ミサイル連射で北朝鮮は何を目指しているのか?
米空母ロナルド・レーガンの艦隊も参加して米韓合同演習が8月22日から9月1日まで行われた。
この記事の画像(24枚)これに反発した北朝鮮は「敵に重大な警告を送る」(朝鮮労働党機関紙、労働新聞10/10付)として、9月25日に世界的に珍しい内陸のダム湖の水中から弾道ミサイルを発射したのを皮切りに、様々なミサイルを発射。北朝鮮の「戦術核運用部隊の軍事訓練」を10月9日まで実施した(同10/10付)という。
その模様は、10月10日付けの労働新聞に一挙に、画像とともに紹介された。
9月25日、「北朝鮮は午前6時53分ごろ、西部の平安北道・泰川付近から朝鮮半島東の日本海へ短距離弾道ミサイル1発を発射した」「韓国軍合同参謀本部は25日、北朝鮮が同日朝に発射した短距離弾道ミサイル1発について、高度約60km飛距離約600kmで速度はマッハ5だったとの分析を明らかにした。
専門家はロシア製短距離弾道ミサイル『イスカンデル』の北朝鮮版と呼ばれる「KN-23」と似ていると分析している」(連合ニュース9/25付)と報じられた。
変則軌道で飛び、日米のミサイル防衛をかわしかねないKN-23ならば、2019年以来、複数の発射試験が実施され、大型化や小型化したバージョンの存在も知られている。
金正恩総書記が現地指導
だが、今回の発射が異色だったのは、北朝鮮の労働新聞(10/10付)が、4枚の画像とともに「わが国の北西部の貯水池水中発射場で戦術核弾頭搭載を模擬した弾道ミサイルの発射訓練が行われた」「実戦訓練を通じて、計画された貯水池水中発射場建設の方向が実証された」と報じたことだった。
つまり、発射されたのは核搭載を前提とするミサイルであり、泰川ダム湖の水中発射施設は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)等の新兵器開発試験用の施設ではなく、訓練用または実戦用の施設ということなのだろう。
4枚の画像のうち3枚は、湖面から飛び出すKN-23改造SLBMを映し出していたが、1枚は北朝鮮の最高指導者金正恩総書記がダムの堤防の上に立って指導している画像であった。
これは金正恩総書記の並々ならぬ意気込みを感じさせるものであった。
北朝鮮は、なぜ、内陸部の湖の水中からSLBMを発射しようというのだろうか。
泰川から飛距離600kmとなると、済州島以外の韓国のほぼ全域が射程となりかねない。
韓国の合同参謀本部は「米韓の監視を避け、われわれの『キルチェーン』(北朝鮮のミサイル発射の兆候を探知して先制攻撃する)能力を相当意識した窮余の策」(聯合ニュース10/11付要旨)と評価した。
ミサイルの発射装置が地上の移動式発射機であった場合、移動式発射機が特定の位置に停止した後、ジャッキを使って車体を固定。さらに、ミサイルを垂直に立てて発射するという手順が必要になる。
異色のミサイルに対抗策はあるのか
だが、こうした現状では北朝鮮軍は、現在米空軍が発射試験を繰り返しているAGM-183A ARRW極超音速滑空体(HGV)ミサイルを意識せざるを得なくなるのではないだろうか。
ARRW極超音速滑空体(HGV)ミサイルは、B-52H爆撃機やF-15EX戦闘攻撃機に搭載。射程926km、最高速度マッハ20で地上の標的に襲いかかるミサイルだ。
しかも、空中発射ミサイルなので地上のミサイル発射機と異なり、ミサイルを垂直に立てるなどの手間が必要ない。
したがって、敵の移動式発射機が所定の位置に停止してミサイルを立ち上げている段階で、ARRWによる攻撃が間に合ってしまう可能性はないだろうか。
筆者には不詳だが、発射施設が湖水の中ならば、ミサイルの発射の兆候を衛星や偵察機でつかむのは難しくなるかもしれない。
北朝鮮は、KN-23改造SLBMの他に、2020年10月10日の朝鮮労働党創建75周年パレードに登場した射程2000km以上と推定される「北極星4」や2021年1月14日のパレードで披露された「北極星5」など、SLBMとして運用するためには北朝鮮の現有の潜水艦よりかなり大きな潜水艦が必要と推定される水中発射ミサイル計画の存在をほのめかしているが、湖の水中から発射するのであれば、大型の潜水艦は不要と言うことかもしれない。
