北朝鮮のミサイル発射が止まらない。

朝鮮中央通信によると、北朝鮮は、10月31日から11月5日まで実施された米韓合同演習「ビジラント・ストーム」を「南朝鮮地域で…(米韓が)戦略爆撃機を含む数百機の各種戦闘機を動員した歴代最大規模の米国・南朝鮮連合空中訓練」と定義。

戦力爆撃機が戦闘機に含まれるという興味深い見解を示した上で、「わが国を直接的な目標として狙った侵略的性格が極めて濃い危険な戦争演習」「黙過して許すことのできない行為」と見做すとした。

また「わが将兵の断固たる報復意志に必勝の信念を与えるために朝鮮人民軍総参謀部は11月2日から5日まで、…対応軍事作戦を断行」(朝鮮中央通信 11/7付)とし、各種のミサイル発射を実行したという。

米韓演習「ビジラント・ストーム」に参加した米韓の航空機。F-16戦闘機、B-1B爆撃機、F-35ステルス戦闘機。
米韓演習「ビジラント・ストーム」に参加した米韓の航空機。F-16戦闘機、B-1B爆撃機、F-35ステルス戦闘機。
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この結果、日本ではJアラート、韓国では空襲警報が発令される事態になった。

Jアラートが出される仕組み

変則軌道で飛翔するモノを含め弾道ミサイルは、発射の瞬間から噴射でかなりの赤外線を放出する。

変則軌道が可能な北朝鮮KN-23短距離弾道ミサイル
変則軌道が可能な北朝鮮KN-23短距離弾道ミサイル

米軍は赤外線の放射を探知する早期警戒衛星を静止衛星軌道等に5基以上配置している

地球を取り囲む米「SBIRS」早期警戒衛星
地球を取り囲む米「SBIRS」早期警戒衛星

米軍は、3基以上の早期警戒衛星が捕捉した二アリアルタイムの放射赤外線のデータを同時に地上の設備で合成し、噴射中の弾道ミサイルの飛行軌跡をリアルタイムで捕捉・追尾する。

早期警戒衛星からの信号を受信し解析するJTAGS。パラボラアンテナ(上)で衛星の信号を受信しJTAGSコンソール(下)でリアルタイムで信号を合成し早期警戒情報にする。
早期警戒衛星からの信号を受信し解析するJTAGS。パラボラアンテナ(上)で衛星の信号を受信しJTAGSコンソール(下)でリアルタイムで信号を合成し早期警戒情報にする。

それと同時に、どのように飛んで、どこに弾着しそうかという予測も行う。(ただし、飛行途中で飛行ルートが変化する変則軌道ミサイルや極超音速ミサイルは予測が困難となる)

極超音速滑空体と極超音速巡航ミサイルは弾道ミサイルと異なる飛翔を行う。
極超音速滑空体と極超音速巡航ミサイルは弾道ミサイルと異なる飛翔を行う。

このようなデータは「早期警戒情報」と呼ばれ、日本などの同盟国にも直ちに送付される。

早期警戒情報の受信をきっかけに、日本の場合は、航空自衛隊のガメラ・レーダー(J/FPS-5)等、各地のレーダーやイージス艦のレーダーがミサイルを捕捉、追尾。

日本に向かっていて、弾着、または、何かが落ちてくる可能性があれば、JアラートやMネットで対象地域に知らせる仕組みとなっている。

J/FPS-5レーダー(通称ガメラ・レーダー)(航空自衛隊下甑島分屯基地HPより)
J/FPS-5レーダー(通称ガメラ・レーダー)(航空自衛隊下甑島分屯基地HPより)

韓国でも、米軍の早期警戒情報を基に、自軍の陸上・海上のレーダーを作動させるはずだが、11月2日は空襲警報を発動させる事態にまでなった。

浜田防衛相は11月2日「午前8時50分頃、北朝鮮は少なくとも2発の弾道ミサイルを発射。1発目は、北朝鮮東岸付近から東方向に向け、最高高度約150kmで、約150km程度、飛翔。2発目は、北朝鮮東岸付近から南東方向に最高高度約100kmで、200km程度飛翔。変則軌道で飛翔した可能性」(浜田防衛相会見要旨)と発表した。

