佐世保基地に1月3日、ブリッジの後ろに二つの巨大な構造物がそびえ立つ白いフネが入港した。
この構造物は、ミサイルの捕捉・追尾を行うためアンテナだけで重量450トンという巨大なレーダー、コブラ・キング。

アメリカ軍にただ一隻しか存在しないUSNSハワード・O・ローレンツェン(満載排水量:1万2575トン)という特殊なフネが長崎県・佐世保基地に入港。6日までに出港した。
米国はどんなミサイルを警戒し、飛翔データを集めていたのだろうか。
北朝鮮が年末年始に試射・増強した「超大型放射砲」
2022年12月31日、明けて1月1日に、北朝鮮は3発の短距離弾道ミサイルを発射した。

USNSハワード・O・ローレンツェンが佐世保に入港する前であり、同船の巨大レーダーが洋上で活動していたタイミングかもしれない。
ミサイルは日本のEEZの外に着水した。
3発の飛翔高度と距離がほぼ同じということは、3発とも同じミサイルであることを示唆していた。
なお韓国合同参謀本部は、この3発の発射場所について、北朝鮮の平壌の南約60kmの「黄海北道中和郡」と指摘した(韓国・聯合ニュース 2022/12/31)。


韓国は北朝鮮の移動式発射機の動きをリアルタイムで掴んでいた?
さらに興味深かったのは12月31日午前11時59分に聯合ニュースが配信した韓国語版の記事だ。
「3発とも移動式発射車両(TEL)で発射され、北東に350キロメートルを飛行し…(日本海の)アル島に弾着」と報じたこと。

この情報は、韓国統合参謀本部または米韓連合軍から出たモノだろう。
これは米韓側はかなり早い段階から、北朝鮮の「移動式発射機」の移動やミサイルの発射準備の動きを掌握していた可能性を匂わせる表現だ。
北朝鮮側もその可能性を意識したのか、翌1月1日付の朝鮮中央通信と朝鮮労働党機関紙・労働新聞は「2021年12月31日午前、党中央に贈呈する超大型放射砲の性能検閲のための検収射撃を行った。3発の放射砲弾は島の目標に正確に命中し、武装装備の戦闘的性能が誇示された。2023年1月1日早朝、朝鮮人民軍西部地区のある長距離砲兵区分隊では…超大型放射砲で1発の放射砲弾を射撃した」と報じ、噴煙の中を上昇し、島に弾着するミサイルとみられる画像を添えていた。

しかし、発射時の噴煙に隠れたのか移動式発射機(TEL)の画像はなかった。
あえて掲載しなかったのだろうか?

なお、この記事では12月31日、1月1日の超大型放射砲の発射は「党中央に贈呈する超大型放射砲の性能検閲」と説明されているが、労働新聞(1/1付)は「600mm超大型放射砲贈呈式盛大に進行」という記事を別途掲載した。
つまり12月31日と1月1日の発射は、いうなれば納入前の性能確認試験だったということなのだろう。
「超大型放射砲」贈呈式典
記事によると贈呈式典は12月31日に行われたが、この記事では「30両」納入されたことが明記され、この超大型放射砲について「世界にない超大型放射砲」と自己評価している。
式典で写っている「超大型放射砲」は二色迷彩だが、光のあたり具合のせいなのか黄色っぽくも暗緑色にも見える。

そして、1両に赤いキャップの付いた6本のミサイル容器が搭載されているのが分かる。
前述の「贈呈式典」会場正面には、先端部に特徴的な小翼を付けたミサイルの実物またはその実大模型と見られるモノが展示されていた。
つまり、6発の“ミサイル”を連続して発射出来るというわけだろう。

しかし、12月31日に発射した「600mm超大型放射砲」の労働新聞(1/1)の画像には発射されたミサイルの先端にある特徴的な小翼は映っていたが、噴煙で移動式発射機そのものが見えないため、ミサイル容器がいくつ搭載されていたのかは不明だった。
なお、労働新聞(1/1付)の記事中には「(2022年)10月下旬から人民軍隊に実戦配置する600mm多連装放射砲車を増産することを決起」とあるので、この表現通りなら、北朝鮮は2カ月ほどで「600mm超大型放射砲」を30両も生産したということになるのだろう。

