今年10月から始まった全国旅行支援(県民割)。

全国旅行支援は年末年始は対象外となり、年内は27日の宿泊分までで、2023年は1月10日から開始される。

割引率は現在の40%から20%に引き下げられ、割引の上限額は交通と宿泊がセットになった商品で1人1泊8000円が5000円に変更。宿泊のみと日帰り旅行も5000円から3000円に引き下げられる。

全国旅行支援、2023年は1月10日から開始(画像:イメージ)
全国旅行支援、2023年は1月10日から開始(画像:イメージ)
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全国旅行支援はウィズコロナ時代における観光業界の起爆剤として期待されているが、旅行業界にもたらしたインパクトは一体どれくらいなのか。

全国2000以上の宿泊施設にDX化サービスを提供しているtripla株式会社代表取締役の高橋和久さんに全国旅行支援の現状とそこから見えた課題について聞いた。

ウィズコロナ時代の旅行需要は予約サイトごとに差が生まれている

――コロナ禍の旅館・ホテル業界の現状は?

コロナ期間は全国の旅館・ホテル業界が苦戦を強いられることになりました。

しかし、単にどこも同じように売上が下がったと分析するのは状況を正確に捉えているとは言えません。実は、「どこから予約されたか?」でコロナ禍、そして現在の予約数にも差が生まれています。

まず着目するのは予約サイトです。ホテル公式サイト経由の予約が多い旅館・ホテルは売上が比較的すぐに回復したケースも見られた一方、外資系の予約サイト(OTA=Online Travel Agentの略)などに依存していた旅館・ホテルは現時点ではコロナ前の状況に戻っていないケースも少なくありません。

tripla株式会社代表取締役・高橋和久さん
tripla株式会社代表取締役・高橋和久さん

――なぜ予約サイトによってホテル需要に差が生まれている?

その背景は、OTA経由の予約はインバウンド需要に頼っていたことが多いからです。

そのため、現在も一部では苦戦を強いられていることに加え、顧客情報を各ホテルが把握できていないため集客施策も打ちにくいのです。ホテルによっては予約者の名前など最低限の情報しかわからないケースもあります。

一方、公式サイト経由の予約は顧客情報を自社で把握できるため、ホテル側からコロナの状況に合わせてメールなどでキャンペーンのお知らせといった、販促活動を行うことができるなどのメリットがあります。

ただし、PV(来訪者数)はOTA経由が多く、OTA掲載のメリットもあるため、一つのプラットフォームに依存せず、どこ経由の宿泊客でも「取りこぼし」を防ぐのが理想と言えます。

旅行割だけじゃない。インバウンドで需要増

――そもそも、今回の「全国旅行支援」によって、どれくらいのインパクトがあった?

大和総研が10月に発表した試算によると、全国旅行支援がスタートした10月11日から12月下旬までの経済効果はおよそ8000億円で、2023年3月末まで実施される場合、1.8兆円になるといわれています。

今回の旅行割でどれくらいのインパクトがあるか端的に示すデータがあります。弊社は1600施設以上のホテルの予約データを把握していますが、そのデータを見ると旅行割適用後2〜3倍の予約が入っている宿泊施設が目立ちます。

全国旅行支援が始まる10月10日と10月11日の予約数の差で大きかったホテルBEST3を挙げると、

1位:85倍(1件→85件)@北海道
2位:68倍(2件→136件)@岩手県
3位:64倍(1件→64件)@青森県

このように、トップは予約が一気に増えました。さらに、注目すべきはインバウンドの観光客です。

水際対策の緩和もあり外国人旅行者も増加(画像:イメージ)
水際対策の緩和もあり外国人旅行者も増加(画像:イメージ)

弊社が持っているデータによると、国内の外国人旅行者の割合は東京の宿泊施設だと2022年7月に3.12%だったものが12月は12.96%(約4倍)、東京以外では7月に0.94%だったものが12月は6.62%(約7倍)に増えています(※12月は12月14日までの予約データ)。

外国人旅行者は現在も増加傾向にあり、仮に円安が続く場合、その流れは加速していく可能性が高いでしょう。

当然、外国人旅行者からすると、円安によって事実上の割引感も得ることができています。

こうしたインバウンドの影響が大きいと、全国旅行支援はタイミングを見計らい、戦略をもって行う方向性にしたほうよいと言えたかもしれません。
 

――冒頭で「全国旅行支援の恩恵を受けていない旅館・ホテルがある」とのことだが、なぜか?

理由はいくつかありますが、一つを挙げるとすれば、公式サイト予約率が低いこと。

みなさんが公式ではないサイトから宿泊予約をしたとして、実際にホテルにいくら売上が入るか知っていますか。

旅館・ホテルは、大手予約代理店サイト(OTA)から予約された場合、宿泊費の約8~25%を予約時に代理店手数料として請求されています。

例えば、代理店手数料が15%の場合、1泊1万円のホテルがOTA経由で予約されると、ホテル側は8500円が本当の売上となります。

ここに人件費や水道代、料理原価が引かれるので、利益はもっと少なくなりますが、現状、このOTAによる予約は宿泊予約全体の半数以上を占めています。

近年外資系ホテルを中心に公式サイト経由の予約を最安値保証することが増えているのはそのためです。

全国旅行支援の“恩恵”を受けるためにはホテル・旅館も改善が必要(画像:イメージ)
全国旅行支援の“恩恵”を受けるためにはホテル・旅館も改善が必要(画像:イメージ)

――では、旅館・ホテルはどうすればよい?

