ごちそうになった「イノシシ肉」を食べたことがきっかけで、猟師を目指した女性がいる。
都会での会社員生活に見切りをつけ、憧れの田舎暮らしを実現した山本暁子さん。そんな彼女の田舎暮らしを支えているのが、IT在宅ワーカーと猟師の二足のわらじだ。
最近『初めてでも大丈夫 狩猟入門』(扶桑社刊)を上梓した山本さんに、猟師になるまでの道のりとその生活を聞いた。
山本さんは、もともと東京のIT企業で会社員として働いていたが、2018年に夫婦で鳥取県の山奥にある集落に“孫ターン”した。
現在は亡き祖父と曾祖父が建てた築70年の家に、山本さん、夫、犬1匹、猫1匹、デグー1匹という家族構成で暮らしている。

プログラミングやウェブデザインの仕事は期日までに仕上げればいいので、わりと自由が利く。
そのため、午前中は主に仕掛けた罠の見回りや捕獲といった狩猟活動に充て、午後からは在宅ワークに励んでいる。

山本さんが移住してから数カ月後、集落の草刈り活動のあとに慰労会があり、そこでイノシシ肉をごちそうになった。
塩コショウをして焼いただけだったが、そのおいしさは衝撃的だった。感動しながら食べていると、地域のおじさんがこう教えてくれた。
「猟師になって自分で獲れば、いつでも食べられるで」
すっかりイノシシ肉のおいしさに魅せられた山本さんは、「イノシシ猟をやるなら強力な銃がいるんだろう」と、迷うことなく散弾銃と罠の免許を取ることを決めていた。
初めての銃での止め刺しは大緊張。4発目でやっと命中
行政や周囲の助けもあり、無事「わな猟免許」と「第一種銃猟免許」を取得した山本さんを、銃を譲ってくれた猟師が、銃でシカの止め刺しをしてみないかと誘ってくれた。
先輩たちに見守られるなか、初弾を外したが、励まされながら撃ち続け、4発目でやっと命中させることができた。
シカには申し訳ないと思いながらも、初めて自分で止め刺しできた喜びと興奮は大きかった。

この年の猟期が終わる最後の日曜日に、近くの集落に住んでいる猟師たちから巻き狩りのお誘いを受けた。巻き狩りとは、日本全国で行われている集団猟法のひとつ。
勢子(せこ)と呼ばれる誘導役が犬を使って追い立てた獲物を、タツマと呼ばれる複数の仕留め役が待ち伏せ、銃で撃って仕留めるというものだ。

山本さんは、結局この日は発砲するチャンスはなかったが、巻き狩り後に参加した反省会という名の宴会が楽しかった。
有害鳥獣駆除や罠をかけるコツなども聞けたし、困ったらいつでも相談に来いといわれたことで、安心して狩猟ができる後ろ盾を手に入れた気がしたという。
初めてひとりで仕留めた獲物は、2歳ぐらいのメスジカ
猟期が終わると、山本さんの元に有害鳥獣駆除の従事者証が届いた。さっそく駆除に使う標識を作成し、くくり罠を設置したものの、獲物はかからなかった。
しかし、少しずつ捕獲の兆しも見えはじめていた。罠は発動するのだが、あと一歩で獲物に逃げられてしまう“空はじき”が発生するようになったのだ。

このころから徐々に体力と土地勘がついてきたこともあり、罠を設置するエリアも広がっていき、猟師仲間との情報交換も大きな助けとなった。そして、ついに獲物がかかった。2歳くらいのメスジカだ。
初めてひとりで行う止め刺しは銃で行うことにした。当時の山本さんには若いメスジカでさえ近づくのは怖かったし、技術が未熟な自分が確実に安楽死させられる手段は、銃だと考えたからだ。
興奮と緊張で手が震えたが、一発でシカに当てることができた。獲物が捕れない時期も、ベテラン猟師にイノシシなどで経験を積ませてもらったおかげだと山本さんは感謝したそうだ。