もし仮に、北朝鮮国内の湖から発射される北極星4が登場するとすれば、その射程から、日本や台湾にとっても無視できるモノではなくなるだろう。
では、仮にミサイルの潜むダム湖を攻撃すれば、北朝鮮のSLBM攻撃を防げるのか。
国際条約とミサイルで武装するダム湖の関係
ここで気に掛かるのが「1949年8月12日のジュネーブ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書1)」という国際約束である。
この「議定書1」の第56条には「ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、…、攻撃の対象としてはならない」とある一方で、その第2項には、そのダムが「…軍事行動に対し常時の、重要かつ直接の支援を行うために利用されており、これらに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合」には、ダム攻撃もやむなしと記述されていて筆者には判断が難しい。
ミサイル防衛をかわす弾道ミサイルの連続発射
北朝鮮は、9月28日、2発の弾道ミサイルを発射。
防衛省は「1発目は18時10分ごろ北朝鮮西岸付近から東に向けて発射し、最高高度50km約350km程度飛翔。2発目は18時17分ごろ北朝鮮西岸付近から東に向けて発射。最高高度約50km約300km程度飛翔」(井野防衛副相)と分析した。
この発射について、労働新聞(10/10付)は「南朝鮮作戦地帯内の飛行場を無力化させるという目的の下に行われた戦術核弾頭搭載を模擬した弾道ミサイルの発射訓練」と説明。
韓国内の飛行場を「戦術核」で破壊する姿勢を強調していた。
なお、発射されたミサイルについては2発とも、変則軌道で飛ぶことが可能なKN-23系列のミサイルを地上から発射したとみられている。
発射場所は、いずれも平壌北部の順安とみられているが、KN-23は移動式発射機1両に2発装填されるため、同じ発射機からの発射だったかもしれない。
さらに、北朝鮮の発射は続いた。
翌9月29日にも2発の弾道ミサイルが発射されたのだ。
浜田防衛大臣は、記者会見で「1発目は20時47分ごろ北朝鮮西岸付近から東方向へ最高高度約50kmで約300km飛翔。2発目は20時53分ごろ北朝鮮西岸付近から東方向へ最高高度約50kmで約300km飛翔した」ことを明らかにした。
発射場所は順川とみられている。
そして、2日後の10月1日にも2発の弾道ミサイルが発射され、防衛省は「1発目は6時42分ごろ北朝鮮西岸付近から東に向け最高高度約50kmで約400km。2発目は北朝鮮西岸海域から最高高度約50kmで約350km飛翔」(井野防衛副大臣)と分析した。
発射場所は、韓国軍合同参謀本部によると北朝鮮・平壌近辺の順安とみられている。
9月29日、10月1日に発射されたミサイルについて、労働新聞(10/10付)は「9月29日と10月1日に行われた様々な種類の戦術弾道ミサイル発射訓練においても、当該の設定された標的に上空爆発と直接精密および散布弾打撃の配合で命中」と記述していたが、掲載された画像をみる限り、いずれもKN-23系列のミサイルのようで、KN-23用に複数の種類の弾頭の開発に成功したと言わんばかりであった。
10月4日、北朝鮮はKN-23シリーズのような短距離ミサイルではなく、それより飛距離の長いミサイルを発射した。
防衛省は「(午前)7時22分ごろ北朝鮮内陸部から東に向けて弾道ミサイルを発射。最高高度約1000km程度で約4600km程度飛翔し、7時28分ごろから7時29分ごろに青森県上空を通過。7時44分ごろ日本の東約3200kmのわが国排他的経済水域外に落下したものと推定。北朝鮮が過去4回発射した「火星12」型中距離弾道ミサイルと同型の可能性がある」(浜田防衛大臣要旨)と分析した。
この分析の中には、変則軌道の可能性を指摘する文言はなく、弾道ミサイルの特徴である楕円軌道であったことを示唆していた。
一方、韓国・合同参謀本部は、ミサイルの飛行距離:約4500km、高度:970km、速度:マッハ17と分析した。
北朝鮮から、米軍の太平洋の拠点グアムまで3500km以下なので、このミサイルで充分届くことになる。
