私がお伝えしたいのは「ブラジルのトランプがピンチ」です。

南米ブラジルでは今週末、大統領選の投票日を迎え、現職・ボルソナロ氏が再選を目指します。

支持者からは「神話!」と呼ばれるなど熱狂的な人気ですが、世論調査では左派候補にリードを許しています。

ポイントはこちら。「バラマキ作戦で挽回なるか?敗北を認めない可能性も」注目です。

【注目ポイント・記者解説】

10月2日は、南米政治の転換点となるかもしれません。

任期満了となる現職・ボルソナロ大統領(自由党)が再選を目指すブラジル大統領選です。

12人の候補者が立候補する中、現時点では左派(労働者党)のルーラ元大統領が支持率トップ(47%)で、33%のボルソナロ氏を上回っています(ダータフォリャ世論調査(9月22日)。1回目投票で過半数を取る候補がいなければ、30日、上位2名による決選投票が行われます。

9月20日、アメリカ・ニューヨークの国連総会で各国首脳が終結する中、マンハッタン中心部では「カナリア・イエロー」のシャツに身をまとった集団が大声を挙げ盛り上がっていました。

ブラジル名物の肉料理シュラスコ専門店に、国連での演説を終えたボルソナロ氏がアメリカ在住のブラジル人支持者と昼食会を行っていたのです。

100人近くはいるように見えましたが、全員が熱狂的なボルソナロ支持者。

まるでスポーツ選手を応援するように大合唱していたのは、ボルソナロ氏の名前だけではありません。

「MITO!MITO!」のかけ声です。どんな意味なのでしょうか。

「MITO」と書かれた帽子をかぶっている男性に聞いてみました。

男性:
MITOはレジェンド、神話という意味。(筆者:なぜ神話なのですか?)ボルソナロはこれまでの政治家と違うからだ!まるでトランプのように!

在外投票をする支援者にまで神格化されていることも、やはり「あの人」を想起させますー

ボルソナロ大統領といえば、2019年の就任前から「ブラジルのトランプ」の異名を取ってきました。

大統領としての4年間での政策や過激な発言も、アメリカのトランプ前大統領を彷彿とさせます。

たとえばー

●銃の携行に向けた規制を緩和する大統領令を発出
●「コロナは風邪だ」と主張
2020年、自身がコロナに感染したことを発表する会見で、記者の前でマスクを外す。
●ワクチン接種を拒否
2021年の訪米当時、ニューヨークで店内飲食する際はワクチン接種証明提示が義務づけられていたものの、これを無視して飲食。
●2019年、アマゾンの大規模森林火災の発生を受け、G7=主要7カ国首脳会議で拠出が決まったおよそ21億円の緊急支援について「植民地主義的だ」として拒否(その後一転、受け入れを表明)

アマゾン森林火災といえば、トランプ氏のように、ボルソナロ氏にも「環境対策に消極的」というイメージも定着しています。そもそもこの山火事、森林伐採を推し進めるようなボルソナロ政権の政策によるものではないか、との批判を受けていました。

しかし、3年たった今、その「アマゾン」をめぐる“釈明”ともとれる発言をしていることが興味深い。

前述した、今年の国連総会演説でボルソナロ氏は「西ヨーロッパに匹敵する面積のブラジル・アマゾンでは、80%以上の森林が手つかずのまま残っています。メディアによる報道とは異なります」と発言しました。

■対立候補は“泥棒”
このほか、この演説では、「私の政権では、国内に存在する組織的な腐敗を根こそぎ取り除いた」など、国内での自らの功績アピールに腐心し、“外交舞台にそぐわない”との批判も浴びています。この「腐敗」というキーワード、今回の大統領選挙でボルソナロ氏をリードするルーラ元大統領に向けた言葉と受け取れます。ルーラ元大統領は、南米史上最大の汚職事件に関与しているとの捜査を受け、2017年に懲役刑と判決が下され、拘置所に入所しました(のちに有罪判決は取り消され、被選挙権が回復)。

このため、今回ボルソナロ陣営にとって「脱汚職・脱腐敗」が、相手への攻撃材料となっています。前述したニューヨークでの食事会の出席者によりますと、ボルソナロ氏はルーラ氏のことを「泥棒」と表現したようです。

ニューヨークだけにとどまらず、エリザベス女王の国葬に出席した際にも、イギリス在住のブラジル人支持者向けて選挙活動ともとれる演説を行い、「公費で訪英したのに選挙活動するとは何事だ」との批判を受けています。

■挽回策はタクシー運転手への“バラマキ”作戦

なぜ外遊中にも必死に選挙活動をするのでしょうか。理由は冒頭で述べたとおり、劣勢だからです。両者の差は一時縮まったとはいえ、1回目でルーラ氏が過半数を得て決着がつくのか、決選投票に持ち込まれるのかは、無党派層の動向次第のようで、評論家のあいだでも見通しが分かれています。

ではなぜ、ボルソナロ氏が劣勢なのでしょうか?
一つの理由としては、ルーラ氏のカリスマ性によるところも大きい。元冶金工業の労働者で、今回の候補者の中で唯一学歴がありません。大統領時代には、リオ五輪招致に成功した、などの経歴を持ちます。

しかし、一番の大きな理由は、ボルソナロ政権下での、新型コロナウイルス以降の経済の悪化と物価の高騰です。新型コロナ以降、スラムに住む人は増加。失業人口は3300万人にもなったとされています。

そこでボルソナロ氏は、選挙を直前に控えたこの夏、次々とこんな策にでます。

●低所得者層向けの新たな現金給付策。
従来は毎月400レアル(1万900円相当)でしたが、2022年夏になってから月600レアル(1万6000円相当)に引き上げ。

●ガソリン高騰を受け、タクシー・トラック運転手を対象とした、現金給付策。
1回あたり1000レアル(2万7000円相当)まで支給。

物価・ガソリン高騰はブラジルのみならず世界を襲っていますし、国内の議会も可決していますーしかし、選挙直前の「ばらまき作戦」ともとれる政策といっていいでしょう。ただし、“このバラマキ作戦”は、今のところ支持率上昇に効果を出していません。

■敗北しても“トランプ流”??
では、仮にボルソナロ氏が敗北した場合、ボルソナロ氏陣営はどう出るのでしょうか。ボルソナロ氏はメディアに対し、「結果を受け入れる」と発言していますが、その言葉を鵜呑みにすることはできないとの見方が多くなっています。ブラジルで導入されている「電子投票」について、選挙戦が始まってから突然、「改ざんされる可能性がある」とも一方的に主張をしたからです。

これは、2020年の大統領選で、郵便投票が「集計に不正がある」と主張し、今も「選挙が盗まれた」と訴えるトランプ氏の主張と似ています。

ボルソナロ氏の態度次第では、熱狂的な支持者が大規模デモに出る可能性は十分にあります。筆者が取材した支援者はいずれも「現時点でルーラ氏優勢と伝える世論調査も、メディアによるフェイクニュースだ」と話しているほどです。この点も、トランプ氏のそれと酷似しています。

世界が注目する選挙の余波は、混乱を呼び起こす可能性があります。

(FNNニューヨーク支局 中川真理子)

国際取材部
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中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。