一方、韓国軍合同参謀本部は「北朝鮮は東部の江原道元山から日本海に短距離弾道ミサイル3発を発射。このうち1発が日本海の南北軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)の南26kmの公海上に落下。北朝鮮が海岸砲やロケット砲をNLLの南側に発射したことはあるが、弾道ミサイルを発射するのは初」と明らかにした。

また、3発の内の1発が、日本海にある韓国の鬱陵(ウルルン)島方向に飛行し、島に到達する前に公海上に落下したが、ミサイルの飛行方向にあたる鬱陵島などに空襲警報が発令された。

北朝鮮発表と異なるミサイルが使われた疑惑

北朝鮮の朝鮮中央通信(11/7付)は「作戦1日目午前、平安北道地域のミサイル部隊で敵の空軍基地攻撃を模擬して西海閘門前の無人島を目標にりゅう弾弾頭と地中貫通弾頭を装着した戦術弾道ミサイル4発を発射」と報じた。

添えられた画像には、従来の北朝鮮の表現では「新型戦術誘導兵器」と「変則軌道が可能なKN-23短距離弾道ミサイル」が映っていた。

上2つ:新型戦術誘導兵器、下左:KN-23変則軌道弾道ミサイル列車発車型、下右:KN-23(朝鮮中央通信11月7日付け)
上2つ:新型戦術誘導兵器、下左:KN-23変則軌道弾道ミサイル列車発車型、下右:KN-23(朝鮮中央通信11月7日付け)

しかし、鬱陵島方向に発射されたミサイルの残骸を回収・分析した韓国・国防部は、旧ソ連の「SA-5」地対空ミサイルと推定との結果を発表した(韓国・聯合ニュース11/9付)。

つまり、韓国の分析では空襲警報の原因は弾道ミサイル代わりに使われた地対空ミサイルであったということなのだろうか。

左上下:韓国軍が回収したミサイルの残骸(SA-5と推定) 右上:SA-5ミサイル(資料) 右下:SA-5ミサイルのエンジン(資料:韓国国防省提供)
左上下:韓国軍が回収したミサイルの残骸(SA-5と推定) 右上:SA-5ミサイル(資料) 右下:SA-5ミサイルのエンジン(資料:韓国国防省提供)

さらに朝鮮中央通信が4月17日に報じていた「新型戦術誘導兵器」の画像と、今回のミサイルの画像を比較すると、噴煙の形状や飛び散った金属片の位置までほぼ一致しているように見え、使い回しの可能性も指摘されている。

画像の使い回し?

これもまた、北朝鮮流の「情報戦」の一環なのだろうか?

韓国も対抗措置としてミサイル発射

これに対し韓国軍は、11月2日午前11時10分から午後0時21分頃に掛けて、F-15Kスラムイーグル戦闘攻撃機とKF-16戦闘機から、射程280kmのAGM-84H SLAM-ER空対地巡航ミサイルなど3発のミサイルをNLLの北側に発射した。

北朝鮮の行為に見合う行為を韓国側も行ったということだろう。

SLAM-ER空対地巡航ミサイルを発射する韓国空軍F-15Kスラムイーグル戦闘攻撃機。ミサイルは北方限界線(NLL)を越えた。
SLAM-ER空対地巡航ミサイルを発射する韓国空軍F-15Kスラムイーグル戦闘攻撃機。ミサイルは北方限界線(NLL)を越えた。

しかし、この日、北朝鮮の軍事的な動きは、これにとどまらなかったようだ。

井野防衛副大臣によると「北朝鮮東岸付近から、16時台に少なくとも1発の弾道ミサイルの可能性のあるものを東に発射。最高高度50km」「北朝鮮は本日だけで十数発発射。日本海に向け百発以上の砲撃」だったという。(井野防衛副相会見要旨)

ポンゲ・シリーズの地対空ミサイルか?(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)
ポンゲ・シリーズの地対空ミサイルか?(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)

