福岡市の水族館、マリンワールド海の中道で、出産を控えていたカマイルカ「ヒカリ」がついに出産した。2022年5月の同じカマイルカ「サンゴ」の死産を乗り越え、県内初のカマイルカの赤ちゃんが誕生したのだが、取材班にもたらされたのは思いがけない連絡だった。

出産例が少ないカマイルカ…新しい命のため準備を重ねた

高いジャンプ力で観客を魅了するカマイルカ。名前の由来は、カマのような背びれから採られている。

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イルカショー アナウンス:
カマイルカのコンビ、サンゴちゃん、そして、ヒカリちゃん!

さかのぼること2021年5月。メスのカマイルカ、サンゴとヒカリの繁殖計画が始まり、その半年後には、マリンワールドとしては初となるカマイルカのW妊娠が確認され、喜びに包まれた。現場の指揮をとるのは木下克利さん。マリンワールドのイルカ歴20年を越えるベテラン飼育員。

木下克利さん(2021年5月取材):
日本の水族館の中でも、カマイルカは、バンドウイルカに比べると圧倒的に出産例が少ない。マリンワールドでもカマイルカの出産は初めてになるので、何が起こるか分からない。これから準備を進めていきたい

国内で飼育中のカマイルカの出産は2021年までに52例あるが、1歳以上に成長したのは、残念ながら僅か22例しかない。さらにサンゴとヒカリのように初産の場合、木下さんによれば、その成功率は僅か10%ほどだという。

当時、水族館のバックヤードでスタッフが、母イルカの育児放棄などに備え、人工ミルクの作り方の練習にも取り組んでいた。生まれてくる新しい命のために一丸となって出産まで準備を重ねていたのだ。

そして2022年5月17日。サンゴの出産を迎えた。

スタッフ:
頑張れ、力んでる

木下克利さん:
でた!!

スタッフ:
あ!引っかかってる!出て出て出て!詰まってる!

赤ちゃんイルカは頭が外に出ず、呼吸ができない状態に陥った。人間が手を加えると育児放棄にもつながる恐れもあったが、危機が迫る命にはかえられない。木下さんが電話で確認を取り始めた。

木下克利さん(電話やりとり):
頭だけが引っかかって、出てこないんですよ、介入しようかと思ってます

電話を掛けながらスタッフに確認するが…

木下克利さん:
泳ぎよる?!呼吸しよる?!

スタッフ:
…してないです…

懸命な蘇生を行ったが、赤ちゃんが息を吹き返すことはなかった。

木下克利さん:
ふがいない思いもあるが、我々としてもどうしようもない時がある。そのへんはしっかり受け止めて、次につなげることが大事かなと思っています。ヒカリちゃんは、何とか成功させたい

出産は成功 スタッフの眼にも光るものが しかし―

悲しみに暮れたあの日から3カ月。その日は予定よりも2週間近く早くやってきた。

木下克利さん:
兆候的にはまだないんですけど、まだですけど、出産は近いかなと思われます

この日は、お盆明けにもかかわらずショーは立ち見がでるほどの盛況ぶり。スタッフはショーに集中し、観客に喜んでもらいながらも、すぐ隣のプールで進む「新しい命」の誕生に緊張感を高めていた。

その約7時間後。ヒカリ出産が始まった。

スタッフ:
あーーー

木下克利さん:
出とるばい、いま出とる!

時間が経つに連れて見え始めた赤ちゃんの体の一部。しかし、ここで問題が―。

スタッフ:
逆子の可能性が高いと

木下克利さん:
先に呼吸口が出てしまうので、そこから水を飲んでしまう可能性が高くて、溺死の可能性がある

本来は尾びれから出てくるイルカの赤ちゃんだが、今回は頭から出てくる逆子の状態で、スタッフも心配そうに見守る。獣医師の和田夏海さんも緊急時に備えて準備に余念がない。

獣医師・和田夏海さん:
生まれてすぐの子どもが心肺停止だったときに使う薬の準備です。初産ということもあって、逆子なのでスムーズに出てくれないと、ヘソの緒が切れてから呼吸までの猶予がないと思う

そしていよいよ出産も佳境に入る。スタッフも必死だ。

「頑張れ!頑張れ!頑張れ、口、パクパクしてる!子どもが」
「ヒカリちゃん、力まんと!力め!力め!」
「あーーー!出た!!」「どこどこ?沈んでる!」
「沈んだままです」「入って入って!」

木下克利さん:
あー!!泳ぎよる泳ぎよる!泳ぎよる!頑張れ、頑張れ、頑張れ!あー呼吸した!呼吸、オッケー!17時35分、呼吸!

午後5時30分過ぎ、ついに赤ちゃんイルカが誕生。かわいいメスの赤ちゃんだ。マリンワールドとしても、福岡県内としても、初となるカマイルカの赤ちゃんの誕生だった。ヒカリも赤ちゃんの傍に駆けつけ、ヨチヨチと泳ぐ我が子を必死にサポートしていた。

木下克利さん:
うれしい反面、ちょっと怖かったですね。最初に沈んでるって、みんなが言うからびっくりした。無事、成功ですね

翌朝、仲睦まじく泳ぐ親子イルカの姿が確認されたのだが―。その3日後、思いがけない連絡が木下さんから取材班の携帯に入った。それは、赤ちゃんが死んだという報せだった。

木下克利さん:
どうも排便、ミルクの消化が多分悪くなったんじゃないかな。本当に急変で…。職員みんなには言っているが、落ち込むのではなくて、ヒカリの子どもの良かったところ、悪かったところを次につなげるために、積み重ねて反省して、やっていくしかないかな

来年に向けて準備を進めたいと語る木下さん。難しい繁殖に挑戦し続ける理由を最後に話してくれた。

木下克利さん:
10年以上先のことを考えると、いまのうちに、低い生残率を上げられる技術を持つ必要があるんじゃないかな。お客さまに、海の素晴らしさ、動物の良さを知ってもらいながら、海に興味を持ってもらって海を大事にしなきゃいけないとか、そういう気持ちになって水族館を見た後、思ってくれる人がたくさん増えてくれればと

そして最後に強い言葉で締めくくり、木下さんは前を向いた。

木下克利さん:
もう一度、チャレンジしたいと思っています

(テレビ西日本)

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