中国共産党にとって最も重要な政治会議である「第20回党大会」を3日後に控えた10月13日、厳戒態勢の北京市に衝撃が広がった。

市内にある高架橋に、習近平国家主席を名指しで批判する横断幕が2枚掲げられたのだ。

1枚目には「PCR検査は要らない」「ロックダウンは要らない、自由が欲しい」「領袖(りょうしゅう)は要らない、投票用紙が欲しい」などと書かれ、2枚目には「独裁の国賊、習近平を罷免せよ」と習近平氏を痛烈に批判していた。

高架橋には2枚の横断幕が掲げられていた 黒煙が上がる様子も(ツイッターより)
高架橋には2枚の横断幕が掲げられていた 黒煙が上がる様子も(ツイッターより)
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SNSを含め、これまで厳しい言論統制で共産党に対する体制批判を徹底的に抑え込んできた中国で、このような横断幕が公共の場で掲げられたのは極めて異例と言える。

ある日中外交筋は「この横断幕が党大会に直接影響することはないが、面子を重視する中国にとって、この映像が世界に拡散してしまったことは面白くないだろう」と話す。また別の関係者は「横断幕を掲げた人物が処罰を受けるのはもちろんだが、地元の公安関係者も何らかの責任を取らされるだろう」と指摘する。

これまで中国メディアは、今回の騒動について一切の報道をしていない。また、中国版ツイッターと呼ばれる微博(ウェイボ)でも、この騒動に関する映像や写真が見当たらないことから、中国当局は情報統制を強めているとみられる。

また、北京市内の橋の上では、同様の事案が発生しないように警備員が配置されるようになった。

橋の上で警備する係員
橋の上で警備する係員

地下鉄駅でも警備強化 北京入りの制限より厳しく

今回、警備の隙を突き習主席を批判する横断幕を掲げるという騒動は起きたものの、北京市では党大会が行われる人民大会堂周辺を中心に警備が強化されている。

特に一般市民に影響があるのが、地下鉄の警備だ。中国ではこれまでも地下鉄に乗る際は空港と同じようなセキュリティーチェックが必要とされていたが、実際の運用はそこまで厳格ではなかった。しかし、今では1人1人の持ち物などが細かくチェックされている。このため通勤ラッシュなどの時間帯によっては駅の入り口が大行列になる。

厳しいセキュリティーチェックのため駅前では大行列が発生
厳しいセキュリティーチェックのため駅前では大行列が発生

また、市民の足であるバスにも影響が出ている。北京市と周辺の河北省や天津市を結ぶ高速バスが「コロナ対策」を名目に10月12日から全線運行中止となった。さらに、10月になって上海市から飛行機で北京市に入ろうとした人が48時間以内の陰性証明を持っていたにも関わらず飛行機に乗れないという事例も起きていて、当局による北京入りの制限はより厳しさを増している印象を受ける。

物流の規制強化も 通販サイトが注意呼びかけ

市民生活に影響を与える厳戒態勢は、物流にも影響を与えている。

ある日系の食品関係者によると、10月10日から北京市内への物流がストップしているという。江蘇省の工場で製造した加工食品を北京市に隣接する天津市を経由して陸送しようとしたところ、「今は北京市に運べない」と運送業者から連絡を受けることになった。その理由は、党大会前にコロナ対策が強化されたためで、配送再開に関する具体的な日にちは知らされていないという。

また、中国最大級のショッピングモールの通販サイト「淘宝網(タオバオ)」でも、党大会の開催前後の期間中は通常通りの配達ができない。広州市で国内外の本を扱っている輸入業者は「党大会の影響で、商品を北京市に発送することが一時的にできなくなっている。客には商品の発送に時間が掛かると注意を呼びかけている」と話した。

祝賀ムードを作り出す当局と享受する市民

北京の天安門広場に設置された大きな花の飾り付け
北京の天安門広場に設置された大きな花の飾り付け

中国では10月1日から大型連休の「国慶節」で1週間の休みとなった。

多くの観光客が訪れた北京の天安門広場の中心部には大きな花の飾り付けが設置され、そこには「喜迎二十大」(第20回共産党大会を喜んで迎えよう)と書かれていた。

同様の飾り付けは別の大通りの花壇でも設置されていて、道を歩く市民がスマホなどで記念撮影する姿が見られた。

多くの市民が写真を撮影している
多くの市民が写真を撮影している

また、北京市の繁華街にある大型書店でも、同様に「喜迎二十大」の文字が掲げられ、共産党の歴史に関する本や習近平国家主席に関する本が大量に置かれ、訪れた客が本を手にしていた。

大型書店の入り口に設置された共産党関連の本を売る展示スペース
大型書店の入り口に設置された共産党関連の本を売る展示スペース

ある中国人の大学生は、党大会を迎える中国について「今の中国はとても良い発展をしていると感じる。新しい時代に学ぶ学生として特別に嬉しく思う」と話す。

まもなく始まる党大会を経て、“次の5年”を手に入れることが確実視されている習主席は、厳戒態勢の警備を敷く一方で、街の至るところで祝賀ムードを作り、国民の支持を増やす動きを着々と進めている。

世界で報じられた習主席を批判した“横断幕”がなかったことにされる中国。その行方を国際社会が注目している。

【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳 取材:葛西友久】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。