朝鮮中央通信も、弾道ミサイルだけでなく「午前と午後、朝鮮東・西海岸沿線の空軍対空ミサイル兵部隊でさまざまな高度と距離の空中目標を掃滅するための訓練を行い、23発の地対空ミサイルを発射した」としている(朝鮮中央通信11/7付)

添えられた画像は、ロシアのS-300地対空ミサイル・システムの北朝鮮版ポンゲ5の改修版にも見える。

さらに、北朝鮮の朝鮮中央通信(11/7)は戦略巡航ミサイルの画像を3枚添え、「南朝鮮(韓国)が…空対地誘導弾と滑空誘導爆弾でわが方の公海上に対応射撃する妄動を働いたことと関連し、咸鏡北道地域から射程590.5キロの南朝鮮地域の蔚山市沖80キロ付近の水域(緯度35°29‘51.6″、経度130°19’39.6″)の公海上に2発の戦略巡航ミサイルで報復攻撃を加えた」と報じた。

北朝鮮の「戦略巡航ミサイル」(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)
北朝鮮の「戦略巡航ミサイル」(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)

これが正しければ、韓国の日本海側の沿岸に沿うように「戦略巡航ミサイル」が飛翔したことになるが、真偽を確認する術は筆者にはない。

北朝鮮「戦略巡航ミサイル」の発射ポイントと弾着ポイントをプロットした地図。巡航ミサイルなので飛行経路は蛇行している可能性有り。
北朝鮮「戦略巡航ミサイル」の発射ポイントと弾着ポイントをプロットした地図。巡航ミサイルなので飛行経路は蛇行している可能性有り。

北朝鮮は火星15改造型の画像を発表 韓国軍は火星17の発射失敗と分析

また、朝鮮中央通信(11/7)は「作戦2日目(11月3日)、国防科学院の要求に従って敵の作戦指揮体系をまひさせる特殊機能弾頭の動作信頼性検証のための重要な弾道ミサイル試射を行った」として、記事中にミサイルの名称はなかったが、火星15型大陸間弾道ミサイルの先端部(弾頭収納部のカバー)を改修したミサイルとみられる画像を掲載した。

上2枚:フェアリングを拡大した火星15型大陸間弾道ミサイル 下2枚:KN-25超大型放射砲(朝鮮中央通信11月7日付け)

だが、韓国合同参謀本部は「北朝鮮は3日午前7時40分ごろ、平壌の順安付近から朝鮮半島東の日本海に向けて長距離弾道ミサイル1発を発射。最高高度1920km、飛行距離760km、最高速度マッハ15で、韓国軍はこのミサイルを「火星17型大陸間弾道ミサイル」の「発射失敗」と判断した。

7日の画像発表後でも韓国合同参謀本部は「分析結果は変わらない」としたとされる。

なお、このミサイルの発射で、日本ではJアラートが鳴った。

火星17型大陸間弾道ミサイル(資料)
火星17型大陸間弾道ミサイル(資料)

古いスカッドミサイルを“おとり”として使う戦術か

また、朝鮮中央通信は、この日(11/3)「敵の持続する戦争挑発狂気を粉砕するための対応の一環として超大型ロケット砲弾と各種戦術弾道ミサイル5発、46発の長距離ロケット砲弾を日本海上に発射した」という。

上左:スカッド弾道ミサイル、上右:多連装ロケット砲の連射、下:弾種不明のロケット弾(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)
上左:スカッド弾道ミサイル、上右:多連装ロケット砲の連射、下:弾種不明のロケット弾(朝鮮中央通信より・2022年11月7日付け)

興味深いのは、この日とみられる発射画像で、1991年の湾岸戦争などで有名となった古いスカッド弾道ミサイルの画像があったこと。

浜田防衛相は、3日夜の記者会見で「朝鮮半島東側から日本海に向かい、21時34分頃、高度150km、約500km飛翔。21時39運頃、高度約150km、約500km飛翔。21時42分頃、高度約150km、約500km飛翔」(会見要旨)と明かしており、古いスカッド・シリーズ弾道ミサイルの性能と矛盾はない。

北朝鮮が本当にスカッドを発射したかどうか不明だが、戦術として、スカッドを先行して発射し、日米韓のセンサー(早期警戒衛星や地上レーダー、イージス艦レーダー等)に追尾させ、その間に迎撃の難しい不規則軌道のミサイルや極超音速ミサイルを発射する可能性を示唆しているのだろうか?

