「医療の力で“飲むだけ”ダイエット!」
「空腹感や無理な運動なしで体重ダウン!」
…こんな“魅力的”な広告が、ネット上には数多く出ている。医師自身が「私もこれで痩せました」と謳っているものもある。
「メディカルダイエット」と呼ばれるものだが、“楽に・カンタンに”痩せるとするカギは、「糖尿病の治療薬」を「適応外」に使うことだ。
「痩せホルモン」薬の投与で“体重減少”効果が!
私たちが食べ物を食べると、すい臓がインスリンを分泌する。
この記事の画像(12枚)インスリンの働きで、食事によって増加した血液中の糖分をエネルギーに変えたりして消費。その結果、血糖値が下がる。
こうして、食事をしても高血糖にならず、適正な血糖値にコントロールされている。
そして、すい臓に対してインスリン分泌を促す効果があるのが、「GLP-1」というホルモン。「やせホルモン」と呼ばれることもある。
2型糖尿病の患者さんは、インスリンを分泌する力が弱いので、「GLP−1」ホルモンと同じ働きをする「GLP−1受容体作動薬」を治療のために処方される。
つまり、「GLP−1受容体作動薬」は「糖尿病の治療薬」で、インスリンの分泌を促すことが主な働き。
血糖値を下げる薬を使うと体重が増えることがあるが、「GLP-1受容体作動薬」は体重増加しにくい薬である。
それは、「GLP−1受容体作動薬」には、以下の作用があるから。
• 食欲を抑制する(脳に直接作用)
• 満腹感を持続する(胃腸の動きを抑制)
• 脂肪がエネルギーとして消費するのを助ける
• 太りにくい体質に改善する
つまり、血糖値をコントロールして食欲を抑制する。また胃腸の動きを緩やかにするため、食べ物の消化速度が遅くなり、通常よりも少ない量で満腹感を感じられるようになる。
さらに、脂肪分解や代謝を促進する効果も期待でき、基礎代謝が向上して脂肪の燃焼につながる。
「やせホルモン」と言われる所以である。
つまり「メディカルダイエット」とは、糖尿病の治療薬である「GLP−1受容体作動薬」のこうした作用を、ダイエットに転用しようというものである。
「糖尿病でもないのに、糖尿病治療薬を使用したら血糖値が下がり過ぎるのでは」と不安を感じるかもしれないが、GLP-1は血糖値が高い時にのみ作用する。
なので、高くない血糖値を下げることは理論上はないが、他の薬と併用していることで低血糖になることがある。また、思わぬ副作用が出る可能性はある。
飲み薬と注射薬があり、飲み薬は1日1回服用。注射薬は、1日1回~2回、もしくは週1回注射をするタイプがある。
※「GLP−1受容体作動薬」は、糖尿病治療薬としては保険適用されるが、肥満治療の効果は日本ではまだ結果が出ておらず、承認もされていないため、「適応外の使用」で自費診療となる。
“平均8.4kg”体重減少のデータも
実際、“肥満の治療薬”としても処方されている「GLP−1受容体作動薬」もある。
「サクセンダ(医薬品名:リラグルチド)」という「GLP−1受容体作動薬」は糖尿病治療薬ではなく、“肥満症治療薬”だ。
BMI27以上で肥満関連疾患を持つ人や、BMI30以上の人に処方される。
アメリカを始め、EU27カ国、イギリス、オーストラリア、カナダ、イラン、イスラエル、ブラジル、韓国などで認可されている。(日本では未承認)
3731人の肥満の人を対象に、56週間(約13ヶ月間)にわたって、「サクセンダ」とプラセボ(偽薬)を注射して比較したアメリカでの試験では、「サクセンダ」を注射した92%の患者に体重減少が認められた。
• 63.2%の患者が5%以上の体重減少
• 33.1%の患者が10%以上の体重減少
• 14.4%の患者が15%以上の体重減少
サクセンダ投与群は平均8.4kg(プラセボは2.8kg)の体重減少が認められたと報告されている。
(日本では、サクセンダと全く同じ内容成分の「ビクトーザ(リラグルチド)」という薬が、糖尿病治療薬として使用されているが、用法・用量等が異なる)
「GLP−1受容体作動薬」には、以下の副作用が認められる。
・吐き気、嘔吐・食欲低下・胃のむかつき・倦怠感…等
また、以下に該当する場合等は、医師の判断で処方されない。
• 妊娠中や授乳中
• すい炎、胆石症、胆のう炎、重度の腎機能障害がある場合
• 大きな腹部手術や腸閉塞の既往がある場合
• 内分泌疾患やステロイドなどの薬剤による肥満…等
“体重減少”効果あるが…注意喚起の声も
「GLP−1受容体作動薬」の“体重減少”効果から、ネットには「服用・注射で簡単ダイエット」「運動不要」などと、夢のような文言の広告が溢れている。
一方、糖尿病の薬をダイエット薬として処方することを、“不適切な使用”として厳しく非難する声も以前から上がっている。
日本医師会は「健康な人が糖尿病治療薬を使用すると、重大な健康問題を引き起こしかねません」と警鐘を鳴らしている。
また、ネットで広告しているクリニックの中には、医師が診察せずに薬を処方したり、決められた薬価の何倍もの値段で販売するケースも出ていると言う。
薬剤の使用方法の説明が不十分であったり、副作用が出たときの医師の対応が丁寧でないケースもあるようだ。
もちろん、クリニックや病院での処方を受けず、オンライン通販などから個人輸入のかたちで購入するのは論外だ。粗悪品の可能性もあるし、重篤な副作用が生じることも考えられる。
「GLP−1受容体作動薬」に一定の“体重減少”効果があることは確かだと思われるが、現状 日本では「肥満治療薬」としては認可されていない。
どの薬にもリスクがあり、副作用を生じる危険性がある。
病気のリスクよりも薬によるリスクの方が少ないと判断できる場合にのみ、真っ当な医師は副作用も理解したうえで、処方を行っている。適応外での使用は責任ある医師の行動とは言えない。また、やせるという効果の一部は食欲が落ちて食べられないということにもよる。思わぬ副作用などで体調不良になるリスクもある。
肥満は様々な疾患の原因になるが、原則的には食事療法と運動療法を組み合わせて体重減少に取り組むべきである。
現在、肥満に対する「GLP-1受容体作動薬」の効果検証は行われており、十分なデータが出て安全に有効に使用できると分かった場合には使用もよいだろう。
それまでは食事や運動の改善に努めて頂き、自己判断で安易に使用することは絶対に避けて頂きたい。
(かなまち慈優クリニック 院長・医学博士 高山 哲朗)