ただ、その後が大変だった。道具が不十分だったため、市の職員に手伝ってもらってなんとかシカを運び出して処理をした。十分に備えていたつもりだったが、いざとならないとわからないことが多いと痛感したという。
そんな試行錯誤を繰り返し、翌年には猟犬を飼い始めた山本さんは、3年目からはひとりで年間130頭以上を捕獲するまでに成長した。
猟場で食べるヒヨドリラーメンは絶品!
捕獲した獲物はジビエとして楽しめる。山本さんは、食肉処理施設に通って解体を学び、いまでは自宅の庭で、自分で獲物を解体している。
牛肉にも「〇〇牛がおいしい、△△産のブランドが絶品」などの違いがある。これらは育て方や品種、処理方法などの違いによって生まれるものだ。野生鳥獣は自然界で育っているため、季節や個体差が味に顕著に表れる。
「私は狩猟だけではなく年間を通して有害鳥獣駆除を行い、処理施設でもたくさん解体してきたので、『これはおいしそうなシカ肉だ』とか『これはイマイチなイノシシ肉だ』などと、なんとなくわかるようになりました」と山本さん。
スーパーで肉を見たとき、「お、これはステーキで食べたらおいしいかも」「カレーならこれくらいの肉でも」と考えて購入すると思うが、それと同じということだ。
「とにかく種は何であれ、おいしいジビエ肉は焼いて塩コショウするだけでおいしいのですが、個人的にはしゃぶしゃぶや寄せ鍋がお気に入り」という山本さんは、一時期、獲ってその場で食べることにハマり、SNSを参考にあれこれ試したが、一番おいしかったのが「ヒヨドリラーメン」なのだそう。

少ない調理器具で簡単にでき、味も最高。ヒヨドリはとても身近な鳥で、銃猟初心者でも捕獲しやすい種のひとつ。雪が降った日に熟した柿を雪の上に置いて、じっと待っているだけで飛んでくることも多いという。
「獲ったヒヨドリの羽根をその場でむしって丸鶏にし、丸ごと煮込みます。アクを除くときれいな黄色いスープができます。そのスープにインスタントの塩ラーメンを投入し、麺がほぐれたら付属の粉末スープを半分くらい入れれば完成。あっさりしているのに濃厚なヒヨドリの旨味が、塩味の調味料とよく合う。肉はそのままかぶりつきます」
さらに、白菜や白ネギなどの野菜を入れると甘味が増すそうだ。
「スープが染み込んだ野菜を、シャクシャク食べるのがたまらない。誰もいない寒い林の中で温かいスープを飲み干すと、体がポカポカと暖まり、とても満ち足りた気持ちになってきます」と山本さんは教えてくれた。
イノシシはカツ、シカはローストがうまい!
山本さんおすすめのイノシシ肉の調理法は“イノカツ“。イノシシの脂は豚肉よりもあっさりしていて胃もたれしないので、揚げ物に合う。
とくにカツは衣で肉を包んで揚げる料理法なので、赤身がしっとりやわらかく仕上がるそうだ。

シカは「ローストベニソン」がオススメの調理法。いわばローストビーフのシカバージョンだが、実は炊飯器で簡単につくることができる。
「シカ肉はレバーっぽくて苦手という友人が、『シカってこんなにおいしいの?』と感動していました。このシカ肉のレバーのような臭みは100℃以上に加熱することが原因なので、低温調理が向いています」と山本さん。

調理法も簡単。味が染み込むようにフォークで突いたシカ肉に、塩、コショウをまぶし、酒、醤油、蜂蜜、ニンニク、ローズマリーとともに、ジッパー付き保存袋に入れて冷蔵庫でひと晩寝かせる。
炊飯器を保温にして沸騰させたお湯を張り、その中に保存袋ごと入れて90分ほど放置。最後にフライパンで表面を焼けば完成だ。
ソースは漬け込んだ調味液にバルサミコ酢とワイン、ジャムを加え、肉を焼いたフライパンで煮詰めてつくる。
そんな、移住先での狩猟に携わる暮らしを存分に楽しんでいる山本さんだが、獲物の命を奪う際には、いろいろな感情が複雑に絡み合い、それが塊となって一気に押し寄せてくるともいう。
「この感情を理性で受け止めるためには、自分の狩猟行為についてよく考えて、裏づけをしておくことが大切だと思う」と山本さん。

「狩猟をはじめておよそ4年。自分でいうのもなんですが、狩猟の技術や知識もだいぶ上がった自信はあります。でも、自然を相手にする狩猟には常に危険がつきまとうもの。初心を忘れない。そんな想いを胸に、今日も私は山を歩きます」

山本暁子(やまもと・あきこ)
大阪府立大学(現大阪公立大学)工学部卒業後、東京のIT企業に勤務。30歳を前に退職し、フリーランスのIT在宅ワーカーへ。2018年に鳥取県鳥取市の山奥に夫とともに移住。これをきっかけに、副業として猟師をはじめる。第一種銃猟免許、罠猟免許、網猟免許を取得。猟師3年目で、年間130頭以上のイノシシとシカを捕獲するまでに成長した。鳥獣管理士の資格も取得し、有害鳥獣駆除とジビエ振興に力を入れて活動をしている。
<写真/青木幸太(青木写真事務所)、山本暁子 イラスト/山本暁子>