労働新聞(10/10付)は「朝鮮労働党中央軍事委員会は…敵により強力で明確な警告を送ることに関する決定を採択し、新型地対地 中長距離弾道ミサイルによって日本列島を横切って4500キロメートルラインを太平洋上の設定された目標水域を打撃させた」と記述。
新型エンジンを搭載した「新型地対地 中長距離弾道ミサイル」とは
発射した弾道ミサイルは、従来の火星12ではなく新型であることを強調していた。
従来の火星12はメインの噴射口の他に4つの小型の噴射口があり、この噴射を調整することによって飛行中の安定と偏向を実現していたが、労働新聞に掲載された新型地対地 中長距離弾道ミサイルの画像をみると、噴射炎はメイン・エンジンの1つしか映っていない。
これが正しいとすると、この新型地対地 中長距離弾道ミサイルは、メインの噴射口が向きを変えて、ミサイルの進行方向を変えられる方式を実現したということになるだろう。
しかし、その場合このミサイルの飛行をどうやって安定させているのか、筆者には不詳だ。
そして、新型地対地 中長距離弾道ミサイルが日本を飛び越えるミサイルであったとしても、日本そのものの安全保障に無関係とは言えないだろう。
1つは、あえて高く打ち上げて手前に着弾させるロフテッド軌道での発射。これなら、物理的には日本に着弾させることも不可能ではない。
2つ目は、飛行途中に故障などで、日本に落下する可能性。
さらに、北朝鮮が発射試験を行っている北朝鮮版極超音速ミサイル(本年1月発射:飛距離500kmまたは700km)や火星8極超音速滑空体ミサイルへの応用だ。
これらのミサイルは、日米のミサイル防衛をかわすように飛ぶとみられるが、そのブースター部分は、従来の火星12型のブースターの全長を調整して、転用しているとみられている。
このため、これらの北朝鮮の極超音速ミサイルに「新型地対地 中長距離弾道ミサイル」のブースターが応用されれば、どうなるのか。
飛距離、速度、機動性などの性能が向上するとなれば、日本の安全保障の観点からも無視できないところだろう。
ただし、韓国の情報当局は、この「新型地対地 中長距離弾道ミサイル」は「有事に活用できるレベルにはない」と分析(聯合ニュース10/12付)しているという。
北朝鮮ミサイル発射への米韓の対応
このように北朝鮮のミサイル発射が続く中、米国と韓国も10月5日未明、MGM-140 ATACMSミサイルを合計4発発射した。
ATACMSは射程300kmとされる地対地ミサイルである。
また、韓国軍は独自に射程800km以上とみられる「玄武-2C」弾道ミサイルを発射したが、墜落した。
10月6日、北朝鮮は9月25日から数えて6回目のミサイル発射を実施した。
この日の2発の発射について、防衛省は「1発目は午前6時ごろ北朝鮮内陸部から東に向け最高高度約100kmで約350km飛翔。2発目は午前6時15分ごろ北朝鮮内陸部から東に向け最高高度約50kmで約800km飛翔。変則軌道の可能性がある」(浜田防衛相)と分析した。
一方、韓国合同参謀本部は、1発目の高度約80km飛距離約350kmで速度はマッハ5。2発目は高度約60km飛距離約800kmで速度はマッハ6と発表し、日本側の分析の数値と微妙に異なっているが、日韓どちらの分析でも1発目と2発目の飛距離と高度がかなり異なっていたことが分かる。
2発目の飛距離が約800kmならば、物理的には北朝鮮から福岡までの距離に匹敵する。
韓国合同参謀本部によると、発射場所はいずれも平壌・三石付近とされている。
北朝鮮は、この日、一体何を発射していたのか。
労働新聞(10/10付)は「10月6日明け方、敵の主要軍事指揮施設打撃を模擬して機能性戦闘部(弾頭)の威力を検証するための超大型放射砲(多連装ロケット砲:KN-25)と戦術弾道ミサイル(KN-23系列)の命中打撃訓練が行われた」と報じた。
単純な楕円軌道を描くKN-25が先に発射されれば、米韓、そして、日本のイージス艦などのセンサーは、こちらをまず捕捉・追尾しようとするだろう。
その間に、ミサイル防衛をかわすように変則軌道で飛ぶKN-23または、その射程延長型が発射されるような戦術を北朝鮮が開発・訓練しているのであれば、日本の安全保障上も無視出来ることとは思えない。
