャー2など欧米からウクライナへ供与される最新鋭戦車は300を超えるとされ、戦闘が再び激しくなることが懸念される。

白人至上主義など極右勢力の脅威
一方、昨年12月、スペインの首都マドリードにある首相府や米国大使館、ウクライナ大使館などに爆弾が入った郵便物が相次いで届いた事件で、米国政府は1月末、ロシア情報機関が白人至上主義組織「ロシア帝国運動」に対して実行を指示したとする見解を示した。
米国はロシア帝国運動を2020年に国際テロ組織に指定したが、組織の実態やロシア政府との具体的な繋がりなど詳しいことは分かっていない。
しかし、今後も戦況が激化すれば、ロシア絡みのテロ情勢も動きが激しくなる恐れがある。国際テロといえばアルカイダやイスラム国のイメージが先行するが、国境を越えたグローバルなネットワークを形成しているのは何もイスラム過激派だけではない。
テロ研究の世界では、近年、むしろイスラム過激派より欧米を中心に台頭する白人至上主義など極右勢力の脅威が差し迫ったものと捉えられている。バイデン政権は2021年6月に策定した国内テロ対策の国家戦略の中で白人至上主義的なテロを強く警戒し、国連のグテーレス事務総長も同年2月、暴力的な白人至上主義は国家の枠を超えたトランスナショナルな脅威だと指摘した。

欧米各国の白人至上主義組織
過激な白人至上主義を掲げる組織としては、ロシア帝国運動の他にも、米国のアトムワッフェン・ディヴィジョン(Atomwaffen Division)、ライズ・アバヴ・ムーブメント(Rise Above Movement)、ザ・ベース(The Base)、英国のナショナル・アクション(National Action)北欧のノルディック・レジスタンス・ムーブメント(Nordic Resistance Movement)などが挙げられる。
こういった組織は以前のアルカイダやイスラム国のような指揮命令系統を持っているわけでなく、組織の幹部や構成人数などで不明な点も多く、実際フランチャイズな形をしている可能性が高い。
リベラルな価値観や異文化を敵視攻撃
そして、こういった白人至上主義組織は、基本的には多文化主義、多民族主義などリベラルな考えや価値観を嫌い、たとえば、「移民や難民によって浸食された欧米、白人の世界を外者から取り戻せ」などのような極右的な主義主張を掲げており、リベラルな価値観を重視する欧米各国の政権や政党を敵視する。
77人の犠牲者を出した2011年7月のノルウェー連続テロ事件の実行犯アンネシュ・ブレイビクの犯行動機はそれを物語る。アンネシュ・ブレイビクは、イスラム主義から自国を防衛するのは使命であると感じ、異文化へ寛容な政策を採り続けるノルウェー政府に不快感を抱いていたと動機を語っている。

また、2019年3月、ニュージーランド・クライストチャーチで起きたイスラム教礼拝所(モスク)銃乱射テロの実行犯ブレントン・タラントは、犯行前に「Great Replacement(偉大なる交代)」と題するマニフェストをネット掲示板に投稿し、同様に「移民や難民によって浸食された欧米、白人の世界を外者から取り戻せ」のような主張を強調し、移民・難民へ寛容なドイツのメルケル元首相やサディク・カーンロンドン市長を非難する一方、トランプ前大統領を「白人至上主義のシンボル(Symbol of white supremacy)」などと褒めたたえた。
そして、この事件に触発されたかのようなテロ事件が、2019年4月のカリフォルニア州・パウウェイシナゴーク襲撃事件、2019年8月テキサス州・エルパソショッピングモール無差別銃乱射事件、2019年8月ノルウェー・バールムモスク襲撃事件、2019年10月ドイツ・ハレシナゴーグ襲撃事件、2022年5月米ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで発生したライフル銃乱射事件など断続的に続いている。
これらテロ事件の実行犯は白人の若い男で、イスラム教徒やユダヤ教徒、ヒスパニックや黒人などを意図的に標的とし、白人優位の欧米社会を取り戻そうという思想を共鳴していた。
プーチンと白人至上主義組織との親和性
そして、こういった白人至上主義を貫く組織や個人は、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領を意外と好意的に受け止める。これまでのプーチン大統領の言動から、同人がリベラルな価値観を重視するとは考えにくく、チェチェンやコーカサスなど、プーチン大統領は非白人、国内少数派に厳しい政策を取り続けてきた。
また、2019年6月、プーチン大統領は実際、「リベラルな価値観は時代遅れだ」とも指摘している。こういったプーチン大統領の価値観や主義主張は白人至上主義のそれと重なる部分が多い。

今後、ロシア・ウクライナ戦争が再び激しくなっても、白人至上主義組織や個人による大規模なテロが欧米諸国で発生する可能性は確率論としては低い。しかし、欧米諸国内にはプーチン大統領の主義主張に同調するような組織や個人が存在することも事実である。
暴力的な白人至上主義の脅威が残る中、今後はプーチンロシアと白人至上主義が1つの導火線として繋がり、結果としてロシア絡みのテロが今後活発化することが懸念される。
【執筆:和田大樹】