2020年、惜しまれつつ閉店した創業90年の人気パン店が「予約販売」の店を始め、ファンを喜ばせている。再出発した70歳の店主は、自家製酵母に挑戦するなど、以前よりさらに手間をかけてパンを作っている。衰えぬパン作りへの情熱を取材した。

創業90年…世代を超えて愛されたパン 予約販売で復活

2022年7月、長野県松本市。「発酵パン工房マルショウ」の店主、百瀬靖夫さん(70)が、オーブンから焼き上がったパンを取り出し、片手でドアをノックするようにたたく。「コンコン コンコン」と音がすると、満足そうに「はい、(音が)違いますね。いいですね」と、パンを台の上に並べた。

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フランス発祥の「パン・ド・カンパーニュ」(720円税込)だ。たたいて乾いた音がすれば、うまく焼き上がった証拠だという。

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
いいよね、自分で作って、自分でいいよなんて言ってはいけないと思うけど、いいと思うよ(笑)

百瀬靖夫さん
百瀬靖夫さん

百瀬さんは、2020年、惜しまれつつ閉店した人気パン店「マルショウ」の元店主だ。

このほど実家を改装して、予約販売に特化した「パン工房」を始めた。形を変えて「マルショウ」が復活したのだ。

購入した客は…

松本市内から:
久しぶりにマルショウさんの味いただきました。うれしいです、復活してもらったので

百瀬さんのパン作り
百瀬さんのパン作り

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
好きなんだよな、パン。パンを作ることも好きだし、食べることも好きだし、研究することも好きだし。「グッジョブ」なんて言われたら、最高だもんね

「マルショウ」は昭和5年(1930年)、百瀬さんの祖母が創業した。

店の看板商品は、やわらかいコッペパンにピーナツバターなどをサンドした「エンリッチ」。閉店時に取材した際には、高齢の女性客も「ピーナツがおいしくてね、ここの」と話し、笑顔を見せていた。高校の購買などでも売られ、世代を超えて愛されてきた商品だ。

百瀬さんはレストランなどで修業した後、26歳で店に入り、店を引き継いだ。パン一筋40年余りだ。閉店当時、百瀬さんは「パン作りは楽しいです、本当に楽しい。経営はへたくそですから、経営をしているよりも現場で作業して、本当に一心不乱にパンのことを考えながらやっているのが一番」と話をしていた。

惜しまれつつ閉店も…2年が経ちパン作りに再び意欲

2020年3月取材
2020年3月取材

営業は順調だったにも関わらず、閉店することになったのは、市の城下町整備事業などで店の移転を迫られたことがきっかけだった。百瀬さんは「移転したら商売は続けられない」と判断し、店を閉じることにしたのだった。

2020年3月31日の最後の営業日には、店に大勢の市民が詰めかけ、行列が出来た。

客:
このパンの大ファンで、学生の頃から50年以上

「エンリッチ」はすぐに売り切れ。

百瀬さんは「ありがとうございました」と客に深くお辞儀をして見送り、「若い人からお年寄りまで、多くの人に愛される店になっていたんだなと思った。感無量ですよね、感無量」と話していた。

それから2年後の、2022年―。
閉店後も、頼まれてパンを作ることがあったという百瀬さん。次第に「また店を持ちたい」という気持ちが強まっていきた。

「発酵パン工房マルショウ」をスタート
「発酵パン工房マルショウ」をスタート

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
やっぱり、マルショウが作っていたパンを欲しいって人が現実にいた、それが一番だな

周囲の要望もあって、家族を説得し、キッチンを改装。6月、予約販売専門の「発酵パン工房マルショウ」をスタートさせた。

SNS上では「絶対買いにいきます。楽しみにしています」「こんな嬉しい事があるのでしょうか。泣きそうです」と、店のファンとみられる人の投稿もあった。

「パンが自分の人生」 以前より手間ひまかけたパン作りに挑戦

パン作りは基本、1人。

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
以前はイースト菌という、単一の非常に発酵力の強い、扱いやすいものを使ってた。自分の発酵種を起こして使っていくのが、やりたくてもなかなかできないことだった。(再出発は)それを中心にパン作りをすることが、大きな目的でもあったので

探究心に火がついた百瀬さん。今はレーズンなど3種類の自家製酵母を使い、「低温長時間発酵」に取り組んでいて、以前より生地に甘みが増しているそうだ。マルショウ時代は手間がかかってできなかったことを試している。

販売するパンは7種類にしぼり、丁寧に作っている。レーズンブレッド(1斤:800円税込)、角食パン(2斤:830円税込)など。

1人で作っていることや、食品ロス削減もあって、販売は週1回。無料通信アプリで予約を受ける「少量受注生産」だ。

この日、パンを受け取りに来た客と、百瀬さんが談笑する姿があった。

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
ありがとう、本当に

安曇野市から:
毎回、違うの食べたくて

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
そのうち、いろいろ言っていただければ作るようにします。エンリッチもスペシャルバージョン作るんじゃないかな

安曇野市から:
1回やめられたけど、また復活されたのを知り、ぜひ食べたくて。今回で購入は2回目、あすの朝、楽しみに食べたい

また、安曇野市から来た別の女性は「粉の香りもしっかりしていて、ミルクの風味もほんのり甘さを引き立てて、すごくおいしい。店が無くなると聞いた時はすごくショックだったので、再開してうれしい」と話した。

これまでの経験の上に、チャレンジを重ねる70歳。百瀬さんはパン職人として新たなステージに立った。

発酵パン工房マルショウ・百瀬靖夫さん(70):
(パン作りを)やめるという選択はない、どういう形でも続けていければいい。よく考えてみたらパンとともに生きてきた。パンが自分の人生だったな。安全でおいしいパンを届けていきたい。今の時代にニーズのあった商品を作っていきたい

(長野放送)