10月9日の発射について、防衛省は「午前1時47分ごろ北朝鮮東岸付近から東に向けて1発目を発射。最高高度約100kmで約350km飛翔。2発目は1時53分ごろ北朝鮮東岸から付近から東に向け最高高度約100km程度で約350km飛翔」「発射場所が海上の可能性も含め分析」(井野防衛副相要旨)と分析。
このため、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の可能性も指摘された。
韓国では、発射場所は北朝鮮の海軍基地のある文川付近から「飛行距離約350km高度約90km速度約マッハ5と探知され、細部諸元は韓米情報当局が精密分析中だ。距離や高度などの諸元から見て、最近北朝鮮が発射した超大型放射砲(KN-25)と似ている。日本防衛省は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の可能性を含め調査する予定だと明らかにしたが、韓国軍はそのような可能性は低いと見ているという」(聯合ニュース10/9付)
この発射について、労働新聞(10/10付)には「9日明け方、敵の主要港口を模擬した超大型放射砲射撃訓練が行われた」と6枚の画像が添えられていた。
この記述が正しければ、超大型放射砲(KN-25)は、やはり、港の出入り口にあたる場所から発射したということになるのだろう。
北朝鮮にすれば、どのように発射すれば、日・米・韓が、それぞれどのように判断し、その齟齬で軍事上の判断を揺さぶることができるのか、示唆になったかもしれない。
北朝鮮のミサイル発射は、これにとどまらなかった。
北朝鮮長距離巡航ミサイルも「戦略核兵器化」へ
10月13日、同日付の労働新聞は、金正恩総書記の現地指導の下、「10月12日、長距離戦略巡航ミサイル試験発射が成果的に進められた」と伝えた。
添えられた画像は、昨年9月12日に試験発射され、1500km飛翔したとされる「新型長距離巡航ミサイル」に形状や移動式発射機が似ている「長距離戦略巡航ミサイル」で、「朝鮮人民軍戦術核運用部隊」に作戦配置されたものとの説明だった。
つまり、将来の戦略「核」兵器という触れ込みなのだろう。
発射された2発のミサイルは、朝鮮半島の西側に設定された空域で楕円や八の字飛行を行い、2時間50分34秒で2000kmを飛行したという。
昨年9月の際よりも飛距離が延伸しており、これだけの射程があれば北朝鮮から日本のかなりの部分が射程内となるだろう。
北朝鮮の様々なミサイルは本当に長足の進歩を成し遂げているのだろうか。
韓国メディア「北朝鮮ミサイル弾着画像の流用疑惑」
9月25日に発射されたKN-23型SLBMの標的の島への弾着画像は、飛距離が標的の島までの距離に満たないこともあり、今年1月28日の労働新聞に掲載された「地対地戦術誘導弾(KN-23)」の弾着の画像を流用した、との見方もあると、韓国軍消息筋は明らかにしたという(聯合ニュース10/11付)
本記事は、北朝鮮の公的メディアが発表した記事・画像に依存しているところが大きいが、それが適切なことなのかどうか筆者には不詳である。
「流用」は、他にもあるかもしれないからだ。
ただ、北朝鮮がこれから小型の核弾頭の開発・実験に成功すれば、種々紹介したミサイルに搭載される可能性があり、日本の安全保障にとって無視出来ない難題を突きつけてくるということだ。
10月14日、北朝鮮がまたもミサイルを発射。
防衛省は、北朝鮮は午前1時47分ごろ北朝鮮平壌近郊から少なくとも1発の弾道ミサイルを東に向けて発射。最高高度約50km程度で約650km程度飛翔し、日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)外への着水と推定。変則軌道の可能性があると分析した。
韓国軍聯合参謀本部は「午前1時49分ごろ、平壌・順安付近から朝鮮半島東の日本海へ短距離弾道ミサイル1発を発射した」と分析。
日韓の15日現在の分析では、北朝鮮がどんなミサイルを発射したのか明確ではなかったが、翌15日の労働新聞にも前日のミサイルの画像の掲載はなかった。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】