記事中でも、それに添えられた画像や映像でも600mm超大型放射砲の贈呈式典に金正恩総書記が出席したことを強調するように伝えていたが、一連の画像でまず目を引くのは、前述の通り「超大型放射砲」について記事中だけでなく、映像の中でも「600mm」と大書して特記していることだ。
これは一体なぜなのだろうか?
「超大型放射砲」贈呈式典で強調された「600mm」の意味
KN-25と西側で呼ばれる「超大型放射砲」の弾体(ミサイル)は、推定全長8.2m、推定重量3トン、そして直径は600mmと推定されていたが、北朝鮮自身が直径「600mm」と公然と認めたのは恐らく今回が初めてだ。

この直径600mmという数値に、北朝鮮はどのような意味を込めているのだろうか?

金正恩総書記は贈呈式典で行った演説で「600mm超大型放射砲」について「高い地形克服能力と機動性、奇襲的な連発精密攻撃能力を備え、南朝鮮(=韓国)全域を射程とし、戦術核搭載まで可能」と評価した。
高い地形克服能力と機動性”とは、映像・画像からも明らかなように超大型放射砲の移動式発射機の足回りがよく見ると戦車や雪上車のような無限軌道を装備した装軌式車両であることを指しているのだろう。

「奇襲的な連発精密攻撃能力」は、2022年12月31日、2023年1月1日の発射で韓国・合同参謀本部も認めたように、3発ともアル島に命中したことで証明できたといわんばかりだが、最も気がかりなのは、韓国全域を射程とする戦術核搭載可能な兵器という件(くだり)だろう。
韓国全域を射程とする戦術核弾頭搭載可能ミサイルを6発搭載した自走発射機が2カ月で30両、1カ月で15両も生産されるのであれば、韓国としては到底無視出来るはずはないと考えられる。
しかし、金正恩総書記の前に並んだ「600㎜超大型放射砲」の全てに搭載するミサイルが生産されたかどうかは不詳だ。
ここで再度、直径「600mm」という数値の意味を振り返ってみたい。
北朝鮮ミサイル計画と「600mm」
北朝鮮メディアは2022年4月17日、金正恩総書記立ち会いのもと「新型戦術誘導兵器」2発の発射試験を実施したと報じた。

報じられた画像を見ると、1台の移動式発射秋機に4発のミサイルが搭載可能であることがわかる。

推定直径約600mm、飛距離約110kmで日本にはとても届きそうもないミサイルの試射に金正恩総書記はなぜ立ち会ったのか?

北朝鮮の労働新聞(2022/4/17付)は「新型戦術誘導兵器体系は…戦術核運用の効果性と火力任務多様化する」「総書記同士は…核戦闘武力をさらに強化することで綱領的な教示をされた」と記述。
推定直径600mm程度の「新型戦術誘導兵器」が核兵器になる可能性を示唆していた。

北朝鮮は2017年9月に、火星14型大陸間弾道ミサイル用と見られる核爆弾頭(または、実大模型)の画像を公開しているが、その推定直径は約750mm。
もしも推定直径600mmの「新型戦術誘導兵器」が核搭載ミサイルになるなら、2017年当時より遙かに小型化したか小型化する計画があるということであり、わざわざ「600mm」とうたう超大型放射砲の弾体も同じ核弾頭の搭載が可能となって核兵器となり得ることを示唆しているようだ。
しかし、北朝鮮は自国内での核実験は2006年、09年、13年、16年1月、16年9月、17年9月に実施しているが、2018年に豊渓里にあった地下核実験施設を北朝鮮自らが爆破したとして、それ以降は、この原稿を書いている2023年1月6日時点まで核実験が行われたとの報に筆者は接していない。
北朝鮮が直径600mmレベルに小型化した核弾頭の開発に成功しているのかどうかは不明だが、少なくとも小型化した核弾頭を完成させていたとしても本当に起爆できるのかどうか実証できていない状態と言えるかもしれない。
金正恩総書記父娘が火星12型中距離弾道ミサイルを視察した意味
しかし、同じ2023年1月1日、金正恩総書記が物理的には日本も射程に出来るとされる火星12型(または、その改修型)中距離弾道ミサイルの先端の再突入体を視察し、下部のロケット・ブースター部分を娘の金ジュエ氏と視察する画像を北朝鮮のテレビが報じた。

