尹大統領ペロシ氏との会談見送り 空港出迎えもなし

米国政界のナンバー3、ペロシ下院議長の台湾訪問に中国が激しく反発し、台湾海峡の緊張が一気に高まっている。

中国は台湾を取り囲む6つの海空域で軍事演習を展開、弾道ミサイル発射や台湾本島侵攻を想定した訓練が実施された。台湾国防部(国防省に相当)によれば、中国軍は演習初日の4日に弾道ミサイル計11発を発射。日本政府はこのうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したと発表し、中国政府に抗議した。

ペロシ氏は3日夜、台湾の次の訪問地・韓国に到着した。だが、韓国側の対応は緊張感に欠けるものだった。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は夏休みを理由に面会せず、空港への出迎えにも韓国政府関係者の姿はなかったからだ。

3日夜、韓国に到着したペロシ下院議長(駐韓米国大使館フェイスブックより)
3日夜、韓国に到着したペロシ下院議長(駐韓米国大使館フェイスブックより)
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今回のペロシ氏のアジア歴訪で、首脳が面会しなかったのは韓国だけだ。米国の同盟国である韓国が、台湾海峡危機に「我関せず」との態度を取ったのでは、中国に誤ったメッセージを送ることになりかねない。これには与党「国民の力」や保守層からも、批判が相次いだ。

「同盟国の米国の議会の最重要人物が訪韓したのに、大統領が会わないというのは理解できない」
「米韓同盟の強化を主張してきたはずが、外交に一貫性がない」

こうした批判に大統領側は急きょ、ペロシ氏と尹大統領の電話会談を設定した。大統領室の広報首席はユン大統領がペロシ氏と会わなかったことについて「米国側に事前に説明し、ペロシ議長側も状況を十分に理解した」と釈明した。中国を意識したのではないか、との指摘に対しては「国益を相対的に考慮して決定した」と回答を避けた。

「米韓同盟をグローバル包括的戦略同盟に」尹・ペロシ電話通話の広報資料(韓国大統領室フェイスブックより)
「米韓同盟をグローバル包括的戦略同盟に」尹・ペロシ電話通話の広報資料(韓国大統領室フェイスブックより)

また、空港に政府関係者が出向かなかったことについては「ペロシ議長に関する儀典は(カウンターパートである)韓国国会が担当するのが外交上・儀典上の慣例」であり、「米国側が出迎えを断ったもので、双方の了解と調整ができている」と説明した。

「米韓関係を侮辱するもの」米国も懸念

米国側にも懸念が広がった。

米国務省で政策企画室長を務めたミッチェル・リース氏は、米政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の取材に対し、尹大統領がペロシ氏に会わなかったのは「韓国と米国の関係を侮辱するもの」であり、大統領室側の「二重のミス」だと厳しく批判した。

また、米外交協会のスコット・スナイダー米韓政策局長は「尹大統領がペロシ議長に会わないと決めたのが休暇のためなら問題ないが、中国の顔色をうかがったのなら間違いだ」と苦言を呈した。

板門店の共同警備区域(JSA)を視察したペロシ議長 (ペロシ氏のフェイスブックより)
板門店の共同警備区域(JSA)を視察したペロシ議長 (ペロシ氏のフェイスブックより)

尹大統領は大統領選挙の公約に米韓同盟の強化を掲げ、6月末にスペインで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の演説でも、北朝鮮の非核化への協力を訴え、自由と平和を守るには国際社会の連帯が重要と強調してきた。

しかし、今回の対応は、韓国が米国の同盟国として中国の圧力にどこまで本気で対応する覚悟があるのか、疑問を抱かせる結果となった。結局、中国に配慮して台湾海峡問題にも消極的だった文在寅(ムン・ジェイン)前政権と変わらないのではないか、との疑念が生じている。

「韓国は台湾を助けられない」尹政権の本音

台湾有事で韓国側が最も危惧するのが、朝鮮半島における安全保障の空白だ。韓国軍や在韓米軍の目が台湾に集中し、韓国防衛が手薄になるのを狙って、北朝鮮が韓国に軍事侵攻する可能性があると見ているためだ。通常兵力では韓国軍にはるかに劣る北朝鮮だが、台湾有事のタイミングで奇襲やサイバー攻撃を仕掛ければ、韓国社会は大混乱に陥るだろう。米国も台湾と朝鮮半島の2正面作戦を強いられることになる。

尹政権のある外交ブレーンはこうした事態を想定し、「韓国の武器を台湾で使うことはできない。韓国は台湾有事の際に台湾を助けることはできない」と本音を語った。

ただ、中国軍が在韓米軍や在日米軍の基地を攻撃すれば、韓国も否応なく有事に巻き込まれることになる。

8日付の朝鮮日報は、中国が大規模演習を実施した5日、在韓米軍のU2偵察機が台湾海峡付近を飛行したと報じた。U2偵察機は在韓米軍の烏山(オサン)空軍基地に常駐している。烏山は台湾有事の際に米軍の拠点となる場所でもある。

北朝鮮の動向も気になるところだ。

ロシアのウクライナ軍事侵攻以降、北朝鮮はロシア・中国寄りの立場をより鮮明にし、すべての責任は「米国にある」と対米批判を繰り返してきた。

コロナ対策の会議を主催する金正恩総書記
コロナ対策の会議を主催する金正恩総書記

国連安保理では、ロシアの軍事侵攻や北朝鮮の弾道ミサイル発射に対する決議案は、中国やロシアの拒否権行使によって否決され、国連の機能不全があらわになっている。こうした状況を北朝鮮は「核・ミサイル開発の好機」ととらえており、朝鮮半島での「戦術核の使用」もちらつかせて米韓をけん制している。

ペロシ氏の訪台を機に北東アジアは緊張が高まっている。

中国は台湾近海での軍事演習を常態化させる構えだ。北朝鮮もウクライナや台湾海峡の情勢を読みつつ、中ロと連携を取りながら日米韓に揺さぶりをかけてくるだろう。

台湾有事は、まさに「日本有事」であり「韓国有事」である。日米韓が結束し、外交・安全保障のあらゆる面で対応を急がなければならない。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】