歴史的な僅差で、現職大統領が1期4年でその座を失うことになった、ブラジル大統領選・決選投票。投票日の翌日、1週間ほどの現地取材を終えた私は、駐在しているアメリカに戻るため、最大都市サンパウロの空港の搭乗ゲートにいた。すると、航空会社からメールが届いた。「1時間以上遅延します」-遅延自体はよくあることだが、その理由を見て驚いた。「空港の近くでデモ活動が発生しているため」-周りを見回すと、私が搭乗する便だけではなさそうだ。ほとんどの搭乗口の前で、待ちくたびれた多くの乗客が床に座り込んだり寝そべったりしている。職員に状況を尋ねたところ、「空港近くの道路が封鎖されていて、航空会社職員が空港に到着できないようだ」と困惑していた。数時間後、私の便を含む10以上の便の欠航が決まった。入国審査で“逆流”を余儀なくさせられ、ターミナルは大混乱に陥った。
この記事の画像(5枚)大統領「沈黙」の間…トラック運転手が道路封鎖
空の便にまで混乱をもたらした原因となった道路封鎖は、その前日(10月30日)、決選投票で左派候補のルラ元大統領に敗北したボルソナロ大統領の支援者たちによるものだった。支持者の多くはトラック運転手で、幹線道路に複数のトラックを停めてブロックしたり、タイヤを燃やすなどし、通行を妨害。道路封鎖は翌日以降も続いていて、11月1日には全国190か所で道路が封鎖されたと報じられた。彼らは「今回の選挙には不正があった」として、「敗北を認めない」と主張した。
ボルソナロ氏支持者による抗議デモは予想されていた。ボルソナロ氏は、以前から、ブラジルの選挙方法(電子投票で行われる)は、「改ざんされる可能性がある」と懸念を示していた。しかし、4年前自身が大統領選に勝利した際にも同じ投票方法だったし、具体的な証拠を挙げているわけではなく、「選挙結果を認めたくないから」との見方も強い。まるで2020年のアメリカ大統領選の結果を未だに受け入れない、トランプ前大統領の主張に似ている。結果としてボルソナロ氏は敗北したわけだが、落選確実が決まってから40時間あまり、ボルソナロ氏本人は沈黙していた。11月1日に行われた会見では、直接的な敗北宣言はしなかったものの、「憲法に従う」と述べ、政権移行の手続きは進めることとした。さらに、「現在起こっている抗議活動は、選挙プロセスに対し、国民が憤っているからだ」と、デモ参加者の主張を後押しするようなコメントだった。しかし、このままでは国内の物流にも支障が及ぶ可能性があり、さすがにまずいと思ったのか、翌11月2日には「あなた方の怒りは理解できるが、道路封鎖はやめて、ほかの方法で抗議しましょう」と呼びかける動画をSNSに掲載し、事態の収束を図った。
都市部では若者が歓喜「ボルソナロ出ていけ!」
ボルソナロ派が敗北を認めず抗議することは予想されていたとはいえ、その形とタイミングは予想と少し違った。選挙当日、私はサンパウロ中心部で取材をしていたが、数万人のルラ氏支持者が花火を打ち上げ、歌い踊って祝っていた。「ルラ氏」の名前の連呼だけでなく、「ボルソナロ、出ていけ」という掛け声も多くあり、「脱・ボルソナロ政権」を喜んでいるような印象が強かった。ルラ氏に投票したという若者らに聞くと、ルラ氏による経済復活に期待の声も聞かれたが、同じくらい、ボルソナロ氏への不満が多く聞かれたのが印象的だった。「ワクチン確保の遅れで多くの人を殺した」「女性やLGBTQなどの権利を推進しない」、「人の話を聞かないリーダーだった」と、政策だけでなく、その強すぎるキャラクターや過激な発言に嫌気がさしている人が多いようだった。
その熱狂の夜、ルラ派で埋め尽くされたサンパウロ中心部では、ボルソナロ派との衝突があるのではないかと警戒していたが、意外にもボルソナロ派の姿は見えなかった。そして前述のとおり、ボルソナロ氏自身も不気味なほど沈黙を貫いた。「諦めたのかな」と思っていたが、支持者が影を潜めていたのは市内中心部だけだったようだ。幹線道路で物流や人々の移動を妨げる行動を起こしはじめ、「選挙は不正だった、軍や政府が介入するべき」とまで訴えたのだ。
沈黙の間に封鎖拡大 “トランプ流”はいつまで?
ボルソナロ氏の呼びかけにより、11月3日現在、道路封鎖箇所は減少していて、事態は沈静化に向かっているようにも見える。しかし、ボルソナロ氏の呼びかけは、すでに道路封鎖が拡大して数日が経過してからで、逆に言えば、主役が“沈黙”する間に道路封鎖が拡大したともいえる。この「時差」は、自身の熱狂的支持者が多く存在し、敗北を認めない人々が大勢いることを知らしめることが狙いとも受け止められても仕方がない。
保守的な政策や、過激かつ強気の発言で「南米のトランプ」と呼ばれ、注目を集めたボルソナロ大統領。選挙結果について「不正だ」と一方的な主張を行い、政権交代後も分断を生じさせているのは、まさにアメリカのトランプ・サポーターによるものと似ている。納得がいかない選挙結果のたびに、「不正だ」として受け入れない潮流は、どこまで広がるのか。そしてボルソナロ氏が退任後も、トランプ氏のように影響力を持ち続けるのか。そして、左派政権が続々誕生する南米で、ルラ氏はロシア・中国との関係についても重要視すると言われている。南米の大国の新政権は、来年1月1日に誕生する。政権交代がトラブルなく、スムーズに行われるのか、注視したい。
(FNNニューヨーク支局 中川真理子)