画面上では、このミサイルは少なくとも26発映っていたとも見られている。

火星12型は最大直径が1.65メートルと推定されるため、火星14型用の推定直径75cmの核弾頭も搭載可能かもしれない。
電気毛布と核弾頭の関係?
北朝鮮のミサイルに詳しいアメリカの軍事問題専門家ネイサン・ハント氏は、火星12型ミサイル・ブースターの前に並べられたモノに注目。

「電気コードの付いた毛布がある。冷戦期のソ連の移動式発射機に搭載されるミサイルの一部の核弾頭は寒冷地で安定した温度を保つため加熱カバーで覆われていた」と指摘する。
つまり極寒の中、火星12型ミサイルに核弾頭を装着する場合、必要となる電気毛布かもしれない。
しかし、わざわざ金正恩総書記父娘と一緒に映っているところを見ると、この画像は意図的なものであり、火星12型は核ミサイルになり得るとの印象を振りまこうととしているのかもしれない。

さらに、火星12型のロケット・ブースター部分は、2022年1月に試験発射された北朝鮮版極超音速ミサイルにも使用されたとみられている。

このミサイルは、飛翔距離は約1000kmで、約600km飛んだところで大きく左に蛇行したため、ミサイルがどのように飛んでくるかを攻められる側が予想するのは難しい。
さらに、最高高度は約50kmだったため、高度70km以下では迎撃が困難になってしまうイージス艦の弾道ミサイル防衛(BMD)用のSM-3迎撃ミサイルでの迎撃もまず、不可能となりかねない。

推定最大直径が1.65mとなれば小型化した核弾頭でなくとも、既存の核弾頭でも搭載可能かもしれない。
そして、少なくとも26個あるブースターを使って約1000km飛べば日本に届くし、迎撃の難しい“核”ミサイルが出来てしまうかもしれない。
つまり、北朝鮮は明確な言葉では示していないものの韓国のみならず、日本も核兵器で攻撃できるという能力を誇示しようとしているのか。
それとも、そうした印象を振りまこうとしているのか。
いずれにせよ金正恩政権は、あるいは言葉で、あるいは言葉を添えずに画像・映像だけで日韓、そして両国との同盟国である米国を揺さぶろうとしているようにも見える。
北朝鮮の"揺さぶり"に対応し始める米韓?
こうした状況を意識していたのか、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、韓国の朝鮮日報紙(1/2付)に掲載されたインタビューで「核兵器は米国のものだが、情報共有や計画、演習は(米韓)共同で行うべきだ」「米国は極めて肯定的な姿勢だ」と述べ、北朝鮮の核兵器を抑止するため米国と協議していることを明かした。

一方、バイデン米大統領は2日「韓国と核の共同演習を議論しているのか」と記者から問われ「ノー」と否定した。

しかし、ブルームバーグ通信(1/2付)によると「米政府高官は(米韓の)議論の中心は核兵器の使用を含むさまざまなシナリオに関する情報共有の強化、共同計画、卓上演習にあると述べた。卓上演習の時期はまだ決まっていないが、目標は近い将来に行うことだと関係者は述べた」という。
この記事が正しいなら、米韓が北朝鮮の核兵器対策で軍事的にどこまで踏み込もうとしているのか。
尹大統領の発言もまた核兵器の“影”をちらつかせ、韓国を揺さぶろうとする北朝鮮・金正恩政権に対し、韓国側も揺さぶり返そうとしたものかもしれない。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】