朝鮮中央通信(11/7付)は「作戦3日目(11月4日)、敵の連合空中訓練に対する対応意志を示す目的で3時間47分にわたって500機の各種戦闘機を動員した空軍の大規模な総戦闘出動作戦が行われた」と記述しているが、それに当てはまる画像は掲載されていなかった。

上2枚:KN-24 射程400㎞、ATACMS擬きと呼ばれる。下2枚:KN-25超大型放射砲(朝鮮中央通信11月7日付け)
上2枚:KN-24 射程400㎞、ATACMS擬きと呼ばれる。下2枚:KN-25超大型放射砲(朝鮮中央通信11月7日付け)

今回は金正恩氏の名前の記載がない…

朝鮮中央通信(11/7付)は「作戦4日目(11/5)、敵の空軍基地攻撃を模擬して西海閘門前の無人島を目標にりゅう弾弾頭を装着した戦術弾道ミサイル2発と超大型ロケット砲弾2発を再び発射した」と記述しているが、これは射程400kmとされるKN-24(戦術弾道ミサイル)に新たな弾頭を開発している事を示唆している。

ところで、この一連のミサイル発射を伝える「朝鮮中央通信」の記事には、興味深い事に、北朝鮮の新型ミサイルや演習の発射の際、しばしば見かける金正恩総書記の名前が記載されていない。

その理由は不明だが、北朝鮮の最高指導者は、一連のミサイル発射、特にICBM発射の結果に満足していないということだろうか?それとも、これもある種の心理戦なのだろうか?

興味深い事である。

北朝鮮今年32回目のミサイル発射

朝鮮中央通信は「対応軍事作戦」の期間を「11月2日から5日まで」と記述していた。

ところが「対応軍事作戦」期間外の11月9日、防衛省は「15時31分頃、北朝鮮西岸付近から東方向に弾道ミサイル1発を発射」と「今年32回目のミサイル発射」(浜田防衛相会見要旨)と発表した。

このミサイル発射について、韓国聯合ニュース(11/9付)は「韓国軍合同参謀本部は午後3時31分頃、北朝鮮・平安南道粛川一帯から咸鏡南道付近の別の無人島に向かってSRBMを発射。飛行距離約290km、高度約30km、速度マッハ6」「弾種は、KN-23KN-24の一つと推定される」としている。

11月9日北朝鮮は最高高度約30km、飛距離約290kmという弾道ミサイルを飛ばした(韓国聯合ニュース)
11月9日北朝鮮は最高高度約30km、飛距離約290kmという弾道ミサイルを飛ばした(韓国聯合ニュース)

イージス艦に搭載されるSM-3迎撃ミサイルは、高度70km以下では迎撃出来ないとされているので、最高高度約30kmであれば、迎撃は不可能だろう。

弾道ミサイル迎撃用のSM-3迎撃ミサイルは高度70km以下の飛翔体には対応困難(米国防総省公式画像)
弾道ミサイル迎撃用のSM-3迎撃ミサイルは高度70km以下の飛翔体には対応困難(米国防総省公式画像)

そのため、米海軍/米ミサイル防衛局は、SM-6迎撃ミサイルの新型の他に、新たな迎撃ミサイル構想(GPI)を進めている。

極超音速滑空体迎撃用のGPI迎撃ミサイル構想(米国防総省公式画像)
極超音速滑空体迎撃用のGPI迎撃ミサイル構想(米国防総省公式画像)

日本は、どのような選択をするのだろうか?

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之

極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」

極超音速ミサイル入門 |

能勢伸之
能勢伸之

情報は、広く集める。映像から情報を絞り出す。
フジテレビ報道局上席解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。