公式サイトで正確な割引料金の表示をして、公式サイトからの予約を増やすことです。

旅館・ホテル予約はさまざまなサイトから行えます。それぞれ表記もデザインもバラバラです。そのため、予約時に自動的に割引後の宿泊料金が表示されている予約サイトと、そうでない予約サイトが混在している状況があります。

仮にある予約サイトが全国旅行支援適用後の料金を表示していない場合、「高いからやめておこう…」と予約をやめてしまう宿泊客が出てきてしまいます。

しかし、しっかりクーポン割引後の料金をサイト内で表示すれば、予約に促せたかもしれないのです。

たとえば、あるホテルでは予約時に適用される正確な割引額がわからず、ホテル公式サイトで調べようとすると、「全国旅行支援を使って予約する場合、予約者の申し出が必要です」と表記されてしまいます。

「申し出」というのは予約時の電話やメールか、チェックイン時にホテルのフロントで全国旅行支援を使う旨を伝えることですが、結果、その手続方法も含めて予約者が理解できず、心理的ハードルが高くなり予約をやめてしまう宿泊客もいます。

つまり、宿泊施設は「本来の顧客を取り逃している」のです。
 

――なぜホテルは正確な宿泊割引料金を表示できないケースがある?

全国旅行支援は都道府県によって適用条件などが異なることもその一因です。期間も、条件も異なるので複雑になりやすいのです。

割引適用のためには特定のシステムからのクーポン発行が必須になる地域などもあり、そういった地域の場合、ホテル公式サイトでのクーポン発行ができず、割引後の金額を出せないという問題があります。

実は、ホテルが割引後の料金表記をしたくてもできないのが現状なのです。これはサイトの問題というより全国旅行支援の仕組みの問題と言えるかもしれません。

たとえば、都道府県をまたぐ複数の都市で展開しているホテルの場合、地域ごとに料金表示を変えなければならないのです。が、こうしたDX化は進んでいないのが現状です。

今回の全国旅行支援はキャンペーン内容が複雑化しているので、リテラシーの高い消費者でなければベストレート(最安値)を把握できない可能性が高いと言えます。

ドタキャン問題にどう対処するか

――ほかにアフターコロナに向けての旅行業界の課題は?

アフターコロナにかかわらず、料金設定にルールがないのは問題です。

全国旅行支援がスタートした後、一部で「全国旅行支援に合わせて値上げしているホテルがある」と言われていました。しかし、弊社が持っているデータを見ると、値上げのアクションをした旅館・ホテルは少数にとどまっています。

ただ、この「全国旅行支援に合わせた値上げ」は宿泊業界がはらむ問題と言えます。宿泊施設が値上げしてしまうと、宿泊者にあまりメリットがなくなるため、ルールを設けるなどがあってもよいでしょう。

また、キャンセル料未回収問題も改善すべきでしょう。

ある宿泊客が当日キャンセルをした場合、ホテルはどのようにその宿泊客からキャンセル料を回収するのか知っていますか。

OTA経由の場合、キャンセル料が自動的に引き落とされますが、電話予約の場合、電話してキャンセルする形となります。

しかし、ホテル側が予約者の電話番号しか把握できていない場合、ホテル側が問い合わせても電話に出てくれないなど、キャンセル料の回収ができず泣き寝入りという信じられない現状があるのです。

コロナ禍では、連絡がつかない予約者も含め、当日、前日キャンセルも少なくありませんでした。

ホテルは現地決済が8割を占めていますから、この“ドタキャン問題”は深刻です。

そのための解決策として一つあるのは、予約時にキャンセルポリシーを伝え、サイトでクレジットカード登録をしてもらい、請求書を作ってキャンセル料を請求するメールを送ることでしょう。

全国旅行支援も改善が必要(画像:イメージ)
全国旅行支援も改善が必要(画像:イメージ)

――今後、全国旅行支援はどのように改善すべき?

一つは期間を短く分けることです。

例えば、第一期は10月末まで、第二期は11月末まで…といったように予約開始日と予約可能な期間を定めることで、予約枠があっという間に埋まるのを防ぐことができます。また、この方式だと翌月にどれだけ予算をかければよいか把握できるメリットもあります。

二つ目は国民間で情報格差が生まれないよう、全国旅行支援を平等に利用できる仕組みを整えることです。

たとえば、マイナンバーに紐付けて全国旅行支援の割引料金を全国民に振り分けるということも一つのアイデアとして考えられます。

マイナポイントで割引料金をポイントとして付与すれば、シンプルにホテルのフロントでスマホを提示するだけで割引を受けることができるようになります。

普段一泊5000円以下の料金で営業しているホテル等は、旅行者からすると「せっかくだし少し高いホテルに泊まろう」と考え、全国旅行支援の恩恵を受けにくい今の状況があります。

期間を設定し国民一人あたりにポイントを付与して、「ポイント分の割引をします」とすれば、ホテル間の平等性も担保できるでしょう。

 

全国旅行支援によって旅館・ホテルの需要が回復しているものの、キャンペーンの複雑さに加え、予約サイトがそれに対応できていないことなどさまざまな問題がより浮き彫りになった。

これを機に消費者、宿泊業者がそのルールを把握しやすいよう、制度の改善がさらに求められていると言えるかもしれない。

取材・文=鈴木俊之

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。